第14話 封印の鍵、守護の星(7)
「海神レオニスの紋章?」
「ビックリさせて悪かったな。今見たことは忘れてくれ。亜樹もたぶん憶えていないと思うから」
一樹はたった今まで濃厚なキスシーンを披露していたとは思えない屈託のない笑顔でそう言った。
その腕の中に亜樹が倒れ込んでいる。
言葉を証明するように亜樹に意識はないようだった。
たぶん一連の行動は夢遊病者みたいな感じで、亜樹の記憶にはないのだろう。
おそらく無意識の行動。
「カズキ。おまえたちは一体何者なんだ? 本当に異世界人なのか? それならどうして額に海神レオニスの紋章が」
混乱しているリーンに一樹は苦笑している。
「これは一段階目の紋章だ。亜樹の力の覚醒と速度に従って紋章は増えていく。一月ほどで完全に消えるよ。
おれが亜樹のガーターとして万全の力を発揮するためにも、そしてガーターとして認めてもらうためにも儀式が必要。それが今のキスシーンってわけなんだ」
「一樹の言っていることはよくわからないが、どうしてキスする必要があったんだ? しかも亜樹には自覚もないようだった。ひどくないか?」
同意も取っていないで行動に出た。
翔にはそう思えたのだ。
だが、この抗議に対する一樹の答えは簡単なものだった。
「仕方ないだろ。儀式は亜樹の体液を貰うことで成立するんだから」
「体液って」
「つまり血とか唾液だよ。1番効率がよくて力も増すのは、亜樹の血を貰うことだけど、まさか血を貰うために、儀式の度に亜樹に怪我をしてもらうわけにはいかないだろ?
1番亜樹に負担のかからない方法で体液を摂取するためには、キスするのが1番簡単な方法なんだよ。まあもっと手っ取り早い方法もあるにはあるけど、これは亜樹の同意が必要だし」
一樹がなにを暗示しているか、リーンも翔もわかるような気がした。
体液を意味するのは、なにも血や唾液だけではない。
そして1番手っ取り早い体液の摂取方法は自ずと限られてくるものだ。
身体を重ねればいい。
相手が男でも女でもそうすることで、最も濃い作用を持つ体液を摂取できる。
その結果として妊娠が待っているのと同じことだ。
それが理解できないほどふたりは子供ではなかった。
だが、それには亜樹の同意が必要だと一樹が言ったので、ちょっとホッとした。
つまり今のように無意識では意味がないということだから。
「それよりこの右腕、どうしたんだよ、アディール? 分厚い包帯なんて巻かれて」
「それ……やっぱり包帯だったのか。茶色い包帯なんてアリか?」
翔が呆然と呟いてリーンは一樹の質問に答える前に彼に問いかけた。
「そちらの世界の包帯は色が違うのか、カケル?」
「こっちでは白が基本かな? 昔はどうか知らないけど、現代では包帯といえば白を意味するくらいだよ。白いほうが清潔な感じがするだろう?」
言われてなるほどと頷くリーンである。
「それに汚れてもすぐにわかるし、菌が入るのを防ぐ役にも立つ。白い包帯が黄ばんできたり黒ずんできたら、汚れてるってことだから」
「それで包帯は白なのか。なるほどな」
「おい。そういうことはどうでもいいから答えろよ、アディールっ!! これはなんだよっ!?」
一樹が怒った声でそう言って、翔も心配そうにリーンを見たので彼は簡単な説明を渡してやった。
ただし亜樹と杏樹のあいだでのみ成立することについては触れなかったが。
打ち明けられることを、亜樹が喜ばないと思ったので。
だが、無意識に亜樹を動かせる一樹には隠しても無駄だったらしい。
舌打ちを漏らして苦々しげに呟いた。
「形代を救うために自分を犠牲にした、か。とんでもないことをしてくれて」
「カズキ」
「傷を負う分、亜樹の負担は強く大きくなる。魂が傷ついていく。肝心の覚醒のときの障害になりかねないのに困ったもんだ。言ったところでやめないだろうし」
「カズキはどこまで知ってるんだ?」
呆然と呟くリーンに翔はなにか自分の知らないことがあるのだろうかと、意味のわからない会話を交わす弟と異世界の王子を見比べた。
「世話が焼けるよなあ。仕方ない。癒してやるか」
言いながら一樹は素早く包帯を解いていくと、露になった亜樹の傷口に片手を当てた。
その掌から透明な光が注がれる。
そうして見守っているふたりが、呆気に取られるほど早く亜樹の傷は完治した。
「カズキはいつのまに白魔法が使えるようになったんだ?
しかもそんなにひどい凍傷を、あっというまに治せるほど高度な魔法を。
確か治癒魔法は苦手としていなかったか?」
「いいだろ。別に。人間の成長は早いんだ。いなくなっている間に覚えたんだよ。不思議なことでもないだろ? おれには元々力があるんだし」
「それはそうだが」
ふたりの絆の強さを見せつけられた気がして、リーンも翔も複雑な気分だった。
亜樹が目覚めたとき、なにも覚えていないのなら、彼の前で不機嫌な態度は取れないだろう。
独占したいという気持ちが溢れてくることに、ふたりは強い戸惑いを感じていた。
「それよりこいつ物凄く軽いな。本当に男か? 疑うぜ、おれは」
言いながら手早く亜樹を寝台に横たえる。
そこでようやく完全に目が覚めたのか、亜樹がキョトンと一樹を見た。
「あれ? だれ? なんか……どこかで逢ったような?」
「……見覚えがあるのは、たぶん翔のせいだろ。おれは翔の双生児の弟だから」
「翔のっ!?」
驚いて飛び起きてから、亜樹は右腕の傷が治っていることに気づき、また驚いた。
唖然と自分の腕を見ている。
「どうでもいいけどおまえ、そろそろ気づいてやれよ。翔もいるんだぜ?」
一樹に呆れたように言われて、亜樹が部屋の中に視線を走らせた。
そこに一樹とどこか印象の似た少年を見つけて、彼が翔かと驚いた顔になる。
「翔? 本当に翔なのか?」
「……久しぶり亜樹。行方不明だって聞いてすごく心配したんだぞ」
「呑気に挨拶なんてしてるなよっ!! ここ異世界なんだぞ!? なんで翔がいるんだよっ!!」
そんなに簡単に行き来できていいのかと亜樹は叫びたかった。
亜樹の驚愕に翔は困った顔になる。
「一樹に連れてきてもらったんだ。亜樹がこっちにきてることに気付いたのも一樹だし」
言われて繁々と一樹を見上げる亜樹である。
翔の弟だというわりには性格は似ていないみたいだった。
外見はどことなくだが似ているとは思うが。
「翔が双生児だなんて初めて知ったよ。どういうことだよ?」
「話せば長くなるんだけど、亜樹や杏樹と知り合ったのは小学校に入ってからだろ?」
言われて亜樹は頷いた。
亜樹は小学校に入学するときに今の家に越してきたのだ。
だから、翔と逢ったのも彼が小学2年生のときだった。
亜樹と杏樹が1年で翔が2年。
校庭でジャングルジムの取り合いをして喧嘩をしたのが出逢いだった。
それ以前については知らない。
翔も自分のことはあまり話さなかったし。
「実はぼくは5歳の頃に、双生児の弟の一樹を失ってて」
「え?」
「ある日突然だよ。一樹が行方不明になったんだ。どんなに手を尽くして探しても無駄だった。
誘拐の線でも捜査を進めてもらったけどダメだった亜樹たちと出逢ったのは、それから3年ほどが過ぎてからだよ。
一樹のことはなるべく考えないようにしてた。幼稚園時代を知っている奴らには、よくからかわれたから。
一樹は殺されたんだとか、ずいぶんひどいことを言われてきたし、あんまり言いたくなかったんだ。それで黙ってた。ごめん」
俯いてしまう翔に、亜樹は彼が電話してきたときのことを思い出した。
「小学校に卒業するとき外国に行くのを拒んで、だれかを探してたって言ってたのは、双生児の弟のことだったのか?」
コクンと頷く翔に亜樹は一樹を見上げた。
「一樹って呼んでもいいのか?」
「いいぜ。その代わりおれも亜樹って呼ぶけどな」
口は悪いがあっさりした気性のようだった。
亜樹の好きなタイプの性格をしているようだが、しかし腑に落ちない。
翔の言葉を信じるなら、こちらに移動してきたのは、一樹の力だということになるから。
「今までどこにいたんだ?」
「どこって……ここ」
あっさり言われて亜樹は現実逃避したくなった。
「ここって?」
「アキ」
突然口を挟んだリーンを振り向いて、亜樹が問いかけるような顔をする。
そんな彼にリーンは知っていることは打ち明けた。
「カズキは5歳の頃からこちらにいたんだ。エルシアに拾われて彼の元で育てられた。だから、わたしも彼のことはよく知っている」
「エルシアってエルダ神族の?」
亜樹が言うと一樹がいやそうに口にした。
「腐っても長って奴だな。あの野郎は」
「育ての親なんだろ? ずいぶんな言いぐさだな」
「おまえがおれの立場でもこうなってるよ。見てな。エルスに逢えばいやでも、おれの言葉の意味がわかるから。あの三兄弟はおれの鬼門だ」
「三兄弟って?」
亜樹が不思議そうな顔になると、リーンが丁寧に説明してくれた。
「エルシアは長の一族の生まれで弟がふたりいるんだ。アストルとリオネスっていう名前の。確かに性格には難あり、だな」
リーンまでが仏頂面で言ったので、亜樹は今更ながらに彼らに逢うのがいやになってきた。
彼の説明では亜樹は彼らに引き合わされるらしいので。
「オレ……だんだん逢いたくなくなってきたんだけど?」
災難に遭いたくないと顔に書いた亜樹に、リーンは申し訳なさそうに答えた。
「済まない。今更できない相談だ。カズキが絡んでくるのなら、もうすこし対処の方法を変えたのだが。まさかアキとカズキが繋がっているなんて思わなかったから」
「それって一樹がこっちから消えたことを意味してるのか?」
「ああ。ちょうど1年前だ。いきなりカズキがこなくなってエルスに訊くと、元の世界に帰還したと教えられたた。
ようやく世界を移動する力を身に付けたとかで、方法を覚えた途端帰還したから怒っていたな、3人とも」
「ゾッとすること言うなよ、アディール。おれはいやだぜ。今更あの3人にからかわれてオモチャにされるのは」
うんざりした一樹に亜樹は、そんなに問題があるのかとトホホな気分だった。
できれば逢いたくないが、たぶん避けられない問題なのだろう。
できるだけ関わってほしくないな、なんて亜樹は考えていた。
自分に秘められた謎を知らないままに。
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