嫉妬1

 


「今日は楽しかった!」

「それは良かった。案内を買って出た甲斐があったよ」



 時刻は夜。紺色が空を覆いつくす今は悪魔の活動時間に適していると天使のネロは言うが、限られた種族だけであって魔族であるリシェルには該当しない。主に夜に行動するのは吸血鬼などといった日光に弱い種族だけ。朝も夜も平気な魔族はどんな時間帯でも行動をする。

 リゼルが魔界に戻った後は、先に街に滞在していたネロに案内をしてもらった。途中、気になった店に入っては欲しいと感じた品物を購入していった。財布の管理はリゼルがしていたが、後でリゼルに請求するからと全てネロが支払った。

 天界と魔界の通貨が同じ……なわけがなく、また、人間界の通貨も違う。リゼルが戻ったら請求される。

 夕食も終え、部屋でのんびりと過ごすリシェルとネロ。今頃リゼルは何をしているのか。エルネストはリゼルの言葉に疑問を抱かない。悪魔狩の追試を信じ、即対応をするだろうが問題は周囲。追試が行われるという情報源を何処から得たのかと他の魔族達が問い質しそうだ。



「悪魔狩の追試が何時起きるか不安だわ……」

「通常の悪魔狩と同じで、始まりの合図はあるよ。まあ、何時になるかはお楽しみ」

「……」



 機密情報を教えてくれただけで感謝をするのが当然なのに、ネロの言い方に意地悪さを感じてしまう自分が嫌になってしまった。急に黙ってしまったのを心配してか、ネロが顔を覗き込む。一切の混じりっ気がない純銀の瞳に見つめられると何もかもを見透かされた感覚になる。至近距離からか、若干頬が熱くなってきた。どうしたの、と声を掛けられても何を言うべきか。

 考えても答えはなかった。思っている事をそのまま言葉にしたらネロは可愛い物を見る目で微笑んだ。



「はは。リシェル嬢は可愛いね。君は魔族でありながら性格は人間に近い。いや、リゼ君が過保護に育てたせいかな」

「人間は私みたいに我儘じゃないでしょう?」

「君の言う我儘って例えば?」

「ええっと。欲しい物の値段が高かった」

「人間も天使も同じだよ」

「美味しいご飯以外食べたくない」

「同じだよ」

「パパともっと一緒にいたい」

「同じ」

「……私も、殿下とデートしたかった」

「婚約者とって意味? なら、結局は同じだよ。人間も天使も好きな相手と一緒にいたいと思うのは同じ。悪魔ならではの我儘はないの?」

「う、うーん」



 悪魔ならではの我儘。天使の視点から見て、悪魔の我儘とはどんな物があるのか逆に気になってしまった。



「ネロさんから見て私達悪魔の我儘ってどんなもの?」

「天使の立場で言わせてもらえば、悪魔は皆我儘だよ。我が強く、思い通りにならない事には酷く苛立つ。そして欲深い。どれだけの犠牲が出ても、欲しい物は必ず手に入れようとする。手に入らないと分かった時は壊す。こんな感じかな」



 リシェルが身近な存在で言えばリゼルだが、父に欲しい物はあるのかと今更ながら抱いた。まだ母が生きていた頃は、母と娘が欲しいと強請った物を全て揃えるのが好きだと語っていた。

 病によって体力が低下し、ずっとベッドの上で過ごしていた母は幼いリシェルを膝に乗せて刺繍をしていた。寿命が短くなっている母が娘に残せるものは何でも残しておきたかった親の愛情。母が好んで作っていた刺繍はリゼルの好きな花やベルンシュタインの家紋。猫もあった。



「ネロさん。パパに今日食べたサンドイッチを明日の朝、魔界に転送してほしいの」

「いいよ。リシェル嬢が美味しかったサンドイッチを後で教えてね」

「うん! それと今日お店で買ったハンカチも送って」

「君が選んだあの猫のハンカチ?」

「そうだよ。パパは猫が好きなの」

「え……。リゼ君……猫好きなの……?」

「パパは可愛い動物が好きなの。特に、猫は好きだって言ってたわ」

「そうなんだ……。……あのリゼ君が動物好き……」



 ぶつぶつと独り言を繰り返すネロを気にせず、伝えたい件は全て伝えたリシェルはテラスに出た。

 身を突き刺す冷たさはなくても、当たれば寒さを感じる風が吹いて、上着を羽織れば良かったと内心後悔しながら街を眺めた。前の街もそうだが夜はどこも暗い。所々、明かりが点いている。ネロ曰く、夜は酒を好む人間達が集まる店があるとか。きっとそこなんだろう。魔界にもあるだろうが、首都の街へはいつも昼に出掛けていたし、常にリゼルが一緒でそういった場所に入った経験もない。


 一度ネロに行ってみたいと頼むも飲酒経験のないリシェルは連れて行けないと首を振られた。お酒を飲んでみたい気はするがリゼルが頑として許可を出さなかった。曰く、母アシェルの酒癖が酷くリシェルも同じだと一人で飲ませられないから、と。ならリゼルがいる前だけでとお願いしても却下された。


 過保護なのも時々困ってしまう。



「リシェル嬢、寒いから中に入っておいで。あと、浴槽にお湯を入れてあげたから先に入りなさい」

「女の子のお風呂は長いのよ? ネロさんが先に」

「なあに言ってるの。レディファーストさ」

「ふふ、パパと同じ」

「やれやれ。……おや」



 テラスに顔を出したネロに促され、冷えてきた体をお風呂で温めようと足を前へ出し掛けた時。ネロが怪訝な声を発した。瞬間、腕を引っ張られネロの背に隠された。


 何事かと瞠目。知っている魔力を感知した。

 何故また現れた? まさか、リゼルが魔界に戻りリシェルが人間界に残っていると知って? 

 ネロの背から覗くように顔を出し、予想した通りの相手がいて戸惑う。



「……リシェル。その男は誰だ?」



 旅行四日目に現れ、リゼルに強制送還されたノアールが再びリシェルの目の前に。髪が濡れているのと恰好がどう見ても風呂上りなのは……聞きたくもない、知りたくもない。



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