第13話 封印の鍵、守護の星(6)
そうだ。
なにが変って他人に執着を見せたことのない一樹が、亜樹に執着を見せていることが不思議だった。
しかもただの執着じゃない。
命懸けで一生涯護り抜くと言った。
おそらくあれは誓いなのだろう。
無責任に口に出した言葉ではない。
それなりの重みを伴った発言。
それが一樹らしくなくて戸惑いを感じていたのだ。
「おれは亜樹のガーターだ」
「ガーター?」
リーンが訝しむように言って翔も怪訝そうに弟を見た。
そんな言葉は知らない。
どういう意味だ?
「アディールたちにもわかるように説明すると守護者できる、という意味」
「アキの守護をする者?」
問われて頷いた一樹に翔は複雑な気分だった。
こちらに渡る前に一樹はそれが自分の宿命だと言った。
亜樹と一樹の関係とは一体どんなものだ?
「彼は何者なんだ?」
「それは今は言えない。時期がきていないし、第一亜樹自身が自分のことを知らないからな。とりあえず逢わせてくれ。亜樹がエルスたちと逢うのは本当は困るんだ。どうして呼んだんだ?」
「だってそれは」
「亜樹のピアスだろ?」
理由を先回りして言われて、リーンはわかっているなら訊くな、一樹を恨んだ。
呼びたくて呼んだわけではないのだから。
一樹はリーンが相手でも対等に振る舞ってくれる数少ない人種だったが、リーンは彼を受け入れることができるにいた。
何故なら彼の背後には常にエルシアたちの影があったから。
一樹の保護者がエルシアたちだったからだ。
だから、最終的に受け入れることができずにきた。
彼ならすべて承知の上で受け入れてくれるかもしれないと思ったこともあるが、結局は彼の背後にいるエルシアたちのことが、どうしても脳裏から消えなくて、理解し合うことのないまま別れた。
本当は後悔していたのだ。
逢えなくなるのなら自分に素直になって、彼に感謝を告げればよかったと。
なのに再会すると憎まれ口が出る。
これはこれで困ったものである。
天邪鬼に接するのが、どうも癖になっているようだった。
「全く。エルシアたちにとっては馬の鼻先にニンジンをぶら下げているようなものじゃないか。どうしてくれるんだよ?」
「……彼が普通の人間なら、なにも問題はないだろう?」
「それ、本気で言ってるならぶん殴るぜ、アディール?」
王子に向かってこんなことを言うのは一樹くらいである。
肯定したら本当に殴られるだろう。
実は何度か殴り合いのの経験があった。
一樹は有言実行型なので意地を張った結果であろうと、殴ると言われたときにそれを行動に移すと必ず殴られた。
リーンも王子として誇り高いので、殴られたまま泣き寝入りするわけもなく、結果として何度も喧嘩をしてきている。
そんな怖いもの知らずな一樹に、城の人間は物好きだと指摘した。
「本当にただの人間だと思っていたら、エルスたちを呼ぶわけないだろうがっ。全く。厄介な真似をしてくれて」
「カズキ……久し振りの再会だというのに遠慮がなさすぎないか?」
「おれはいつもこうだ。いきなり変われるわけないだろうが。それより逢わせてもらうぜ。ここにいるのはわかってるんだからな」
そう言って許可も貰わずに扉に手をかけて、一樹がズカズカと部屋に入っていく。
翔(かける)はどうするべきかと、リーン・アディールと呼ばれる少年を見た。
「どうぞ。アキの知り合いなんだろう?」
「高瀬翔です。一樹の双生児の兄貴の。あなたは?」
「リーン・アディール。この国の皇太子だ」
(ゲッ。王子だったのか)
ひきつった翔だが中に入った一樹が気になって、慌てて部屋に入っていった。
部屋に入ると一樹は寝台を覗き込んでいた。
天涯付きの寝台でだれかが休んでいるのだろう。
会話の流れを信じるなら、たぶん亜樹が。
亜樹に逢うのは4年振りだ。
どんな姿に成長しているのだろうと、ちょっと胸を高鳴らせた。
すると目を丸くして寝台を覗き込んでいた一樹が翔を振り向いて問い掛けた。
「こいつ……本当に男か?」
「疑いたくなる気持ちはわかるけど正真正銘の男だよ。ぼくは何度もお風呂も一緒に入ったし」
「すっげぇ美少女。もろにおれの好みだ。おれとしては覚醒してくれる方が有り難いかも。まあ別に男でも構わないけどよ」
「一樹?」
なんだか不穏なことを言われているような気がして、翔が怪訝そうな声を出す。
呼び声は無視して一樹の手が寝台に伸びる。
翔もリーンもハッと息を飲んだ。
どうして警戒しているのか、お互いに相手の顔を見て変な気分になった。
亜樹のことを必要以上に意識している自分に気付いて。
一樹の手が亜樹の細い黒髪を掻き上げる。
「見事な大きさの蒼いピアスだな。これほどとは思わなかった。傷ひとつない白い肌、か。形代の杏樹は相当ひどい目に遭ってきたんだろうな」
複雑な声だった。
リーンは一樹は面識はないと言ったのに、亜樹と杏樹の不思議な関係を知っているのではないかと、そんな疑いを抱いた。
彼の言葉はふたりの関係を知っていないと言えない言葉だと思ったからだ。
「亜樹。起きろ、AKI。おれだ。おまえのガーターのKAZUKIだ」
一樹の言葉は不思議な韻律を持って響いた。
翔(かける)とリーンが怪訝そうに彼を見ている。
すると呼び声に誘われるように亜樹が起きたのか、寝台から小さな声が響いた。
「KAZUKI?」
「誓いを、AKI。血の盟約を」
なにを言っているのかと、ふたりの視線が集中する。
だが、一樹は応えようとしなかった。
じっと寝台の中の亜樹を見ている。
ユラリと人影が起き上がり、その姿を見た翔はハッと息を飲んだ。
想像していた以上に美しく成長した亜樹がそこにいたからだ。
男なのに浮かぶ形容詞は美少女とか、少女に関連するものだった。
だが、亜樹の瞳は焦点が合っていなかった。
じっと一樹を見上げている。
右腕に茶色いなにかが巻かれていて、もしかして怪我をしているのだろうかと、翔はそんなことを思った。
なにか割り込めない雰囲気だった。
「KAZUKIを我がガーターとして認める。我が盟主として生涯の忠誠を認めよう」
ポツリ、ポツリと紡がれる言葉は、どこか空疎で亜樹の心が、ここにはないことを教えてくれた。
リーンも唖然としたようにふたりのやり取りを見守っている。
「誓いを、AKI」
頷いて亜樹が無理に背を伸ばす。
ゆっくりとふたつの人影が重なって、リーンも翔も自分の目を疑った。
亜樹が自分から一樹にキスをしたからだ。
一樹の腕が亜樹の背に回り、その抱擁が深くなるのがふたりにもわかった。
硬直したように動けない時間があった。
そうしてゆっくり亜樹か離れた一樹が、背後で固まっているふたりを振り向いた。
その額には見たこともない模様のアザがあった。
ハッとリーンが息を飲む。
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