白ウサギの午後

 プロローグ

 この基地に来て、アキラは覚えることよりも臨機応変というよりも場当たり的に行動を取る人類の敵バカピックと、勝手気ままで軽い性格で敵と戦うファミネイへの対応を考え、最良と思えるアイデアを出す方が大変だった。

 そして、上司であるハヤミも今、現れたそんな敵にため息をつく。昼食が済んで、のどかな午後を過ごせるかと思っていた矢先である。

「厄介だな、ワニザメか」

「ワニザメ……変わった名前ですね」

 人類の敵であるバーピックこと、軽蔑の意味で名前が変化してバカピックではあるが、そのコードネームは大層な名前が付けられることが多い。

「バカピックの名前は幻獣から付けられることは知っているな。ワニザメもそれに由来する。とはいえ、本来は単なる動物ではあるがな」

 逆にそのことはアキラを悩ませる。ワニでサメなのだから。その上、幻獣の名前で単なる動物ときた。

 実際、モニターの映像はサメに近い姿である。当然、目はつり上がった半円だが。

「昔、ウサギが海を渡ろうとしてサメを出し抜こうとした際のサメの名前だ」

 それだけでは理解できなかったが、取りあえず、アキラはその説明で納得させた。

 一応、補足をするならば、ワニザメは『イナバの白ウサギ』という物語から来ている。

「ただ、問題なのは物語同様、噛みつかれて大けがをさせられることだ。それ自体が、名前の由来でもある。下手に手を出せば、痛い目に遭う」

 これに関しても詳しくは語らなかったが、アキラもそれ以上は尋ねることはなかった。想像に難くないことと、それ以上の結末を聞きたくないからだ。

「それに厄介なのはあの大地を泳ぐ能力だ」

 映像でもワニザメは地面の中をまるで水のようにして泳いでいる。ただ、基地の周りは草原であるのに、その草花にも影響がなく、ワニザメが泳いだ所は草も揺れる程度だ。

 そして、ワニザメは1匹だけでなく、3匹の群れでやってきている。草が揺れる姿から草原がさながら、海での波のようになっている。

「どういう原理ですか」

「分からない」

 ハヤミは即座に答えた。バカピックは分からないことばかりで、その上、その個体、個体でユニークな特徴を持つ上、ほとんどが原理不明ときている。

「それでも少しは……」

「本当に分かっていない」

 ハヤミは念押しで答える。

「ただ、分かっていることは、地面を泳いでいるだけあって攻撃の効果はかなり減少する。だが、その対策はない」

「本当に何も分かっていないのですね」

 ようやく、人類の敵である、バカピックの驚異の片鱗をアキラは理解をし始めた。

 そう、分からないのだ、意外に何も。

「こちらに対しては手を出さない限り噛みついてくることはないが、それ以外は特に何もしてこない。そのため、単純に偵察に来ているとされている。実際、ワニザメが来た後には基地への侵略が発生している」

 とはいえ、経験から理解したことは理屈がどうであれ分かっていることだった。

「取りあえず、対応としては砲撃で追い返している。ダメージ効果は薄いが、地形の変化で奴らは泳げなくなるからな」

「でも、基地には近づいてきませんね」

 アキラは基地近くまで寄ってくるが、コンクリートで舗装された場所までは近づいてこないことに気がつく。

「これもどういう原理かは分かっていないが、密度の関係か、コンクリートで舗装された所には来られないようだ」

 なるほど、アキラは思った。

「では、アルミカンで地面をコンクリートに舗装をしてみたら、閉じ込めることはできませんか。実行にはリスクは高いでしょうが」

 アルミカン、原子レベルで物体を再構成する技術である。

 土の地面をコンクリートに変えることはアルミカンといえど容易とはいえ、元々、コンクリートの作成自体が容易で建築もまた簡単。わざわざアルミカンという高度な技術でするようなことではない。

 だが、ことワニザメ対策で戦術的に行うにはその手もありかもしれない。

「悪くはないな。次回までにその方向で対策を考えさせておこう」

 ハヤミは確かにアキラのアイデアに感心はしているが、だが、今は余り気にとめていない。先のことを考えているようだった。

「とはいえ、『今は』下手に手を出してケガをさせる訳にはいかないからな」

 やはり、ハヤミは『今は』という所を強調していた。

「取りあえず、2チームほどで砲撃をして追っ払っておけ。後、安全な位置からでいいからな」

 司令である、ハヤミの指令で基地内は戦闘態勢に移る。今頃、格納庫では準備していた装備を持って、少女達が戦闘に向かう。

 だが、戦闘とはいえ、ただ砲撃をするだけ。敵が意図しない動きを見せない限りは平穏にことは終えることだろう。

 現にこの司令室も今のところ、静かで慌てている様子もない。

「さて、この後のことだが……」

 ハヤミは先ほどより悩んでいた。ハヤミ自身、この後アキラに何をさせようか悩んでいたのだ。そして、初日からのドタバタで、やっていなかったことの多さに気がついた。そして、その中でも大事なことを教えていなかったことを思い出した。

「そうだ、一通りのことは説明はしたが、まだこの基地内を隅々まで案内をさせていなかったな。カレンかルリカ……いや、レモアも含めて3人にそれぞれで基地を案内させるとしよう」

 ハヤミの提案にアキラは意図が読めない。確かに基地の案内なら1人付けてもらえば済むことだ。それを悩んでまで3人、それぞれに案内させる意味があるのだろうか、と。

「今は気にせず、命令に従え。それに3人ともに接することで性格等を見定める意味もある。それぞれがこの基地をどう案内するかで、それを感じてみるのだ」

 確かにその理由はそうであるが、アキラには少し引っかかりはあった。この理由以外にも何か意図があると。言葉の中でもそれを伺うことができる。

「奴らにトイレや風呂はもちろん、動力室まで案内させてもらえ。当然、変な意味ではない。何かあれば修理のために嫌でも出入りすることになるからだ。それを知らないという訳にはいかないだろう」

「しかし、彼女らとて、まだここには詳しくないのでは」

 確かにアキラの先輩には当たるとはいえ、その差はわずかである。実際、おおよその場所はアキラとてデバイスで把握しており、迷子になることはない。

 それ以上の情報を同じレベルの彼女達に頼むのはいささか無理がある気がする。

「それはお前に任せる。情報が足りなければ、詳しく調べさせてもらえば済むことだし、レモアぐらいなら裏の裏とか詳しいそうだな」

 それもそうである。確かに部下である3人をいかに使うかが、この基地案内の任務なのかもしれないとアキラは認識した。

「それにワニザメの戦闘も、実質は試し撃ちをするだけだ。ここはファミネイ達に任せておけばよい。気にせず、案内をしてもらえ」

 それでは、まず誰に案内してもらおうかと、アキラは考えた。


 PART『カレン』

 アキラはこの基地に来て1週間弱。それでも最低限のことは学んでいる。その1つは基地内の配置だ。そもそも、基地の構造はシンプルで地図からも迷う要素はない。

 そのため、案内が必要となれば、その部屋、施設の詳細を知ることぐらい。

 ひとまず、ハヤミの指示通り、部下の3人を呼び出す。アキラはコアを所持しているだけで、脳内で処理できるような連結はされていない。だから、デバイスを使う必要がある。

 むしろ、コアの連結自体は戦闘要員のみに適応された処置。普通はコアとデバイスがセットとして使われる。

 そのアキラが発した通信はカレン、ルリカ、レモアらに受信された。こちらはコアと脳内の直結だ。カレンらは今は勤務外の非番、自身の時間を過ごしている。

 そのため、カレンは自室でデータベースから取得した本を読んでいる。ルリカも同様であるが、読んでいるのは戦闘関係のデータ。

 カレン、ルリカは同室で今同じ場所にいる。

 しかし、レモアの存在に関しては秘匿されている。非番でもあるのに、その居場所を隠している。ただ、管理者権限を使えば、バレバレであるが。

 当然、アキラには管理者権限があるため、バレている。

 カレンとルリカは顔を見合わせて、受信した内容に考える。それは「基地内を隅々まで案内してほしい」との内容だ。

「ちょっと、相談を」

 カレンはコアで通信を行う。この場にいない、レモアにも参加してもらうためだ。

『どうします』

『別に案内をするだけなら、問題はないけれど』

『あのハヤミの指示だろう、意味深で特に意図はないだろう』

 レモアも場所と行動は秘匿しているが通信には参加している。実際、アキラから連絡が来ている手前、これ以上隠れる手立てもないのだが。

『なら、基地内の情報を踏まえて詳細に案内しますか』

『それに隅々を案内するなら、動力室の中も案内すべきね』

『……なら、サボる場所も、か』

 動力室はこの基地の心臓部であるため、誰でも入れるわけではなく、許可がいる。たとえ、アキラとて、ハヤミとて許可無しでは入れない。

 とはいえ、ちゃんとした目的であれば許可は簡単に出るため、見学でも問題はない。

 後、レモアに関しては隅々を今いる自分の場所等をさらすことになると判断した。

『レモア。いつも、そんなことしているからな』

『まあ、ルリカさん、今は……』

『…………』

 レモアは通信に反応しない。あまり、触れられたくない様子だったからだ。

 後、レモアはひとまず今、移動してのもある。アキラには居場所がバレているとはいえ、それを悟られないためのある種、偽装工作として。

『それでどうします』

『各自に案内を頼まれている以上、みんな同じ場所では駄目でしょう』

『……なら、お互い好きにいきましょうか』

 レモアはそう提案する。お互い、一瞬の思考の後、返答を行う。

『了解』

『コピー』

『なら、それで』

 別に否定する提案でもないため、それで決まった。

『誰から案内しましょうか』

『私は動力室等の段取りしておくわ』

『1番、以外なら』

 この時点では、要望を述べなかったがカレン以外は2番以降を希望している。

『なら、私がおおよその所を説明しておきます』

『先、お願いするわ』

『さて、私も段取りをしておくか』

 ひとまず、先に案内をするのはカレンとなった。ここでようやく、アキラに対して通信への返信を入れる。

 この間、わずか10秒程度の出来事。

 さて、カレンは急ぎ、着替えを用意する。

 ファミネイのファッションというよりも、基地内では基本、皆、無頓着である。行き着く果てのファッションとしてTシャツと緩いパンツ(ズボン。衣服のボトムスのこと)は珍しくもない。

 最悪、下着のみというのも室内では割と珍しくない。さすがに部屋以外ではこの格好は誰かに注意されるため、そこまではファッションとしては普及していない。

 また、基地は地下であることから空調管理を兼ねて温度管理がされている。そのため、裸同然であっても寒さ、暑さを感じることはない。

 特に戦闘要員の制服は体にフィットしたボディスーツのため、自室では束縛的なスーツを脱ぎ捨て、開放感を得るためにも軽装になりがちである。

 また、上着だけでことを済ませる場合も多い。

 カレンの今の服装はTシャツと緩いパンツ。さすがにカレンには下着まではかなりの抵抗がある。ルリカも今は同じ格好だが、時折は開放感を得るため、下着姿にもなる。

 一応、少女達の名誉のため、補足をすれば戦闘要員の着るボディスーツはいろいろな機能から締め付けによって、体にフィットさせている。決して、きついわけではないが、身につけている際の感覚は束縛感が強い。

 そのボディスーツの機能としては極端な防御力はないが、負傷した際はスーツも損傷はするが、瞬時に修復して傷口の保護、止血などを行う。また、高機動で移動する際の衝撃にも対応している。

 また、多少ではあるが筋肉の動きを読み取り、スーツが筋肉の補助を行う強化外骨格としての機能も有している。これは筋力を大幅に上げるよりも、長時間でも活動するための補助を目的としている。

 それらの機能もあって、ボディスーツ着用時以外は緩い服装を好んでいる。

 だが、基地内のファミネイは戦闘要員だけではないので、ファミネイ本来のゆるさなのか、元から皆、緩い服を好んでいる。

 そんな、カレンはアキラと勤務時以外に会うこととなったため、いつものボディスーツという訳にもいかない。とはいえ、カレンが持つ服は決して多くはない。

 選択したのはこの基地へ来る前に買った、ブラウスとスカート。カレンの持つ一張羅である。

「そんなにお洒落しなくとも」

 ルリカはカレンの様子にそう語る。

 いつもと比べれば堅苦しいファッションで、見ている方も窮屈になる。実際、カレンも着替えてみると、背筋がまっすぐになる感覚に襲われる。

 日頃、こんな服に着慣れていないのもあるが。

「まあ、似合っているわよ」

 再び、ルリカは感想を述べる。カレンは勢いで着替えたものの、どこか心が落ち着かない。

「……これでいいかな」

 カレンが服を選んでいる間から口を開かなかった。ようやく口にした言葉がこれである。

 いまだ、迷っているのだ。どの服で、どのように接すればいいかと。

 ルリカもこれには少しあきれている。確かに、その気持ちは多少分かるが、力みすぎである。

「まあ、手持ちもないのだから、それしか手がないでしょう。それに待たせても仕方がないわ。さっさと行ったら」

 それももっともだった。実際、服を選んだといっても、実質は2択だった。Tシャツかブラウスかの。

 後はこれで覚悟を決めるだけである。

「行ってくるわ」

 カレンはそう言って、部屋を出て行った。

「大丈夫かしら」

 ルリカはいろいろな意味でそう思った。そんなことを思いながらも、入室関係の許可を取るための手続きのため、ネットワークに入った。


  * * *


 アキラは自室の前で待っていた。この基地で自室を持っているのは数えるほどしかいないな。この基地はそれなりに広いとはいえ、個人で部屋を持てるほど余裕があるわけではない。

 それは都市であっても変わらない。地下という空間に無理矢理、居住スペースを作り出しているからだ。それにはいろいろな制約や制限があるため、極力コンパクトにする必要がある。

 アキラにしても基地に来て、初めて自室をもらえたほどである。

 そのため、1人でいる方がさみしいほどだ。それは年相応な反応である反面、今の時代では1人で過ごすことが少ない以上、自室というのが非日常である。

 さて、アキラはデバイスで連絡して、その返信あったことから自室の前で待っていた。別に自室内で待っていればいいものを、どこか遠慮していた。

 そして、案外カレンはすぐやってきた。むしろ、アキラの視界内では普通の速度であったが、見えないところでは急いでやってきていた。

 それは廊下を走るなのレベルではないが。まあ、そこに関しては基地内では対処されていることなのだが。

「お待たせしました」

 カレンは深く頭を下げる。すぐこられなかったことに対して、無礼をわびたのだった。他の少女達なら、5、10分の遅れはまだかわいい部類なのに。

 それに服装だって、ラフな格好が多い中で、カジュアルな出で立ち。むしろ、ラフが多い中ではブラウス姿はフォーマルにすら見えてくる。

 アキラも思ってもみなかった対応に、反応に困った。

「では、この基地の基本的なところを案内させていただきます」

 カレンはアキラの反応など気にすることなく、事を進めていく。

「まず、この基地内では400名前後が暮らしています。基地の性質上、人数はどうしても増減していますので、正式な人数はその都度、確認が必要となります」

 廊下だというのに、カレンの説明はまだ続く。

「人数の内、部隊としての戦闘要員は72名、また附属する専属エンジニアは24名。実際は部隊を運営するエンジニアは多く投入されていますが。勤務等に関しては私から述べる内容ではないので割愛します」

 その説明はどこか堅苦しい。それ自体は問題ではないが、この基地の少女達にしては珍しい程度。服装にしてもそうだが。

 アキラの部下になったとはいえ、カレンと直に話すことは短いモノを除けば、これが初めてに近い。配属されてから、いろいろと忙しい日々で直接、会う機会もほとんどなかった。

 通信でのやり取りはあったとはいえ、こんな堅苦しいしゃべり方ではなかった気がする。

 私服を見るのも完全に初めてではあるが。

「基地は地下4階構造で地下1階は倉庫などに使われていますが、ただ攻撃のリスクから下層への被害を軽減させる構造物が主となっています。そのため、2階がメインで基地機能を中心に、3階は居住スペースが中心。そして、4階はこの基地のライフラインを担う動力室となっています」

 現在地である、アキラの自室は地下2階に存在する。また、カレンの部屋も同じ階。これは緊急時、移動が短くなるよう、戦闘要員等は基地機能の中心である地下2階に部屋がある。

 説明が終わったのか、カレンはいったん黙る。アキラもまだ反応に困って黙っている。

 カレンはそれを問題ないと判断して、次に移る。

「さて、まずプラントから案内させて頂きます」

 このまま、アキラは困惑しても仕方がないのでようやく、カレンに対して言葉をかける。

「もう少し気楽でいいのだよ」

「分かりました」

 カレンは即答したが、内心ではそれはできない。もし、気楽にしたら何もできなくなるからだ。精一杯、背伸びをして接しないと彼、アキラには向き合えないからだ。

 実際、背丈もアキラの方が少し高い。基地での経験こそわずかに上であるが、その他の点はあまり変わらない。得意とする戦闘力はアキラとの比較にはならないが、他のファミネイと比べれば、大差はない。それに経験は不足している。

 つまり、カレンには誰にも勝る点がないと思っている。だから、自分を偽らないとアキラと向かい合える立場ではないと、カレンは思っているのだ。

 そして、カレンにとって、アキラは絶対の存在なのだ。


  * * *


 アキラの自室より、まっすぐ進んで食堂の反対側にある壁へと案内された。

 ここがカレンの目的の場所であったが、壁である。

 しかし、アキラはデバイス情報からもこの先に植物プラントがあることは知っている。だが、入り口も見当たらず、壁のみでその詳細は知らずにいた。

「植物プラントでは食料、また医療関係の素材となる植物も育てています」

 基本、食べ物は合成食品であるが、その材料はこのように植物から作られている。だが、そのまま食べられる野菜類ではなく、栄養素と生産性に優れたモノから選ばれ、作られた品種のため、生で食べられることは少ない。

「植物プラントは各階にありますが、実際、上下で連結された1つの区画となっています。ただ、プラント内はモニター越しで見ることはできますが、入室に関しては動力室よりも厳しく、基本、入室は禁止されています」

 壁に映像が映し出される。カレンがプラントとアクセスして、現在の映像を出したモノである。

 その中には確かに誰もいない。

 入室の禁止は管理上の理由である。何しろ、作られた種な上、クローンされた株を延々と作り出しているだけに、外部からの圧力に弱い。下手に入室の際に持ち運ばれた菌等でも全滅、もしくは変異が生まれるかもしれない。

「たとえ、司令であっても理由なく入ることはできません。管理は自動で行われていますし、メンテナンスもアルミカンで行われており、部屋内に入る必要はありません」

 アルミカンは万能な技術。材料とエネルギーさえあれば、その構造の変更や維持も容易な現在の錬金術である。

 メンテナンスもこれ1つで、新品状態を常に維持できる。

「また、地下1階からはわずかな開口から自然光が入るようになっており、増幅させて地下のフロアにも光が届くようになっています。また、補助で明かりも用意されています」

 プラント内はこの地下にある基地よりも明るい。それも各階で明るさがほぼ変わらず、光の干渉とならないよう、床などメッシュや透明な材質になっている。

「プラントとは別になりますが、地上の周りに生えている草原の植物も加工して食料や繊維を素材して使われています。こちらは機械を使うとはいえ人力での作業となります」

 映像は地上に変わっていた。しかし、その映像は上から見たモノではなく、地面から見える視点のモノ。

 基地の位置は変わっておらず、敵にも周知の事実のはずだが、目立たないように地上には高い建物以前に出っ張りすらない平面である。そのため、地上にある監視用のカメラは地面に取り付けられており、空を見るには特に問題はないが、地上を見るには地面しか分からない。

 地上には警戒すべき敵以外は動物ぐらいしかいないので、これでも大きな問題はない。

 また、必要となれば、撮影用に空中を巡回できる機械も用意されている。先ほどのワニザメもこれで監視していた。

 さて、その地上の映像には草原が映し出されている。この植物が食品の材料となるのだろう。そして、そろそろワニザメに対しての攻撃が始まろうとしていた。

 この植物らもいくらかは砲撃の被害を受けることになるだろう。

「これらを合わせて作られた食料は基地内で消費される量は何とか生産しているそうです。ただ、畜産プラントは都市でのみ運用されているため、そこで作られたモノは都市から運搬されています」

 畜産プラントといっても、ウシやブタなどではない。確かに動物も一部は飼育されているが、食料よりも種の保存を意識した動物園として飼育されている。

 では、畜産プラントで管理されているモノは何かといえば、それは昆虫である。

 省スペース、省エネルギーで、大量に育てることができるため、タンパク源として優れている。また、加工されるので、見た目の問題もない。

 それに植物同様、昆虫からも繊維、医薬品となる化学物質なども取れるため、動物よりもメリットが多い。

 ただ、基地にないのは専門の知識を有するスタッフと施設を置く必要があるため。それらを考えた時にコストに見合わないことから設置されていない。輸送で済む話だから。

「そのほか、生産されてない物資は都市から定期的に提供されています」

 こうしてみるとすごい。アキラは都市で暮らしていた間は知識としては知っていたが、こうして壁越しのモニターとはいえ、直に見る機会はなかった。

 当然、都市はもっと管理が厳しい。ここより、多くの人間を支える大事な機関なのだから。たとえ、都市の未来を担う子供達であっても、見学は簡単に許されない。

 ただ、プラント内の映像素材は容易に見られるため、見学という行為自体に特に意味がないこともあるのだが。

 しかし、この生活システムは、本来、人が宇宙で活動していた技術を転用したモノ。

「さて、これ以上詳しい内容は私も権限がなく用意はできませんでしたが、プラントの説明は以上となります。何か質問があれば、私の方で確認して説明に参りますが」

「いや、詳しいことは担当のエンジニアにでも聞いておくよ」

「そうですか」

 アキラにとって、この地下での生活は日常ではある。だから、知識としてもあり、疑問に思うことも少なかった。

 さて、プラントの反対側は食堂があるので、カレンは少し移動して食堂の説明に入った。

「食堂はいつも利用されていると思いますが、概要だけで。植物プラントで生産された物はプラント内で一次加工はされますが、食品には加工されないため、食堂内で加工され、それが提供されています」

 食堂も基地に合わせて、24時間稼働している。そこにはスタッフとして10名ほどが配置はされているが、基本食品の加工は自動で行われているので、それだけの人数でも問題なく、食事の提供をすることができる。

「スペースは一度に400名程度収納できるだけ有しています」

 確かにそういうだけあって、ちょっとしたスポーツができるスペースがある。ただ、実際に席としては200席程度。交代制であるため、一堂に集まることはないから、日頃はこのぐらいで十分。

「食堂の加工ラインも見せるべきと思いますが、こちらも入室は管理されていますので、後ほど映像を用意しておきます」

 食品を扱うだけにこちらも管理は厳しい。まだ、植物プラントよりは入室は簡単ではあるが、こちらも自動ラインであるため、人の出入りする必要性も薄い。

「ただ、調理場は自由に見られますので、案内します」

 調理場といっても簡易的なモノ。だが、基本は加工されたモノを食しているので、調理の必要性はない。

 それでも、1からお菓子等を作ることを趣味にする少女達も多くいる。それは加工されたモノよりも高く付くことになるが、作る過程、自身好みの味付け、形にできることは既製品にない楽しみがある。

 また、出来の良いお菓子は高く売買もでき、作るスキルがないが、食べたい者達には頼んで作らせることもある。

「私は調理はしませんが、何かご希望があれば用意させますが」

「いや、いつもので十分だよ」

 アキラは手作業で作られた食べ物を食べたことはない。都市ではそんな趣味は上流階級でもないからだ。1から作るなど、手間で、無駄が出てくるため、贅沢を超えた無駄使いと教わってきたからだ。

 それでもここでは、それを許されている。ふと、それがアキラには不思議に思えた。

「では、ちょっと移動して一応水回りを説明しておきますが」

 再び、今歩いてきたルートを通って、途中にあった水回り関係の施設がある所に着いた。こちらもアキラも利用しているため、よく知っている。

「お風呂、洗濯場、トイレなどこのフロアでは水回りの機能を集約しています。トイレ自体は各所にありますが」

 地下暮らしでは水の管理も重要になってくる。そのため、水回りは無駄がないように集約されている。

「一応、水源は地下、また近くに海がありますので困ることはありません。それでも水は循環して無駄のないように使用していますので、ただ消費のみしていく訳ではありません」

 カレンの説明に尽きる。この水回り関係で大事なのは水を無駄にしないことである。

「下水処理であってもアルミカンで純水にできますが……」

 下水には機械等の使われた油汚れを含んだモノも言葉の意味では含まれているが、この場合はどちらかといえばトイレ、汚物に関してだ。

 当然、水は大切な資源なため、下水であってもただ捨てられることはない。

 また、排せつ物も、人体というアルミカンで生成された物質であるから無駄に捨てられない。ここからも必要な物質は回収され、プラント等に運用されている。

 ただ、これ自体は大昔から行われている植物生産過程ではある。また、水の循環システム自体も宇宙時代の技術である。

「その……アキラ殿やハヤミ司令はトイレが特別と聞いたことがあるのですが」

 これまで、背伸び感と堅苦しい口調から一転して、カレンは個人的な質問をしてきた。

 その質問に対して、アキラは何事もないように自然に答える。

「いや、みんなと同じで普通だけど」

 恐らく、男性であるが故に特別なトイレを使っているとの基地内で噂、都市伝説となっているのだ。

 とはいえ、便宜上ハヤミもアキラの自室にはトイレとお風呂を持っている。勤務中であれば、みんなと同じトイレを使っている。

 ただ、タイプでいえば椅子のようなタイプ(洋式便器)とは別に床にしゃがみこむタイプ(和式便器)も少数であるが存在する。

 これはトイレの延々と続くスタイルの差である。

 ただ、男子専用のトイレに関しては既になくなっている。これが噂の元ネタであるが。

「今、ルリカの方から連絡で、動力室の入室許可が取れたそうです」

 その連絡はアキラのデバイスにも入ってきた。

「では、動力室まで案内します。その後は、ルリカに任せますので」

「そうだ、言い忘れていたけれど」

 動力室へ向かおうとしていた、アキラはカレンを呼び止めた。

「その服、かわいい服だね」

「あ、ありがとうございます」

 単なるお世辞かもしれないが、カレンにはその言葉だけで大きく動揺させた。

 カレンにとって、アキラは絶対の存在だ。自分のすべてを握っている人物だから。そんな人に粗相は許されない。期待に添えないことは死んでも許されない。見捨てられることは許されても、見捨てることは、あってはならない。

 そんな人であっても、普通に褒めてくれることは、とてつもなく嬉しいこと。

 気が緩んで、カレンはいつも以前の自分が出てしまいそうになる。ただ、平然を装うと、自身の体を機械のように動かすが、動力室まで歩かせるのが精一杯であった。

 実際、今の今まで作ったキャラクターを演じていたのだから、余計だ。


 PART『ルリカ』

『何だかな』

『言いたいことは分かるわ』

 ルリカとレモアは通信でやりとりをしている。ただ、このやりとりはカレンには繋がっていない。そして、通信での内容はカレンの言動についてだ。

『かなり、無理してキャラを作っているわね』

『分からないことではないけど』

 2人はおおよそ同じ感想だった。そもそも、その感想に至るアキラとカレンのやりとりに関しては一応、間接的に知ることができていた。

『しかし、隠れて見ることではないわね』

『オープンな内容よ』

 レモアはオープンにされている監視カメラの情報にアクセスして、様子を眺めていた。

 そもそも、オープンだからといって見て楽しむモノではないが。

『じゃ、私は動力室、格納庫を中心に案内するわ』

『後は任しておきなさい』

 ルリカはふと思った。

『後、案内するような所はないけれど』

『いや、そこは心配しなくていいから』

 ルリカはレモアとの通信を切ると、今度はカレンのとアキラの方に通信を入れた。


  * * *


 動力室はカレンも説明した通り、更に地下にある。それは地上から来る敵、バカピックから攻撃を遠ざける目的である。

 そして、動力室以外にその階には何もない。これは敵以外にも好奇心のある少女達を近づかない対策でもある。

 この地下4階へ行くには格納庫側にある階段を使う必要がある。

 メンテナンスや拡張の際は重機も運搬できるエレベーターで行くことができるが、こちらも許可が必要である。それらの申請が出ていない状態ではエレベーターは使用できない。

 たとえ、基地司令であるハヤミでも特権は許されない。

 つまり、階段で地下4階まで歩いて行く必要がある。

 ルリカは既に動力室の前で待っている。誰もいない所ではあるが、先ほどまで通信でやりとりをしていたので、退屈はしていなかった。

 そんなルリカはカレンとは違い、自室から服は変わってはいない。一応、いつもの上着、レザージャケットを着込んでラフさをファッションとしている。

「ご苦労様」

 階段を下りて、カレンとアキラが動力室の前へとやってきた。ルリカは先ほどの様子を多少見ているため、カレンの違和感など初めから知っている。

 だが、今は更に悪化していることに気がついた。

 とはいえ、何も言わないまま案内を引き継ぐ訳にもいかない。ルリカは少し悩んで、カレンに声をかける。

「そういえば、カレンもここは初めてだよね。どう一緒に見ておく」

「いえ、私は、結構です」

 少しぎこちない口調だった。むしろ、返答としてはルリカの思った通り。

「そう、なら自室でゆっくりしておくと、いいわ」

 そして、続く言葉は、カレンの目の前だというのに通信で送信した。

『まあ、頑張ったわね』

 おおよそ、アキラにもバレているとはいえ、アキラの前でその言葉を聞かれる訳にもいかず、また、カレンにもその事実に触れないのは優しさというべきなのだろうか。

「では、動力室を案内します」

 そう、ルリカがいうと動力室へ出入りするための作業員用扉のロックが解除された。

 動力室内へと入ると結構、物音でうるさかった。そして、その音に紛れて、カレンはその場を立ち去っていた。

「動力室とは名前は付いていますが、基本動力であるコアの他にも、水源、空調などのユーティリティを管理する駆動源、そして、情報管理する情報処理装置などが置かれています。聞いての通り、駆動音等で結構うるさい空間です」

 部屋に入る前の静寂がウソのようである。

 コア自体は静音性は高いのだが、どうしても水源、空調などでは駆動源が必要となるため、音が出てしまう。

 ちなみにコアで作られたエネルギーは電気ではない。第2電気、純エネルギーとも呼ばれる存在で、作られる際と使用される際のロスが少なく、破損などで漏出した際もほぼ無害である。

 そのため、電気で動く電動機、モーターはこの時代では使われてはいない。駆動源には別の駆動方式を採用されている。

「騒音と強度、そして、防御、耐久性の意味で壁は厚くなっていますので音や振動は外部には漏れないようになっています」

 動力室は基地としては繋がってはいるが、建物としては空間を設けていて、完全には繋がっていない。それは騒音、振動対策で共振させないためだ。

 それと防御の意味合いで壁が厚くして、空間が取られている。建物が全壊するレベルの攻撃であっても、動力室はまだ無事に済むようの対策である。動力室さえ無事であれば基地機能はある程度維持できるからだ。

「動力源もそうですが、それ以上にライフライン、情報を支える重要な場所であります。それゆえ、攻撃被害を抑えることを想定して地下深くに配置されています」

「もし、地下からの攻撃された場合はどうでしょうか」

 アキラとて、今日まで地下で生きてきて無事が示すように、地下から攻撃されたことはなかった。とはいえ、今の人類にとって、そういった不安は誰もが思っていることである。

 そうでなくとも、地上を捨てているのだから。

「……地下から直接ですか」

 ルリカは少し考える。答えにくい話題であるからだ。

 それは不要に不安を煽る意味ではなく、人類の敵、バカピックが読み切れない存在だからだ。

「あり得ない話ではありませんが、バカピックのタキオンエンジンの観測は地上であればほぼ、観測できます。たとえ、地下にいても何らかな痕跡は分かるため、その危険は未然に防げます。地下に住む、我々にはウサギの穴掘りすら警戒しているのですから」

 地下である以上、様々なリスクがある。それは何もバカピックだけの話ではない。

 それゆえ、たとえ穴を掘る生き物さえ監視できるような態勢、観測機器がそろっている。ウサギすらその対象となるぐらいに。

「しかし、この間は……」

 そう、アキラの着任早々で起きた、死んだふり事件である。バカピックはそのような知略にあふれた行動も取ってくる。

「問題はそこです。奴らには合理的な思考を持っているのか不思議になるくらい独創的で、不条理な塊です。ですが、結果的には合理的と言わざる負えないほど、苦戦を強いられています。この地下で暮らしていること自体、その証明ですから」

 地下に押し込められた経緯はバカピックにある。どんなにバカピックと軽蔑したところで、人類の敵という肩書きは消えず、人類の屈辱も晴らすことはできない。

 ユニークな外観と行動でも、その事実を覆すこともできないのだ。

「どうであれ豪快が売りであるバカピックが慎重に地下から忍び込むにしても、力任せで容易に基地破壊が実現できる以上、そちらで行動を起こす方が簡単ですしね」

 つまりは地下からであろうと地上からだろうが、奴らが本気となれば、どれだけ強固であっても無防備でしかない。

 それほどバカピックは強敵なのだ。行動はユニークであるが。

「むしろ、この星の裏側から穴を掘って、現在進行形で進行しているかもしれませんね」

 ルリカは笑って聞かせ様とも思った例え話だが、その内容が全くあり得ないといえないことに笑えなくなった。

「こう言葉にすると笑えませんね。そんなユニークさは奴らは持っていますし、それを実現できる行動力と力がある以上」

 過去にも奇妙奇天烈な行動で攻めてきているし、今後もそれはあり得る話。大抵の例え話は現実に起こりえるかもしれない。

 それほど奴ら、バカピックは馬鹿にされた呼称ながら、その実は本当に無駄なまでに計算高い存在であるのだ。

「ひとまず、地下である以上、バカピックはもちろん地震などの自然災害にも警戒が必要で、動力室は基地全体の自然災害等への対策機能も持ち合わせています。災害時は一種のバリアで基地を包み、対応します。ただ、これはバカピックに対しては有効な防御策ではなく、あくまで災害に対してのモノです」

 こういった技術的思想はやはり、宇宙時代の宇宙船でも使われたモノを転用である。そういった意味でも地下と宇宙というのは似ている部分がある。

「さて、話を動力室へ戻します」

 動力室とはいうが実際、その中でも更に部屋で区分けされている。動力室に入って目に入ってきたのはまずコアだ。

 そして、厳重な壁で区画されている場所がある。

「こちらは情報処理装置が置かれた場所になります。私も専門ではありませんが、基地機能の管理はこちらで行われており、高度な情報処理もこれを介して処理されております」

 地上に配置された観測機器で測定された情報は、この情報処理装置に集められ、処理された結果として司令室にモニターされている。

 また、基地内でネットワークもこれで管理されている。先ほどのカレンやレモア、そして、ルリカの通信にしても、ここを中継している。

 ここを調べれば、先ほどまでの内容は筒抜けである。

 そして、奥にはコアとは違う機械が置かれた場所が見える。

「奥にはユーティリティ、水源、空調など地下で我々が生きていくために必要な基地のライフラインを供給する設備群となります」

 ユーティリティは機械が動いているため、不用意には近づけないが、それでも水が流れていることは目でも音でも確認できた。

「先ほど、植物プラントなどを見てきたと思いますが、使われる水はここで管理され、また循環して使われています」

 実際、ユーティリティ設備はコアが置かれた場所より広く面積が取られている。

 コア自体は省スペースだが、どうしても水を溜めるプールにしても必然的に面積、体積が大きいモノばかりになってしまう。

「また、地下である以上、空調管理なしでは生きていけません。地上との繋がりは完全に失っていないとはいえ、空気穴だけではこの基地の空気すら管理できませんから」

 そういわれて、機械、場所を示されてもアキラにはどのような原理、構造で動いているかよく分からない。

 確かに多少はそれらの知識は聞いてはきたが、あくまで雑学程度の知識でしかなかった。

「後、一番、見慣れているとは思いますが、目の前がコアです。9基のコアがありますが、その半分で通常は問題なく基地機能を運用できます。これだけでも都市と同じ出力を出すことができます」

 コアの原理は核融合炉ベースに、発生したエネルギーをほぼそのまま使いやすい形に変換して使っている。それが先ほども触れた純エネルギーとも呼ばれるエネルギーだ。

 また、目の前のコアは人の背丈より一回り大きいサイズだが、その他には競技用のボールや握りこぶし程度とサイズも用途で様々である。

 それらより小さいサイズも存在するが、実際は動力を持たないため、厳密にはコアと違う。これらは別のコアから送信されるエネルギーの受信機と入れ物となる。

 人の背丈より一回り大きいサイズであれば、小さな街は十分にエネルギーを供給できる。ただ、それは昔の話。今となってはそんな街は存在しているのかは怪しいが。

 現在は都市という狭い空間で地下へ地下へ住み家を広げているだけ。その都市すら、他にどれだけ街や都市が現存しているか各都市間で把握していない。

 元々、アキラが住んでいた都市でも、2つの都市とわずかながらの交信のやりとりがある程度だった。

 さて、そんな都市よりも人口が少ない基地にコアが多く配置されているのは、バカピックの戦闘時のためだ。攻撃手段などに使えるエネルギーが多いことに越したことはないからだ。

 これに関しては日々頃から使っているモノだから、アキラの理解も言われるまでもないレベルである。

 目の前のコアでもそれだけの知識を披露できる。

「各設備の詳細な原理や構造も御理解いただくことも必要と思いますが、私達もそれらの知識を持っていませんので、概要だけとなります。それでも動力室は建物としての機能の要を担っていることは容易に御理解いただけと思います」

 今頃であるが、ルリカの口調はカレンとは違う丁寧さであった。元からの性格なのだろう。

「そのため、我々も容易には入れないように管理されています。物好きでイタズラ好きなファミネイの前では余計に厳重でなければなりません」

 とはいえ、丁寧だけでなく、皮肉、毒も盛り込んでいる。

 実際、これは誰かのことを指しているのだろうが、アキラには誰のことか、この時ははっきりと分かっていなかった。

「さて、あまりうるさい所で長居しても仕方がありませんので、次へ行きましょうか」

 確かにうるさいが、日頃は静かな地下世界でこの手の騒がしさも決して悪くなかった。

 動力室の扉を抜けると再び、静寂の世界と戻っていくことになった。だけども、ここは少女達の賑やかさも存在する、騒がしい場所でもある。


  * * *


 動力室を出て階段を上がると、そこはエンジニア達の使用する部屋が並んでいる。

「ここはエンジニア部門のフロアとなります。地下2階にも同様に存在しています」

 開発室だったり、研究室だったりと様々な部門事に部屋が分かれている。

 とはいえ、その部屋、部屋に様々な設備や工作機械があるわけではなく、開発ツールのみで仕事をこなすことができる。

 それを可能としているのもアルミカンである。設計図だけで自由自在に作り出すことができるからだ。

 アルミカンで唯一できないのは、バカピックの残骸を元通りにすることだ。

 エンジニア達はバカピックの残骸から、その技術などを研究しているが、お手上げ状態で、構造も原理も正確に把握していない。

 だから、アルミカンは使えない。

 ゆえに残骸は直に触れて、ばらして解体して、構造を調べて、破片から推測して、かさばって邪魔となれば素材としている。

 これはなかなかな重労働である。

「出入りは特に管理されている訳ではありませんが、部門が違うため、私達では歓迎されたり、されなかったりとしますので、詳細な案内に関しては省かせて頂きます」

 基地内の組織関係に関していえば、みんな仲良くやっている。とはいえ、いがみ合いが決してないわけでもない。

 やはり、部門も違えばお互いの意見が存在してくるため、どうしても負担を負う箇所が出てくる。

 組織とはそういった存在なのは、この時代になっても変わらない。

「その代わり、後でエンジニア部門の組織図と現状に関して資料を送っていただくように連絡しておきます」

 ルリカはそう語るが、これに関しても先ほどの話になる。ルリカの立場ではその資料を集めるのも簡単にすむ話とはいいにくい。

「行くにしても、お願い事は厳禁です。もしお願いをするのなら、その前にお菓子等を差し入れして受け取った後でするといいです」

 この発言にエンジニアに限った話ではない。少女達の性質をそんなモノである。どうしてもおいしいモノをもらってしまっては、それを拒否は難しい。

 実際、先ほどの資料の話もルリカはこの手で乗り切ろうとしている。

「一応、地下3階には格納庫で使われる部品の倉庫もありますが、ちょっと奥へ行くと散らかっており、危ないのでこちらも案内は省きます」

 アルミカンは収納にも使える。ただ、その際にはエネルギーを使う。

 スペースが確保されている格納庫ではすぐ使うモノはそのままの状態で保管されている。

 また、先ほども触れたがバカピックの残骸も研究、解体して素材とするため、そのままの状態で一時保管される。そのため、倉庫内は散らかりやすい。

 逆に食料などは多く保管しておきたいことや保存目的でアルミカンによる変換で小さくして管理されている。ただ、あくまで小さくするだけで質量が大きく減ることはない。

 アルミカンはそこまで法則を無視した技術ではない。

「それ以外では居住フロアもありますが、こちらも特に説明は不要と思います」

 実際、多くの部屋がある移住フロアを1つ、1つ見て回る訳にもいかないし、歓迎されたとして部屋の中に案内されても時間がいくら合っても足りない。

 これに関しては地図で事が足りる。

「さて、この基地で主となる箇所は残りは格納庫ぐらいですが、先ほど戦闘もありましたので格納庫自体には今、立ち寄らない方がいいですね」

 これに関してはアキラも納得していた。自分が目立つ存在であると理解しているからだ。そして、戦闘後という独特の雰囲気が混ざると余計に危険なのは目に見えている。

「どうしても、我々は目新しいことは敏感ですから」

 ルリカもそれに関しては否定しようがない、少女の性である。

「ひとまず、地下1階へ移動しましょう。上から格納庫全体を見える場所もありますので」

 そういって、再び階段を歩き始める。


  * * *


 地下1階は基本、誰も寄りつかない。戦闘時は被害が想定されるため、待避させられるからだ。

 倉庫代わりにしても、重要性の薄いモノばかり。食料などは置かれることは当然ない。

 そんな地下1階には数少ない意義のある部屋がある。格納庫を覗ける部屋だ。

 格納庫は地上を行き来するリフトがあるため、地下1、2階の吹き抜けとなっている。

 そんな構造から見学用に作られた格納庫を覗ける、ある種の観覧場が作られていた。

 基地の完成した当初は見学する人物もいたが、次第にありふれた日常となったため、物珍しさで来る者もなく、今ではその用途で使われることはなかった。

 だから、格納庫にいる少女達はこちらの存在に視覚からも気づいていない。誰かいると思っていないからだ。また、窓には角度もあり、下からこちらを視認することも難しい。

 ゆえに少女達の素が見ることができる。

 新人アキラにとって、説明の場にはとっておきである。

 そんな部屋を前にしてルリカは部屋に誰かいることを感じ取った。それは気配から察したが、情報としては誰かは示されてはいない。情報が隠されているのだ。

 情報を秘匿する者は多くはない。何しろ、いざとなれば、他の手で明らかにすることは容易だし、現にこうして気配を感じ取っているのだから。

 とはいえ、部屋に誰かいるにしても特に危険なことはないため、ルリカは部屋を開けて確認する。

 部屋の中にいるのはレモアだった。

「奇遇ね」

 レモアは居場所を再び秘匿していたため、この出会いは偶然ではある。ただ、レモアからすれば、こちらに向かってくること自体は気がついていたことだろうが。

「何をしているの」

 ルリカはレモアに尋ねる。ただ、まともな答えは期待していない。

「先ほどまで地下1階にいたのだけれど、戦闘が始まったからいったん待避して、戻ってきただけよ」

 その返答自体は正直なモノであるが、いささか奇抜な点もある。

 確かに先ほどまで戦闘が行われていたため、地下1階からの退避が命令されていた。それが解除されて、また地下1階に戻る理由は薄い。

 それを平然とするのは、誰もいないだけに人目に付かないことを利用して、そのメリットを利用する限られた者達だけ。

 つまりはサボりである。

「そう」

 レモアは怠けることの許された非番であるのに、サボりなどせず、堂々としていられるのに地下1階で用があるとはよほどの変わり者である。

「それより、格納庫の説明でしょう。私に構わず、どうぞ」

 ルリカはひとまず、その言葉通りレモアの存在を無視して、説明を再開する。

「格納庫のことは御存じと思いますが、我々、戦闘要員の出撃場所となります。ただ、格納庫本来の意味としての武器、装備の整備や点検よりは地上との連絡橋としての意味が強いですね」

 そういった点を考慮すると、この基地の格納庫は意味合い、構造的にも大昔の航空母艦に似ている。

「整備もアルミカンで行えば、広い場所を必要としませんので」

 実際、戦闘の終えた少女達の武器はエンジニア達が回収して、アルミカンでのチェックを行い、問題があればアルミカンにて修復をする。

 武器をばらして、点検する必要がないため、大きなスペースは不要である。

 弾に関してもアルミカンで補充を行うが、ただ、弾薬等は消耗品のため、基地の備蓄から使われていく。

 また、アルミカンはエネルギーを使うため、無傷に越したことはない。

 今回はあくまで爆発による脅しのため、無傷で済んだが、ただ、爆薬等の消費は痛い。

 何しろ、爆薬の材料の多くは自然資源であるため、行動範囲の限られた今の人類には貴重品。いろいろと代用品を地下という土地で生産は行っているが。

 アキラは窓から下の様子を眺める。少女達は集まって、何かしている。ただ、集まっているだけで動きがないため、アキラには何をしているのか分からない。

「今は何をしているのですか」

「戦闘後のデブリーフィングの最中ですね」

 ルリカはそう答える。動きがないのも無理がない、コアを介してネットワーク上で戦闘データを元に話し合っているからだ。そのため、データ上で話し合っている。

 そばにいるエンジニアもデバイスを介して、その話に参加している。また、情報もモニターとして宙に映し出されてはいるが、ここからでは見えにくく、内容までは把握することは困難であった。

 端から見れば、ただ集まっているだけで何をしているか分からない。

「さて、ここまでで何か質問はありますか」

 アキラは首を横に振る。

「我々もただ基地の機能を説明しましたが、その実態や日常というのはまだ経験不足ではあります。そんな我々に説明というのは、言葉通り、言葉足らずな箇所が多かったと思います。何かあれば、後でも良いので御質問ください」

 ルリカは淡々と説明をしていった。さて、アキラとルリカはこう接していた訳だが、実際にも淡々なモノで、特別どうこうということはなかった。

 確かにカレンの場合はバレバレであったが。

 ルリカにとって、アキラは自分の上司であり、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、指示に従い、それを支えるだけである。

 だから、それ以上もなければ、それ以下にもならない。淡々と進めるだけであった。

 そんなルリカだが、レモアに関しては日頃の行い、現時点でも多少読めない行動だけにこの後の案内に不安要素しかなかった。

「しかし、レモア。貴方が何を案内するのか、気になるのだけれど」

 だから、アキラを前にしても口に出して聞いた。

「ああ、そのこと。このフロアはまだでしょう。それに私の自室もまだだし」

 レモアは何のためらいもなく、そう答えた。


 PART『レモア』

『上は派手にやっているわね』

 レモアは静かで振動もない地下で、そんな通信を送った。誰かにこの通信を拾ってほしいと思い。

『どこにいるのですか』

 通信を返したのはカレンだった。もっとも、誰かとは言ったが、実際はカレンにのみの一方的な連絡であった。

『地獄の1丁目よ。2丁目はないけれどね』

 その言葉にカレンは何も言えなくなる。冗談でない、冗談だからだ。レモアは当然、冗談で言っている上で、本当のことも言っている。

 だから、余計に返答に困る。

『そういえば、頼みたいことがあるのだけれど』

 レモアはカレンに対して、お願い事を送った。


  * * *


 レモアは緩い格好をしている。Tシャツと緩いパンツという定番の組み合わせ。とはいえ、レモアのスタイルの良さから緩さはあまり感じにくい。

 また、髪もだらしなくしているが、くせのあるウェーブのせいで余計にボリュームを感じさせ、これもこれでありと思わせる髪型となっている。

 ルリカが部屋から出た後でも、ただ椅子に座っている。そして、ルリカが出てしばらくしてから、ようやく口を開いた。

「さて、案内の前に少し聞きたいことがあるのだけれど」

 レモアは前の2人とは違う出だしから始まった。

「貴方は何者なの。正直な話、私は貴方に多少は興味があるの」

 それに関しては他の少女達とは感じている思いとは違っている。

 何が好きとか、趣味とか、特技とか、そんなありきたりではない。

 レモアはアキラの存在が分からない。

 この基地の運営に携わる者として、もう少し歳の取った人物でも問題ないというか、それが普通な考えである。そんな非常識といってもいい存在の下に付く側には、それは大問題である。

 そもそも、背の高さすら大きく違っている。アキラは上目遣いでないとレモアの顔も覗けない。

 だが、そんなレモアもハヤミの前では子供の背丈である。

 ふと、レモアは日頃、背丈の差でアキラとハヤミがどうやって会話しているのか、疑問に思い、楽しい考えが芽生えてくる。

 そんな考えはひとまずとして、レモアは他の2人と違い、歳などの点で納得していない。それでも上司である以上、不要なまでに失礼なことはできない。

「所で、貴方はいくつなの」

 レモアは真顔にさせて聞く。いつもの緩んだ顔はない。一瞬、アキラは怖じ気づいた。

 だが、それでも次の瞬間には凜としてレモアに向き合う。それはハヤミから言われた、ファミネイとの接し方の1つであった。『決して、少女達に怯えるな』と。

「一応、10歳になります。それでも幼い頃のはっきりとした記憶がないのです」

 10歳という言葉に少しだけ、レモアは驚く。だが、自身と比べれば大した問題ではない。

「まあ、私はここに来て3か月、意識を持って3か月よ。ここでは先輩であっても、貴方は人生の先輩よ」

 これは人工生命体たるファミネイの所以である。必要な情報は作られた時点で備わっている。肉体も出来上がっている。

 長い時間をかけて育てる必要はない。生まれてすぐに人類の敵と戦えるのだ。

「記憶がはっきりしなくとも、数年の記憶はあるのでしょう」

 アキラは頷く。人類にとって物心が付くまでには時間がかかる。10年ぐらいでは幼い頃の記憶など、はっきりしないのも無理がない。

 だが、このレモアの認識は今、時点では大きな問題はなかったが、後々、大間違いであることを知ることになるのだが。それはまだ先の話ではある。

「間違いなく、私より年上よ」

 大体、ハヤミは数百年ぐらいというときを過ごしている、恐らくではあるが。

 ある意味、歳という基準は当てにならない。それと同じで外観だって、そうだ。レモアとカレンの身長差は年齢によるモノではないのだから。見かけと歳に大きな意味はないのかもしれない。

「まあ、いいわ。貴方も特別なのでしょうね」

 レモアはそう漏らした。それで心の中では少しは納得した。

 全く、理由がないわけではなさそうだと。

「そうだ、ルリカも忘れていたのか知らないけれど、格納庫の奥には医療施設と病室が用意されているわ」

 レモアは基地の方を指さして知らせる。確かに窓から見えるその先には、医療施設を示す看板が目立つように設置されていた。

「まあ、あの子はまだ行ったことがないから、忘れていたのかしら」

 レモアはそう漏らす。そして、そのことなどすぐに忘れて、次をどうしようかと考えた。

「とにかく、特別には特別な場所を案内しないとね」

 レモアは笑顔でそういった。それはそれで先ほどと違う感じで、アキラは恐ろしさを感じた。違った意味で、何を考えているか分からなかったからだ。


  * * *


 レモアに案内された場所はただの階段であった。

「ここはまず、誰も来ないわ」

 だが、ここは特別な階段。地上へ上がるための階段だ。

「一応、地上へ出る場所は格納庫だけではなく、階段も用意されている。ただし、出入りはできないようロックはかかっている。誰でも出入りができるのは緊急時のみ」

 レモアは確かに重要な箇所ではあるが、単なる階段にいろいろな情報を説明していく。

「そのため、誰も来ない」

 だが、その情報のまとめがこれである。つまりは誰も来ない場所の案内である。

「それでもたまにサボっている子がいるから、1人になりたいときは先客を確認しておかないと微妙な空気になるから注意ね」

 この情報が経験からの情報であるとすれば、レモアもまた経験した事実なのだろう。

 レモアには他の2人と違い、どこか影がある。

 明るく振る舞っているが、それがアキラには本心と思えなかった。カレンのようにどこか無理に着飾った感が見えてくる。

「とにかく、緊急時、地上に逃げるのに使えるから、覚えておく必要がある場所よ」

 ともあれ、情報としては大事なため、アキラはしっかりと心に書き付けた。

「ついでだからいっておくと、この基地はブロックモジュールという考え方で作られている。まあ、宇宙船と同じ理屈らしいわ」

 ブロックモジュールはユニット工法と呼ばれる、大昔の建造方法を発展したもの。

「エリア単位で1つのブロックモジュールで構築されており、たとえ、1つのエリアが壊れても、他のエリアには影響がなく、動力室から一時遮断されても、しばらくは機能できるだけのエネルギーなどをプールして持っているわ。そして、修理の際も他と分離できるため、いつでもできる」

 簡単に言い切ってしまえば、積み木と同じようなモノである。その積み木の1つ、1つに機能と独立性を持ち、連結して更に巨大な1つのモノとなる。

 また、修理の際は切り離して行えるため、全体に影響を与えない。

「まあ、この基地もブロックモジュールを付け足すと宇宙船になることができるらしいわ」

「すごい話ですね」

 アキラはそう感想を漏らす。

「でも、昔の当たり前だったそうよ」

 レモアはアキラの感想にそう答えた。

「ともあれ、地上への非常口は地下1階の特権よ。まあ、地下に潜れば、破壊されるリスクは一気に減るから、今の私達には地下に行く方が安全なのだけれどね」

 先ほどの戦闘時でも地下1階への移動が制限され、地下で安全を確認されるまで潜っていた。

 今の人類は完全に地上を捨てて生きている。

「さて、次に行きましょう」

 レモアはそんな考えすら、断ち切るかのように次へと案内を始めた。


  * * *


 さて、今度レモアが案内した場所は地下1階の植物プラント部分。

「カレンが説明した通り、プラントの入室は厳しいけれど、1ヶ所、出入りが自由な場所があるわ」

 そこは壁ではなく、透明な樹脂で囲われ中が見えるようになっている。

「ここは温室と呼ばれているわ。太陽光もこの地下で浴びられる数少ない場所よ」

 カレンの説明でもあったが、太陽光が入ってきているとはいえ、天井が地上と繋がっているわけではなく、わずかな開口から増幅して明かりと熱を確保している。

 地上から見ても、その開口はわかりにくくなっている。

 実際、敵からは基地の位置はバレているのだが、そこまで偽装する意味がないが、これも宇宙時代と地下初期に潜った際の名残といえる。

 温室はプラント内と同じで水耕栽培。土から育てることは地下という密閉された空間ではいろいろとリスクがあるため、安易には許可されていない。

 そのため、水の流れる音がこの温室内には常に聞こえている。

「意外に、ここで花を育てる子もいるらしいわ」

 実際に、今も温室内はいろいろな花が咲いている。

 自動でも管理もされているが、ファミネイ達のお小遣いで種や球根を買って、育てることも可能。出費のいる趣味ではあるが、育てる楽しみや咲いた花は自室に飾って楽しんだりする。

「それでも、ここもあまり人が来ない。一応、地下1階ということもあるけれどね」

 自動で管理されるため、種を植えれば、それで大概、枯らすことなく、花を咲かすことができる。水耕栽培は水やり、肥料やり、雑草取りのすべてが不要であるからだ。

 成長もネットワークから見ることもでき、ここまで来なくとも楽しめる。咲いたことも自動的に知らせてくれる。

 種を用意するだけではあるが、それで花を育てることができる。

 ただ、成長の内容はオープンなため、他の子であってもその過程を眺めることはできるのだが。

「こうして、ただ花を眺めるのは乙なモノよ。ついでに日中なら日光浴もできる。まあ、夜中は真っ暗だけれど」

 植物プラントは生育上、夜間も日の光に相当するモノが照明として使われるが、品種によってはそのまま夜の闇を使うこともある。

 また温室は省エネの観点から夜の闇に包まれる。

「案外、ここも気楽にいられる場所よ」

 レモアはそういって、しばらく黙り込んだ。

 その後もレモアは黙り込んで、アキラは話しかけようと思うが話題はない。だから、静寂に耐えきれず、アキラは温室の中で静かに花を観察して、その場を誤魔化した。

「ああ、そうだ。ただ、付き合っているだけでも疲れたでしょう。さて、食堂に戻って、一休みしましょう」

 黙り込んだかと思えば、今度はいきなりレモアは話しかけてきた。だが、その提案はアキラには素直に嬉しかった。

 ほとんど何もしていないとはいえ、立ち続け、歩き続けたから。


  * * *


 食堂へ戻る際、ファミネイとは別の生き物と遭遇した。

「珍しいわね、タマ次郎よ」

 そこにいたのは猫だが、その大きさは中型犬程度。とはいえ、これはねこです。

 アキラの知識、認識でも猫。その大きさに驚くことはない。ファミネイ達も驚くこともない。

 ただ、厳密にいえば地上に生きる猫とは違う。この猫は宇宙猫と呼ばれる種で、元はこの地上に生きる猫と同じ種であったが、とある事を機に独自の進化を経た。

「大抵、気ままにどこかの部屋に居座っているわ」

 習性は猫と同じである。

「そのため、この子には一般的な場所であれば自由に行き来できるマスターキーが与えられている」

 その権限はハヤミ、アキラも持っているが、他ではそんな権限は誰も持ってはいない。

 この猫は猫であるが故にその権限を持っている。と同時にそれだけの特殊な権力も持っているのだ。

「何より、この子は雄よ。ハヤミと貴方以外のね」

 基地にはハヤミとアキラを除けば、少女達、ファミネイしかいない訳ではない。

 この猫、タマ次郎を初めとする家族がこの基地を守るために配属されている。守るといっても、おまじない程度の話。そして、家族といったように雌雄のつがいがいる。ちなみに子供はまだいない。

 昔から、猫は船の守り神にされていたことに由来する。それは宇宙時代の宇宙船であっても、そのおまじないを信じられ、無重力空間での育った猫は重力の縛りがなくなり、肥大化というか巨大化した。

 それが宇宙猫の始まりである。

 本来の猫も都市には住んではいるが、船という意味が強い基地内では験を担ぎ、宇宙猫を飼うのが一般となっていた。

 ゆえに名誉職ながら猫としての習性にあった特権を持つ。

「あまり人の多い所には来ないから、食事のときも人の少ない時間を狙って食堂に現れるわ。出会えるとその日はラッキーとされるぐらい以外にレアキャラね。あと、英雄の末裔だそうよ」

「三毛猫の雄ですね。話は聞いたことがあります」

 これも宇宙時代に由来するエピソードある。タマ次郎の三毛猫で、先ほど言った通り、この基地で2番目の雄である。

 だが、三毛猫の雄は昔の話では奇跡的な存在で、今ではあることが起因で宇宙猫にとっては少しまれではあるが、ごく普通なことである。

 これは余談となるため、またいずれ。

「そして、私達も彼と時同じとする末裔らしいわ」

 そうファミネイの起源も宇宙時代にある。この基地だって、宇宙時代の技術、司令も宇宙時代を直に知る人物、飼われているペットも宇宙時代からの伝統で血筋、いまだ侵略する敵との遭遇も宇宙時代からの付き合い、そして、この基地を守る戦士達も宇宙時代から続いたこと。

 そんな中にアキラは来たのだ。自分の日常だった生活はその積み重ねとはいえ、旧時代から続く、侵略者とともに時が止まって戦い続けている。

 何げない説明であったが、詰まる所すべては宇宙時代に行き着く。

 アキラも説明していた少女達もそのことには気がついていない。だが、いつか、その事実を理解した時、今日の出来事をどう思うだろう。

「アキラ殿、お疲れと思い、飲み物を用意しています」

 カレンは待ちきれず、アキラの元へとやってきた。実際は、食堂付近で立ち止まっていることに不思議に思い様子を見に来たのであったが。

 これは自主的ではなく、レモアに言われて、飲み物を用意して待機していた。

「今、行くわよ」

 騒がしくなったのか、タマ次郎はその場を離れていく。

「さて、後はゆっくりとしましょう」

 そういってレモアは食堂に歩き出す。アキラもレモアに付いて歩いていく。

 カレンはよくよく考えると勤務以外でレモアと一緒に食事をしたことがなかった。出会ってわずか数か月の話だから、おかしな話ではないが、それでも同じチーム、同じ上司を持つ同士、日頃のこととてあまり知り得ていない。

 レモアからこの提案がなければ、こんな場はまだしばらくなかっただろう。

 カレンから見ても、レモアの行動はよく分かっていなかった。短時間であるが付き合ったアキラだって、レモアの心情は読み切れていなかった。

 どうであれカレンほど、分かりやすいモノであれば苦労はしないのだが。


  * * *


 さて、そんなのどかな午後は過ぎ去り、夕方に変わり、それが終われば日は変わっていくだろう。そんな平穏がいつまで続くは、この時代ではとても、とても貴重なこと。

 少女達はそれを知っても知らずとも日々を楽しく生きる。

 平穏さと無縁な混沌が来るときまで…


 エピローグ

 司令室にいるハヤミはただ、黙って座っているだけだった。

 別にすることがないのだが、バカピックがいる以上、この場を離れるわけに行かない。とはいえ、その時間もわずかな間であったが。

「ワニザメは逃げていきます」

 多くの砲撃によって、ワニザメは退散させた。砲撃に使う爆薬は意外に作るのは面倒で、消費は避けたかったが、そうはならなかった。

 結構、派手に使い、基地近くの一部をでこぼこに変えていた。

「そうか」

 ハヤミは取りあえず、安堵してみせる。基地の周りに人類の敵がいることは気持ちの良いことではないからだ。

 ただ、ワニザメの出現はそれ以上に別の意味を持っている。

「ひとまず、戦闘態勢を解除。引き続き、第2種防衛態勢に移行する」

 バカピックの侵攻はいつ、いかなるときにも起きる。そして、ワープによって進軍してくるため、距離も関係がない。

 つまり、常に防衛態勢を取られている。この態勢は日常である。

 だが、防衛態勢にはもう1つの段階ある。それが第2種である。これは近く戦闘のあることが明確となった場合に出される。

「各員に通達せよ」

 ワニザメは偵察のため、基地近くをうろつく。それはこの後に起きる戦闘のために。これは経験則からほぼ確定の出来事である。

 第2種は常時、臨戦状態での防衛態勢となる。それでも何か大きく変わるわけではない、いつでも出撃できるようにいつも以上に気を張るだけ。

「いいのですが」

 シノが尋ねてくる。

「何がだ」

 ハヤミの対応に、シノはため息交じりで返答する。

「私の意図をご存じで、そのようなことを言っているのですか」

「あえて、優しくしても仕方がないだろう」

 ハヤミも意図は分かってはいるが、それが何か周囲に分からないように語る。特に周りにそうする意味はないが。

「そうですが……しかし、加減というのもあると思いますが」

「その加減を敵がしてくれるのなら、まだ考える」

 話を聞いていれば、バカピックに対する内容にも思えてくる。

「それは言われると、否定はできませんね」

「リスクも必要だ。それに死ななければ、フォローができる」

 周りはそんなハヤミとシノの会話にあまり気にしていない。これも日常だからだ。

「大事なのは、それを感じられるだけの情報を得ておくことだ」

「その結果がどのように働くかは、本人次第でしょうね。それは私達のフォローすべきことと」

「まあ、俺では繊細にできないから、俺の仕事ではないと理解してくれ」

「そう言うと思っていましたが……」

 シノは先ほどとは違うため息をこぼす。

「アキラ殿もきっちりと説明してくれる上司なら、苦労も少ないでしょうに」

「だから、そんな繊細さは俺に期待するな」

「ひとまず、私も事前にフォローしておきます。この第2種防衛態勢は皆が感じているほど、のんきなモノではありませんので」

「その点は頼む。ベテラン勢は分かっていても、そこまでフォローはできまい」

「それにアキラ殿や例の3人にはつらく、きついことになるでしょうね。先ほども話した通り、事前に交流を深めない方が親心だったかもしれませんね」

 ハヤミとシノが先ほどからしていた会話はアキラらのことだった。

「優しいだけでも仕方がないだろう。厳しくしておかないと、それも親心だ」

「その判断の結果はすぐに分かることなので、これ以上は何も言いません。ただ、しっかり考えてください。これから忙しくなりますので」

 ハヤミはその言葉に黙り込んでしまう。そして、ただ短く「ああ、そうだな」とつぶやくだけであった。

 確定された大きな戦いが目の前に迫っているのだが、どこかいつもと変わらない光景はここでも繰り返されていた。

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