第12話

 その少年はまだ小学校低学年くらいに見えた。蒲田達が部屋に入って行くと、少年はびくりと肩を上げ、怯えた様子で身体を丸めた。人相の悪い男が2人して部屋に乱入してきたのだから、警戒されるのも無理はない。


 蒲田は困惑した顔で竹部を見たが、竹部は無言で子どもの方に顎をしゃくった。蒲田は気の進まないまま、ベッドに腰掛けた子どもの前に膝をついた。


「……突然押しかけてすまない」蒲田はなるべく優しい声を出そうとした。「実は私達は、君から事件を起こした犯人のことを聞きたいと思って……」


 蒲田が一言発するたびに、子どもは尻を動かしてどんどん壁際に後退していく。これでは逆効果ではないか、と蒲田は竹部を恨みたくなった。


「……我々は事件を解決するために働いている」蒲田は辛抱強く言った。「君も、お母さんを怖い目に遭わせた人間を捕まえたいだろう? どんなことでもいい。犯人の特徴について、気づいたことがあったら話してくれないか」


 自分でも固すぎる口調だとは思ったが、他にどう声をかければよいかわからなかった。もしここに小宮山がいれば、あの笑みと話術で少年の心を開くこともできたのだろうか。


「……おじさん、せいぎのみかたなの?」


 少年がおずおずと尋ねてきた。おじさん、と呼ばれたことで蒲田の眉間に皺が刻まれたが、少年がまた怯えた顔になったので、慌てて表情を緩めた。


「あぁ、そうだ。悪い人間を捕まえ、みんなが平和に暮らせる社会を作る。それが私達の仕事だ。君には我々の仲間として、ぜひとも悪人を捕まえるのを手伝ってもらいたんだ」


「おじさんのおてつだいしたら、ぼくもせいぎのみかたになれる?」


「あぁ、社会を守るのに手を貸してくれるのであれば、君も立派な正義の味方だ」


「そっかぁ……」


 少年は感じ入ったように呟いた。その顔から怯えの色は消え、少しずつ、蒲田に信頼を寄せようとしているのがわかる。


「……あのね。ぼく、おとこの人がうちから走ってくのを見たんだ」少年が言った。


「どんな男の人だった?」


「うーんと……へんなぼうしかぶってた。まっくろで、目だけでてるやつ」


「服装はどうだった?」


「まっくろだった。上も下もぜんぶくろ」


「背は高かった? 低かった?」


「よくわかんない。お父さんとおんなじくらいだったと思う」


「その人の外見について、他に何か気づいたことはなかったかな?」


「うーんとねぇ……。あ、そうだ!」少年が何かを思い出した顔になった。


「あのね、ちらっと見ただけだから、あってるかわかんないんだけど……」


「構わない。どんなことだ?」


「そのおとこの人の手にね、ほしのマークが入ってたの!」


「星?」


「うん! まっくろなほし! 右手のこのへんについててね」と言って少年は、右の手首を左手で抑えた。「かっこいいなぁって思ったんだ」


「手首の星マーク……。タトゥーでしょうか?」蒲田が竹部に尋ねた。


「おそらくな。だが、過去3件の事件じゃあ、ホシの手にタトゥーがあるなんて情報はなかった」


「犯人は確か手袋をしていたのですよね。隠れて見えなかったのでしょうか?」


「かもしれんな。母親の方にも確認してみることにするか」


「ええ。ですが、これが事実だとすれば有力な情報ですね」蒲田が神妙な顔で言った。「手首に星のタトゥーがある男など、そういるものではありません」


「だな。おい坊主、でかしたぞ」


 竹部が歯を見せて笑うと、わしゃわしゃと少年の頭を撫でた。最初の恐怖心はどこへやら、少年は照れくさそうに笑みを浮かべている。


 蒲田は安堵の息をついてその光景を眺めた。新情報を得られたこと以上に、少年の心を開かせるのに成功したことで、肩の荷が下りた気分になっていた。

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