ヒメリアの選択〜がらくたと呼ばれた姫の物語〜

磯風

01

 まったく、いつまでかかるのでしょう?

 やっと国境に辿り着いたというのに、入国手続きにどうしてこんなに待たされるのか訳が解らないわ。


 だって、わたくしはこの国……マイウリアと呼ばれるこの国の王子の婚約者ですのよ?

 子供の頃に勝手に決められただけだし、一度もお会いしたことはないし、手紙すらいただいたことはないけれども!

 ものすごーーーーく、嫌だけど、仕方なく、本当に仕方なくここまで来たけど、入国くらいはさせるものじゃないのかしら?


 馬車から眺める国境近くの景色は、私の生まれたディルムトリエンの首都とは全く違う木々や草原の風景。

 マイウリアは中途半端に暑くて、湿気ばかりがやたら多い国だと聞いたことがあります。

 ディルムトリエンも暑い国ではあるけれど、こんなにべたべたはしていませんでした。



 ディルムトリエンとマイウリアは、同盟国。

 というのは表向きで、本当はいつでも戦を仕掛けたいと思っている国同士だってことは誰でも知っていること。

 マイウリアは数年前に革命が失敗して、王侯貴族派が盛り返しているとききます。

 革命の糸を引いていたのはガウリエスタと……我が国だろう、と噂されていることも。


 だから国境での検問が、とても厳しいのかもしれないわね。

 それでも、ディルムトリエン国王の親書も証明書もあるはずなのに、なんで手こずっているのかしら。


「まだ時間が掛りそうなのかしら?」

 馬車の外の侍女にこの質問をするのは、三回目。

 案の定、もの凄く嫌な顔をする。


「もう少し温和しくしててください。なんだか……国境を誰も通れないみたいですから……」

 あら、さっきまでと答えが変わったわ。

『ディルムトリエンの第六王女わたくし』が通れないんじゃなくて、全員が通れないの?


 ぱたぱたと走って、侍女達は馬車の側を離れていった。

 なにか、動きがあったみたいね。

 気になるわ……今、見張りはいないし、外に出ても平気かしら……


 あ、靴は履き替えなくちゃ。

 もしもの時のために、こっそりと動きやすい靴を持ってきているのよ。

 あんな踵の華奢な靴では、走れないもの。


 この服も、ヒラヒラで透けてて……嫌だわ。こういう身体を誇張する服、大嫌い。

 着替えてしまおうかしら……どうせ、わたくしの格好なんてみんなたいして気にしていやしないわ。

 ディルムトリエンの服は、胸元が開いている服ばかりで本当に嫌い。


 マシなものを持っては来たけれど……やっぱり胸元が見えてしまう。

 ちょっと暑いけれど、外套も羽織っておいた方がいいわね。

 きっとその方が目立たないわ。

 金赤の髪は、珍しいらしいから。


 そおっと馬車の扉を開け、侍女達の行った方へと隠れながら進んでいくと門兵だけでなく近衛のような者達まで私達を制止している。

 あら……誰も通れない……というのは、私達が道を塞いでいるから……みたい。

 商人の方々や、お仕事の人達には申し訳ないことね。


「おまえ達では話にならぬ! ディルムトリエン第六王女殿下の馬車なのだぞ!」

「何度も申し上げておりますでしょう? そのような方の入国予定など、こちらでは聞いておりません」

「マイウリア第二王子のご婚約者だと何度言えば……!」


 もしかしたら、私が本物ではない……と思っているのかもしれないわ。


「第二王子の成人式の日に間に合うように入国を、と指定してきたのはそちらであろう」

「それがそもそも怪しいので、只今確認中でございます。今しばらくお待ちください」


 なんなの?

 こんな国家としての大事が、ちゃんと伝わってもいないとかそういうことなの? 

 大丈夫なのかしら、この国……


 まぁ、怪しまれても仕方ないかもしれないわ。

 一国の王女の一行とは思えないほど、質素ですものね。

 侍従は四人だけ、護衛はたった三人だし、御者を含めたって馬車三台で十人そこそこ。

 そんな王族の来訪なんて、あり得ないでしょうから。


 あら、御者達も護衛達も諦めて、馬車から離れているわ。

 なんて不用心なの。


 大したものが入っていないと知っているから、でしょうね。

『正式な婚姻の時に持参品を贈る』なんて、体のいいことを言ってたけど……人質にお金をかけたくないのよね。ディルムトリエンの王族達は。

 ましてや『がらくた』なんかに。



 生まれた瞬間に、わたくしの価値は決まってしまったの。

 だって、わたくしは父上好みの『青みがかった銀色の髪』ではなかったのですもの。

 わたくしの髪をご覧になった父上が放った言葉は、そのままわたくしの評価なまえになった。


「こんな『がらくた』など、要らぬ」


 自分の好みに合わぬ女は全て『がらくた』。

 それがディルムトリエンの男達の言い分で、この国では正義。


 他にも何人か『がらくた』扱いされていた姫君はいたけど、わたくしは特に嫌われた。

 わたくしの髪色が『赤っぽい金髪』だから。


 随分と昔に、赤毛の悪辣な王妃がいたのですって。

 だから、赤い髪は『忌み者』の証……らしいわ。

 その『悪辣』とされた方だって、本当に悪女だったかどうか……だって、そう言っているのは全員、男なのですもの。

 自分たちに都合の悪い女ってだけで、全てを否定する人達ですもの。


 男なんて、大嫌い。


 自分の本当の名前が『ヒメリア』だと知ったのは、五歳になって洗礼を受けた時だった。

 それまで、誰も……母上ですら、わたくしの名前を呼ぶことなんてなかったから。


 イスグロリエスト皇国の貴族だったという母上は、とてもとても美しい方だった。

 だけど、絶対に笑わない方だった。

 神々に祈るばかりで、わたくしのことは見てもくれなかった。

 無理矢理連れて来られたらしいので、ディルムトリエンの全てを嫌っていたから仕方ないのかもしれないわ。


 世話好きの乳母がいてくれなかったら、絶対にわたくし、言葉さえ覚えられなかったかもしれないわ。

 その乳母も八年前に亡くなってしまって、それからは誰からも微笑みかけられることすらなくなったわ。

 そして母上も、五年前に……


 わたくしがその時に一緒に殺されなかったのは、マイウリアに嫁ぐと決められていたから。

 だけど、本当はわたくしである必要すらなかったのよ。


 マイウリアが要求したのは『第二王子の婚約者としての王女』であって、他の誰でもよかったはず。

 だけど、その話が来た時に十四歳だったわたくし以外は、すでに条件に当てはまる者はいなかったから。


 でも、この婚約はある意味、救いだったわ。

 ディルムトリエンから抜け出せる、この王族達から離れられる!

 でも……男に触れられるなんて、嫌……だから、ずっと考えていたのよ。


 マイウリアで婚約者に会ったら、とにかく嫌われて、婚約を解消していただこう!と。

 いえ、解消は無理だとしても、嫌われれば手出しはしてこないでしょ?

 どうせ何人も妻がいるのでしょうから、わたくしひとりに構うことなんかないわよね!


 人質なのだからディルムトリエンとの関係が悪化すれば、殺されるかもしれないけれど。

 それでも……もしかしたら、生きているよりマシかもしれないわ。


「お待たせいたしました」


 あら、動きがあったみたい。

 近衛が侍従長になにやら伝えに来た様子。そろそろ入国できるのかしらね。

 馬車に戻らないと……


「第二王子殿下とは……ご結婚いただけません」


 え?

 なんですの、それ?



 ********


 タイトルが話数ではない回は、間話です。

 各国の状況や事件など、ヒメリアが関わっていない場所で起きていることが書かれています。

 間話には残酷な表現や、性差別的な表現を含む場合がございます。

(特に9話くらいまで)

 ご注意ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る