第14話 プレイヤーたちの宴

「もう一度あの突破口へ突撃だ、諸君。もう一度」

 ―――シェイクスピア「ヘンリー五世」第三幕第一場



 浮揚感を覚えたと言えば、嘘になるだろうか。

 <畝傍>がFB艦隊上方へと艦首を巡らせて推進剤投入を図ったとき、私はそんな錯覚に襲われたのだ。

 実際には戦闘時といえども一G制御が図られている二七世紀の宇宙艦艇では、体が浮き上がってしまうようなことはない。変針はおろか、例え宙返りをやってみせたとしても。

 だが艦橋のドーム型スクリーンへと、僚艦たちを引き離して三次元機動を実施する光景が広がるような場合、確かにそのような錯覚を覚える。

 二一世紀の「原始人」に染みついた平衡感覚が、二七世紀の宇宙空間へのささやかな抵抗をやっている―――そんなところだ。

 私は、革張りの艦長席が一種のシェル型になっていて、しかも着席者の体格に基づいて自動的に形状変化する機能を備えており、背、両脇、腿の外側からしっかりとホールドしてくれる高機能のものを選んだことに、感謝した。

 ジギーが<畝傍>にこんな機動をやらせたのには、むろん理由がある。

 救命ポッドを使用するとき、プレイヤーたちは戦闘の行われている宙域の上方か下方、もしくは左右どちらかの舷の側に離脱する傾向にある。少なくとも、いつまでもその場に漂い続けたりはしない。

 ポッドは艦艇装甲の中核部分であり、対塵用とはいえ防禦力場も備えていて、下手をすると駆逐艦の外郭などより余程頑丈だ。だが流れ弾を浴びないに越したことはない。

 ルイの奴のポッドは上方に向けて離脱していた。

 条約通り、高視認性表示に加えて舷灯や航行灯を煌めかせているから、センサー上の観測はおろか視認さえ容易だった。

「距離は?」

「直線で約〇・八μau」

 二七世紀の宇宙艦艇にとって、お遊びのように近い場所だ。

 だが、問題はそこにはない。

 救命ポッドは攻撃対象外だが、救助中の艦艇への配慮は明文化されていないということだ。あくまで両陣営プレイヤー間で通用している「暗黙の了解」に過ぎない。

 警戒部隊をやられ、船団を葬られた敵に、こちらを狙わないほどの配慮を求められるかどうか―――

「ジギー、敵艦隊の動きはどうだ?」

「FBと相対中。こちらに向かってくる艦艇は無し」

「そうか・・・」

 私は少しばかり安堵した。

 FB艦隊を追うのに必死なら、まだ―――

「きっと、FB二一スタロスヴィツカが後退中止を発令したから、ね」

「・・・なんだぁ、おい?」



「<畝傍>による救助成功まで、この場に留まります!」

 巡洋艦<畝傍>が救命ポッドの回収に向かったことはともかく、艦隊指揮権を継承したタティアナ・・シェフチェンコ艦長の「後退中止命令」は、周囲を驚かせた。

 ルイ・デュヴァルが自艦を犠牲にしてまで成し遂げようとした撤退成功を、明らかに裏切るものであったからだ。

 ただ―――

 驚かせはしたが、同時に各艦長を熱狂させたのもまた事実だ。

 語弊のある表現になるが、これは朝比奈雅人の行動を原因とする。

 皆が皆、「アテられて」いたのだ。「美味い店を教えてくれた恩がある」などという、実にエスプリに溢れた言い草を気に入り、快哉を叫んだ者までいた。

 このとき既に陣形修正を終え、元は<デヴァスタシオン>のいた位置に陣取っていた巡洋艦<スタロスヴィツカ>のシェフチェンコ艦長は、己の艦の電算機とPAIのレーシャをフル稼働させ、矢継ぎ早に指示を下した。

 それは、TURMSの通信システムと、各艦の自動翻訳機を介してさえ、決して上品とは言えない表現から始まった。

「あんたたち、金玉はついてるわね?」

 これに刹那のあいだ目を丸くし、ついで破顔一笑したのは、戦艦<キアサージ>のラリー・オブライエンだ。

「・・・ああ、ついてるよ。大きなのがな」

「それは重畳。<キアサージ>と<サーベラス>は本艦とともに残留。<オベロン>は損傷駆逐艦とともに後退を続行」

「なんだぁおい、仲間外れか!?」

「貴方の艦は損傷しているでしょうが」

「畜生・・・! いまに見ていろ、もっと大きな艦に乗り換えたら―――」

「そういうのはいいから」

「こちら駆逐艦<マラシュティ>。俺たちは残っていいのか?」

「<パトナム>、随行できないのが残念だ・・・」

「<咸陽>、魚雷が二発だけ残っている」

「<スパルヴィエロ>、面白そうなことになっているな?」

「はいはい。わざわざ名誉の狭き門に殺到したがる馬鹿はついてきなさい」

「そうこなくちゃ。デイヴの奴も、<畝傍>に恩を返したいと言っている」

「結構!」

 そうしてタティアナは、更に周囲が驚くような指示を下した。

 ただ後退を中止するだけではない。

 戦術処理システムとTURMSを介し、各艦に推進剤投入に依る前進準備を始めさせたのだ。

 ―――無謀極まりない。

 殆どの者が、一時の熱狂に冷水を浴びせかけられたように顔を引きつらせた。

「レーシャ―――」

 だがタティアナ・シェフチェンコは、ただ無謀であったわけではない。

 彼女には確信があった。

「敵の迎撃は、臨機な任務と見て間違いないわね?」

「はい。既に船団は到着済みだったこと、それに魚雷の弾数が少なかった点からも推測できます」

「ふむ?」

「中堅どころの船団護衛隊が、俄な我らの襲撃をみて慌てて投入されたものかと。恐らく依頼は5-3基地か、船団といったところでしょう」

「すると、彼らにとって殆ど旨味はない?」

「そうですね―――」

 レーシャはちょっと小首を傾げた。

「ザっとした試算になりますが。戦没艦も出していますし。船団は壊滅状態で、報奨金どころか己たちの保険金のほうが心配な状態ですね」

 つまり、だ。

 彼らにしてみれば、船団護衛任務の契約金は既に受け取れる条件を達成しているにもかかわらず、「余計な任務」だ。おまけに刻一刻を増すごとに、危険度は跳ね上がっている。

 追撃を続ければ、こちらのTB艦隊が駆け付ける心配もしているから―――そんなところだろう。

 総じてみれば、彼らにはこれ以上追撃を続ける理由がない―――

「しかし、タティアナ。これらはあくまで推測です。希望的観測といってもいい。再演算結果でも、決して勝率は高くありません」

「勝率なんて糞くらえ」

「これが“余計な任務”なのは我らにとっても同じことです。そんな計算をやる艦長もいるかも」

「あら、それは心配ないわよ―――」

 タティアナ・シェフチェンコは、実に魅力的な笑い声を立てた。

「我が艦隊は、大馬鹿揃いだもの。私も含めて」



「なんて奴らだ」

 私はくすくすと笑った。

 FB艦隊一部が後退を止め、更には緩やかに前進を開始するに及び、敵艦隊が艦首スラスターを使って停止した光景を目撃したのだ。

 艦は既に少規模な推進剤投入により、加速していた。ルイの脱出ポッドを目指している。

 こちらには一発も飛んでこない―――

 笑顔が消え、眉を寄せてしまったのは、敵艦隊の後方から一隻の駆逐艦が離脱する光景を目撃したからだ。

 浮き上がるように。つまり、<デヴァスタシオン>の脱出ポッドに近づくような機動である。

 ―――何をする気だ?

 ポッドへの攻撃は、条約の厳重な禁止事項だ。戦争に際限がつかなくなり、明日は我が身の地獄絵図に変ってしまうことをプレイヤーなら誰しもが知っている。だから意図的に守らなかった例は寡聞にして耳にしたことがない。

 だとすれば、<畝傍>への攻撃を企図した機動だろうか。

 それにしては単艦というのが妙だが―――

 <連邦>側プレイヤーには何とも不格好にも思える、そして日系プレイヤーには何処か食欲を喚起させる、魚類に似たマッカレル級駆逐艦は、唖然とさせる行動を取った。

 魚でいえば左側線のやや下部、尻鰭に近い腹の辺りから、ルイの脱出ポッドへ向けて何かを分離したのだ。

 その四角い形状には、既視感がある。

 これは。

 宇宙統一規格のコンテナだ。

 所謂「軍艦」に属する艦も、切り離し可能なモジュール構造物の一部として保管庫などに利用しているから、積載していても何ら不思議ではないが。

 いったい、どうして?

 唖然としているうちに、全長六〇フィートのコンテナは、ルイのポッドが作り出す対塵用防禦力場に弾かれ、破裂し、盛大に中身をぶちまけた。

 それは艦橋スクリーンの拡大投影を通してさえ、酷く小さな代物だった。

 なんだこりゃ?

 これは―――

「・・・ジャガイモ? ジャガイモなのか」

「どうも食糧保管庫ね―――」

 ジギーが呆れたように分析を口にする。

「船団護衛任務中、小銭稼ぎに食糧輸送任務を請け負っていたのか。あるいは自艦用のものかまでは分からないけれど」

「一種の嫌がらせか?」

「まあ、そんなところでしょう。ジャガイモを脱出ポッドに投げつける行為が、条約上の“攻撃”に当たるかどうかは、かなり怪しいもの」

 私には何故か笑いの衝動がこみ上げてきた。

 食べ物を粗末にする事そのものには全く同意できないが、敵プレイヤーにしてみれば精一杯の当てこすり、嫌味、妨害だ。

 これ以上の敵対行為を続けるつもりは無いことは、急速に艦列へと戻っていく様子からも理解できた。

 どうやら敵艦隊そのものの戦意も、ほぼ失われかけているらしい。

 私は同情した。これから彼らはきっと、寝る間もないほどに忙しくなるに違いない。警備部隊に、四〇隻からいた船団、自隊の損傷艦。脱出ポッドを使用した連中の、救助作業が始まるに違いないからだ。

 三日かかるか、四日かかるか。

 コンテナの一つも投げつけたくなるというものだろう。

 だが―――

 笑ってばかりもいられなかった。

 脱出ポッドの防禦力場発動が、妙な具合に働いてしまったのか。あるいは事態を飲み込めず、スラスターの噴射でも行ったのか。あるいはその両方で、スラスターに不具合でもあったのか。

 ルイのポッドは、弱ったことに回転運動を始めてしまったのだ。

「回転速度は?」

「四八RPM」

 一分間に四八回転しているということだ。

 なんてこった。立派な宇宙空間事故クラスだ。

「ジギー・・・ ドッキング可能かい?」

「いま再演算中。重力ホーサーを投射して、左舷側ハッチでどうにか・・・」

「任せるよ」

 任せるしかない。

 私には何も出来ない。

 だがきっとジギーなら、最適航路を演算し、曳索を変幻自在なワイヤーのように操り、スラスターと重力制御装置で<畝傍>を動かし、全てをしてのけてくれるだろう。

 ―――仕掛けて仕損じ無し。

 見事な仕事人ぶり。まるで神業。期待を裏切られたことは、一度も無い。



 ルイ・デュヴァルは、意外にも元気だった。

 左舷側のボーディングデッキに接舷し、迎えたとき、腕を少し痛めていたらしく、彼のPAIのマルトに支えられてはいたが。

 もう医療用の自律ロボットは呼び寄せてあったし、烹炊室自動調理システムの「ライバック」には、簡単に摘めるコンビーフサンドとコーヒーを用意させておいた。

 ―――コンビーフサンド。

 これも所詮は格好だけスタイルに過ぎないなと、自嘲気味の気分になる。

 英国海軍の連中がこの料理を愛したのは、味や気取った理由に依るものではない。やむに已まれぬ事情があったからだ。

 パンは、パン焼き室で前日に焼き上げておくことが可能だったこと。

 船団護衛中には毎朝繰り返される黎明配置に総員が駆り出されたとき、食肉係だけは例外だった―――つまり、少人数でも缶詰のコンビーフだけは準備できたこと。

 北海や北大西洋の波間に激しく揺れる艦内では、片手で食事を摂れたこと。

 だから英国海軍流のコンビーフサンドは、ホットサンドになってもいなければ、二一世紀の欧米で主流になっている、大変美味な塩漬けの生コンビーフでもない。当時としては精一杯の、缶詰のコンビーフだ。

 おまけに<畝傍>のそれは、私の好みに合わせ、辛子マヨネーズと玉葱を加えてある。スタイルだけの真似っこに、趣味嗜好をごり押ししたものだ。

 だがルイの奴は、

「・・・ありがたい」

 心底からの態で、感謝してくれた。決して「同じサンドウィッチなら、ルーベンサンドやクロックムッシュはないのかい?」などとは、口にしなかったのだ。

 私には、それだけで十分だった。

 艦橋に案内したころには、ジギーが艦内アナウンスで、敵艦隊が撤退を始めたという報を齎してくれた。

 タティアナ・シェフチェンコ艦長の決断と、これに従ったFB艦隊の面々のお祭り騒ぎが、好結果を呼んだらしい。

 艦橋に脚を踏み入れつつ、

「本当に助かった、なんと御礼を言えばいいか・・・」

 改めて礼を述べようとしたルイの奴は、刹那、目撃した光景に茫然とした。

 心底驚ききった、信じられないといった顔で、いつも私がしているよ・・・・・・・・・・うに・・、ドーム天井式の艦橋内の、右舷側と左舷側を交互に眺めやる。

 彼のPAIのマルトも、同様だった。

 あー・・・ まあ驚くよな。

 有り得ないことだもの。少なくとも私が知る限り、ウチ以外の前例、他例は存在しない。

 彼らの視線の先には―――

 髪を結んだジギー・・・・・・・・と、結んでいないジギー・・・・・・・・・がいた。

「そうか。そういうことだったのか・・・ ジギーは・・・ マサトのPAIは・・・・・・・・二人いる・・・・んだな!」

 ルイの奴が、ようやく捻りだすように、喘ぐように告げた。

「それが・・・ それが<畝傍>の並外れた演算速度や処理能力の理由か・・・」

「ああ」

 私は頷いた。

 <畝傍>は、二四時間三六五日、そんな真似がやれる。二人いるジギーを使って、並列演算というより、並行演算をやっている。

 大抵の場合、髪を結んでいないジギーが“副長”役で、結んだジギーが“砲術長”役を務めていることが多く、その効果は改めて述べるまでもない。

「よく混乱しないな・・・」

「ううん、その点は否定しないな」

 彼女たちのほうでも、たまに髪を解いたり結び直したり、左舷側の副長席と右舷側の砲術長席を入れ替わったりして、悪戯をしかけてくることもあるからだ。

 だが、それでも私には何となく見分けがつく。

「艦隊の連中には喋っても構わないが。こいつは、一応は本艦の秘密だよ」

「ああ・・・ ああ・・・ わかった」

 何故こんなことになっているのか、事情まで説明している暇はなかった。艦は既に急速な後退運動に入っていたから席につかねばならず、そんな時間はなかったし、いずれ語る日も来るだろう。

「雅人」

 髪を結んでいないジギーが告げた。

 出迎えるような機動を取っている巡洋艦<スタロスヴィツカ>から―――というより、TURMSを通じて残存全艦から通信が入っているという。

 面白がるような、それを隠しきれていないような顔をしている。

「どうした?」

「出来れば、艦橋スピーカーに流したいのだけれど」

「うん? ああ、構わないが・・・」

 ドーム型の艦橋内に流れてきたのは、勇壮極まる行進曲だった。

 曲調に、紛れもない既知がある。

 これは。この曲は―――

 各艦長たちが歌詞を口ずさんでもいるようでもあった。

 用意することの出来た音源の関係だろうが、原曲そのものではなく、欧州のとある国で作られた編曲版である。

 FB艦隊がそんな行動を取った理由は、すぐに理解できた。

 ―――捧げ歌だ。

 艦隊で一番の戦果を挙げた奴に贈ったり、誰かが生還できたときなどにやる。

 むろん、曲は相手に由来するものを選ぶ。

 プレイヤー間の流儀のような行為だ。

「なんて・・・ なんて奴らだ」

 私は全く不機嫌そうに呟いた。

 こいつは駄目だ。

 私には相応しくない。

 この曲を使っていいのは、捧げられるに相応しいのは、本物の艦乗りだけだ。

 馬鹿げている。

 いつの間にか背後の予備席で歌唱を始めているルイの奴や、PAIのマルトなど言語道断だ。

 二人もジギーもだ。やめろ、なんだその顔は。

 だが私は諦めることにした。

 降参だ。こんなもの、抗えるか。

「ジギー。この曲を知っているか?」

「もちろん」

 私はさも面白くないように頷き、告げた。

 ちょうど二番の歌詞が始まるところだった。

「では、歌ってくれ。今後も彼らと行動を供にしたいのであれば。私も付き合う」


 いわきの煙は わだつみの

 龍かとばかり靡くなり

 弾丸撃つ響は雷の

 声かとばかりどよむなり

 万里の波濤を乗り越えて

 みくにの光 輝かせ



(続)

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Starship Gamers ~宇宙巡洋艦「畝傍」~ 樽見 京一郎 @kulasanM

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