第9話 前哨戦

「兵士たちが槍を投擲して戦う場合、まず左足を一歩踏み出さねばならない」

 ―――フラウィウス・ウェゲティウス・レナトゥス



 ルイ・デュバルは、パルティア5-3泊地への突入を選んだ。

 眼前の獲物に目が眩んだわけではない。

 巡洋艦<畝傍>―――朝比奈雅人から不可視域レーザー通信で送られてきた指摘を待つまでもなく、ルイの優秀なPAIであるマルトと、乗艦<デヴァスタシオン>の艦載電算機もまた「何かがおかしい」可能性を告げていたからだ。

 彼は―――というより、艦載電算機の戦術処理システムとPAIのマルトは、ルイへ「選択肢」を掲示し、その理由まで余すところなく説明したのだ。

 ―――事前予想を上回る敵艦艇の存在。

 突入すれば、予想外の敵勢力と接触する可能性がある。

 ただし、現在偵知可能な範囲に別脅威出現の兆候はない。

 また、事前予想を上回る戦果が挙がることも事実である。

 修正値を代入した勝率は七三パーセント。

 ―――では、突入しなかった場合はどうか。

 多大な在泊敵船舶の存在は、5-3<同盟>拠点における今後の急速な回復を意味する。駆逐できなければ、パルティア星系からの<同盟>勢力一掃という作戦目的は果たせない。

 そして今後は、敵も充分な警戒兵力を配するであろう。誘引戦法も、容易に通用することは無いだろう。

 つまり、作戦は再実施困難。

 勝率どころの騒ぎではなかった。作戦「失敗」。戦略的な敗北を意味する。

「・・・突っ込もう」

 ルイは決断した。

 故なきことではなかった。

 直接視認可能な位置、〇・六μau約九万キロにいた警戒隊らしき敵艦隊は、まだまともな「破城槌」も組めていなかった。

 動揺の気配がある。

 各艦後進を掛けつつ、陣形形成運動を始めていた。

 つまり、FB艦隊の接近に気づいたのはなのだ。こちらを誘い込む罠なのかとも疑えたが、実際に受け持つには相当な覚悟の必要な行為である。

 あちらも「プレイヤー」だ。

 かなりの大金を積まれなければやれない。

 待ち伏せの可能性は低い―――

「ただし、一航過だ。まず警戒隊を片付け、次に泊地をやる」

 おそらく、四〇隻もいる商船の全てを屠るのは難しいだろう。

 だが、

「例え撃ち漏らしを出したとしても、さっと一撃で引き揚げる」



 FB艦隊は、5-3の裏側へ回り込む機動を続けつつ、急速に突入準備を整えた。

 戦艦で六機、巡洋艦で三機から四機、駆逐艦で最大二機といった具合に艦載機を発進させ、艦隊周囲に配置。

 雷装したSF7パフィンを「破城槌」陣形の一部に組み込んで、飽和雷撃戦の態勢を整えた。

 光子魚雷を用いた飽和雷撃戦は、統制された攻撃法でもある。

 つまりFB艦隊の場合、戦艦<デヴァスタシオン>が管制し、ルイのPAIであるマルト、艦載電算機、TURMSを介して行う。

 レーザー通信波が短く飛び交い、戦艦<デヴァスタシン>と<キアサージ>を先頭に押し立てた艦隊は、同時に艦首軸線を敵警戒隊へ向ける微調整を実施した。

ひょぉワォ!」

 巡洋艦<オベロン>の艦橋では、ジェームズ・スタンリー艦長が驚嘆の声をあげていた。

 濃いダーク・ブラウンの髪をかき上げて制帽を被り直し、どこか愛嬌のある太い眉の片側をあげ、破顔しかかっている。

 彼の視線の先にあったのは、手元のホロビューに浮かび上がった<デヴァスタシオン>からの射撃指示内容だった。

 ルイの奴は、敵警戒隊に対して全艦全弾発射による本物の飽和攻撃を叩きつけるつもりらしい。

 FB艦隊は、戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦六。これに偵察任務従事中の五機を除く三六機の艦載機がいるから―――

 一度の飽和雷撃戦で発射可能な光子魚雷の総数は、約二六〇発だ。

 艦載機の全てが魚雷を架装していればもう一六発ばかりは多くなるのだが、八機ほどは艦隊周囲の戦闘空中哨戒CAP任務を割り振られて、艦隊周囲の防禦に就いていた。

 PAIたちと艦載電算機、TURMSに依る連携を使えば「最大発射可能数のうち何発を振り分け、どの目標に差し向ける」といった設定は容易であるから、艦載機搭載分五六発は対船団用にとっておく。

 それでも、約二〇〇発を撃つことになる。

「果敢すぎるだろう」

 スタンリーは、ついには吹き出した。

 <連邦>プレイヤーたちに共有されている戦術教範の第一章に依れば、「宇宙艦艇における火力戦の要訣は、周到な準備の下、ありとあらゆる手段を投入して早期に敵情を把握し、戦闘開始後は脅威目標に対し、迅速かつ果敢な攻撃を行い、これを撃破すること」とある。

 だが、僅か一四隻の警戒隊に叩きつける火力としては、「果敢」に過ぎると思われた。

 ルイの奴は、何としても一撃で警戒隊を葬り去るつもりなのだ。

「あいつ、意外と戦闘狂ウォーモンガーだからな・・・ パック!」

「はい、艦長」

「こいつは、一体どれだけ魚雷を使うやら。戻ったら大きな商いになるぞ!」

「戻れましたら、ね」

 同じころ―――

 巡洋艦<スタロスヴィツカ>では、タティアナ・シェフチェンコ艦長が、高揚と不満とが混淆した、複雑な表情をしていた。

「シェツカ?」

 彼女のPAIであるレーシャは、琥珀のような瞳に主を案ずる色を浮かべる。

「・・・果敢な攻撃、大いに結構」

 タティアナは応えた。

「でもね。どうせなら艦載機分も全弾発射してしまえばいいのよ」

「・・・それでは、船団を攻撃する際、次発装填可能な各艦はともかく、撃ち尽くしたパフィンたちは使い物にならなくなりますが」

「はん。簡単なこと。船団にはパフィンそのものを、ぶつけてしまえばいい」

 ルイは甘いと言いたげなタティアナに、レーシャは唖然とする。

 ―――だが、確かにそうかもしれない。

 飽和攻撃とは、要するに相手の対応能力以上の光子魚雷を投じる戦法に他ならない。ならば、数は多いほうが良いに決まっている。

 必勝を期すならば、タティアナの発想は左程無茶とも言えないようにレーシャにも思えた。

 ―――ただし。

 これが論理的な思考の末の賛同なのか、主の何もかもを肯定するように作り上げられたPAIの宿痾なのかは、彼女にも判断が付きかねた。

 ともかくも。

「水雷戦用意」

「水雷戦用意、了解」

 タティアナが命じ、レーシャは頷く。

 ストロンバーグ商会のような艦隊戦専門の連中ならともかく、根幹的にはプレイヤー一人一人の集まりに過ぎないギブソン・アンド・バーナッチ商会艦隊にとって、半強制的に艦載機を消耗させる戦術など採りようがない。

 彼女たちもそれは理解しているのだ。

 レーシャは、己とリンクした戦闘管制システムから急速に射撃準備を整えた。

 それはPAIと艦とが一体化した作業だ。

 出港直後に、PAIとしての当然の「嗜み」として、射撃指揮装置やランチャー、砲などの整合、調整及び作動試験などは済ませてある。

 保全及び保安状態になったそれら機器に「火を入れる」わけだ。

 レーシャは恍惚とし、高揚し、愉悦さえ感じた。頬は溶けださんばかりになっている。

 PAIにとって主の役に立てることは、何よりの喜びなのだ。



「モーレイ級巡洋艦六、ボニート級巡洋艦二、マッカレル級駆逐艦六・・・」

 <同盟>艦艇のシルエットは、何処か魚類や水生哺乳類を思わせる。

 艦隊から見て上下方向への差はほぼ無し。方角にして左一二〇度から一一七度の方角に、小さな「破城槌」陣形を形成して、後進をかけている。

 光子魚雷発射の直前、私は艦内時計を確認した。

 艦隊は、標準時一六五〇に戦艦<デヴァスタシオン>がTURMSを通じて発した「全軍突撃せよ」の信号のもと、突入開始。

 戦艦二隻を先頭に立て、この左右上下に六隻の巡洋艦群が仮想の六芒星を描き、更にこの後ろに駆逐艦が続く格好でパルティア5-3の裏側へ―――所謂「明暗境界線トワイライト・ゾーン」を超えた。

 既にこの時点で、敵味方識別装置IFF/SIFは偵察機たちからの情報と直接観測に依って、敵艦隊の存在を確かめ、敵警戒隊を明確な「脅威目標」として類別していた。艦橋の壁面ディスプレイに表示された映像でいえば、赤く細い線で一二隻の敵艦隊を縁取り、視覚的な識別も容易にしている。

 我が愛しのジギーは、急速に水雷射撃戦を整えた。

発射機装填ランチャー・ロード・・・応急エマージェンシー射法ファイアリング・・・諸元入力・・・武器指向盤及び管制盤作動よし」

 このようなときは何処か教師にも似た、厳格で明瞭な発音が耳朶に心地よい。

 弱ったことに、私のほうにはやれることがまるで存在しない。

 既に艦長として戦闘準備、水雷戦許可を発してあったので―――

 発射命令はTURMSを通じて、<デヴァスタシオン>から届く。ジギーはそれを受け次第、直ちに発射に移ることになる。

 ―――まったく、「ヒモのような暮らし」だ。

 何もやることがない。

「トラックナンバー01から12、エンゲージ・オーダー。発射用意よし」

 光子魚雷戦の交戦圏に入ったのは、直線距離にして約〇・一七μau。つまりおおよそ二万五〇〇〇キロメートルだ。

 標準時一六五八。

「攻撃始め!」

 これは私でもジギーでもない。<デヴァスタシオン>から、不可視域レーザー光線通信で届けられた攻撃開始命令だ。合成音声とディスプレイの情報表示に変換されて届く。

「発射始め」

 発射の瞬間まで、ジギーは冷静だった。弾着予定時刻何時何分といった報告も欠かさない。

 艦の、後ろのほうから鈍い振動が起こる。幾重にも重なっていた。

 後甲板上部の、瘤のようになった区画の左右両舷にあるランチャーから、合計六本の光子魚雷が飛び出した瞬間だった。

 シュワルツコフ社製の、石英柱のような形状をした光子魚雷は、尾部の推進ノズルを盛大に煌めかせながら、まず左右両舷方向に向かって飛び、ただちに定められた方向へ―――この場合は左一二〇度へ向かって飛翔する。

 あとはただただ、一直線だ。

 光子魚雷は自律機能もあれば、艦から誘導することも出来るが、大抵の交戦の場合、目標の想定未来位置に対して直進させる。

 慣性誘導装置に加え、自艦からの指令誘導をやり、セミアクティブ誘導で導いてやって、さらには魚雷そのものに備わったパッシブ、アクティブまで使用するが―――ほぼ間違いなく互いに通信妨害を図るし、センサー類を失探させるため囮の物体を展開するからだ。

 ルイの奴は、偵察役のストロベリー3―――つまり巡洋艦<スタロフヴィツカ>のパフィンからも目標指示装置を使って補正させていた。とくに驚くようなことでもない。セオリー通りである。

 ここまでやって、ほぼ直進させるしか効果がないと思われているのが、二七世紀の宇宙戦闘における「水雷戦」だ。

 まるで大昔の海上戦闘である。

 だが―――

 艦隊合計、約二〇〇発。

 それは凶悪かつ狂暴、破壊の申し子たちの奔流だ。

 おそらく、巡洋艦以上の主砲の射程圏内に入るまでもなく、ケリがつく。

「トラックナンバー〇一から一二、魚雷発射。約一二〇発」

 おうおう。敵も魚雷を撃ち返してきた。

 大した驚きはない。

 強がりでもない。

 <連邦>側が使用している光子魚雷と、<同盟>側で主流になっている物には、性能の違いが殆どないからだ。大抵の場合、撃ち合いクロス・カウンターになる。

 旗艦からの信号は、「我に続行、対水雷射撃は各艦に委ねる」。

 いい加減なようだが、ルイにしてみれば致し方のないところだ。G&B商会は、脳筋の連中のように艦の性能を揃えてなどいない。

 各艦の火力がバラバラである以上、個別の目標識別、管制、射撃に委ねたほうがやりやすい場合のほうが多いのだろう。

「ジギー、対水雷射撃始め」

「了解。左舷副砲群及び、近接防禦システム。撃ち方始め」

「よろしい」

「なお、電子機器防禦は実施ずみ」

「うん」

 我が<畝傍>は、ちょっと忙しいことになった。

 位置取り的に、艦隊の左側面方向にいたからだ。<デヴァスタシオン>や<キアサージ>、<畝傍>と同じ立場にあった巡洋艦<スタロフヴィツカ>、<サーベラス>、<オベロン>たちと発砲を始める。駆逐艦の<マラシュティ>、<スパロヴィエロ>、<ロックハンプトン>はあとから続く格好になった。

 まず一〇・五センチのレールガン式副砲群のうち、左舷側に指向できた一四門が対水雷用の炸裂弾を装填し、撃ち始めた。

 次に、三七ミリのパルスレーザーガンを何本も束ねた砲身を指向させた、近接防禦システムが稼働する。こちらは合計六基あり、本来なら船体各所に格納されているのだが、戦闘用意を発令して以来、とっくにその姿を現していた。

 <畝傍>の場合、ソクラテス社製のゴールテンダーという製品だ。性能もよく、信頼性もある。この辺りの装備になると、各艦で異なる。

 やはり二隻の戦艦たちの火力が大きい。

 並の駆逐艦なら主砲級も果たせるような副砲群を積んでいるのだから、当然といえた。

 それでも正直なところ、ヒヤリとした。

 近接防禦システムが働くということは―――

 それほど敵魚雷群に接近されたということだ。

 艦隊周囲のパフィンのうち何機かは、尾部のチャフフレアランチャーから囮になる物質も放出している。

 水雷の直進軸を回避するように、TURMS連携による回避運動を行っていなければ、結果は怪しかったかもしれない。

 ちょうどそのころ―――

弾着インパクト四〇秒前・・・ 弾着、今マーク・インパクト!」

 左舷方向で、無数の閃光が煌めいた。

 光芒はオレンジ色に近い、白色。

 敵警戒隊の回避運動にも食い下がり、対水雷射撃も搔い潜った一八〇発近い光子魚雷がほぼ一斉に炸裂した瞬間だ。

 一発当たり、核出力換算で一・五メガトン。

 仮に地上で使用したならば、歴史書に刻み込まれるレベルで悪名を残しかねない代物なのだが、しかし、意外なことに爆発の終息は呆気なく訪れる。

 無酸素の宇宙空間における爆発は、一瞬で収まってしまうからだ。

 私は直接視認ではなく、データ上の解析と、補助的な視覚補正を加えた、手元のホロビューを眺めた。

「なんとまあ・・・」

 同情を覚えた。

 僅か二隻、よろばうように進むマッカレル級駆逐艦を除いて、残り全艦を撃沈。

 周囲には爆発に吹き飛ばされたように、緊急脱出ポッドがあちらへこちらへと飛翔している。

 あれでは、救助作業だけで手一杯。それすらも丸二日はかかるのではないか・・・

 喉が渇いた。

 鈍色をした太っちょのコーヒーポットから、御代わりを注ぐ。

 少し指先が震えていることに気づいた。

 まったく、何度やっても慣れない。どれほど斜に構えてみせても、これはゲームなんかじゃない。誰も死なないとはいえ、現実だ。本物の戦争なのだ。

 ジギーに見つからないよう、何事にも聡い彼女に決して悟られぬよう、拳を作って指を隠し、半ば衝動的に腕時計を眺める。

「・・・・・」

 戦闘開始から、僅か六分しか経っていなかった。

 スクリーンを睨む。

 ルイの先導は、まったく見事だった。あるいは、彼のPAIマルトと、艦載電算機と、TURMSを褒めるべきか。

 回避運動をやりつつ、それは泊地の大船団に接近するコースを採っていたのだ。

 ―――次は奴らだ。



(続)

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