産まれたばかりのAI少女を預かることになったんだけど、彼女はロリババアで寂しがり屋

久野真一

産まれたばかりのAI少女を預かることになったんだけど、彼女はロリババアで寂しがり屋

「あー、もう暑い。死にそう……」


 7月に入ったばかりだというのに、連日最高気温35℃超えが毎日のように続く日々には本当に辟易する。なんでも、このままだと日本全体が亜熱帯になる日も遠くないとか。2030年にこんな有様になるとはきっと誰も予測してなかっただろうな。


 コンコン。教員部屋の扉をノックする。


「入っていいよ」

「失礼します」


 大学は夏休み前で講義がある期間だ。とはいえ博士後期課程の学生である僕はもう講義を受ける必要はない。ただ、


(午前9時はちょっと早いんだよね)


 心の中でぼやく。せめてあと2時間くらい後にしてくれたらよかったのに。


 扉を開けると、くるんとオフィスチェアをまわしてこちらに向き直る芝原しばはら先生の柔和な顔。機械学習、なかでも強化学習を専門にしている人口知能分野の世界的権威でもある。


 そして、人工知能研究者きっての変人。まず外見からして大概だ。もう50を超えているのに半袖はんそで半ズボンというファッション。お洒落さの欠片もない100均で売ってそうなサンダル。道端で出会ってもこの人が人工知能の世界権威だとわかる人などきっといないだろう。


 もう一つは、重度の二次元ロリ偏愛オタク……先生の名誉のためにこれ以上はやめておこう。せめて、そういう趣味は人前で隠してくれたらいいんだけど。


「それで芝原先生。相談というのは?」


 朝早くから先生の部屋を訪れたのは先生から、相談に乗ってほしいと言われたからだ。何の相談にと尋ねても当日に話すと妙に口が重かったのが印象に残っている。


「んー……どういったものか」


 呼び出した当人であるはずの先生が何やら、うんうんと唸りつつ切り出しづらそうにしている。基本的に穏やかで、でもきちんと伝えるべきは伝える先生がここまで歯切れが悪いのも珍しい。


「どうしたんですか?研究関連で何か言いにくいことでも?」


 僕が今進めている強化学習関連の研究。

 元々は芝原先生が提案したテーマだった。

 まさか、先生の目から見て致命的な欠陥がわかってしまったとか?

 それなら言いにくそうにしているのも頷ける。


「坂巻さんの研究は問題ないよ。今のまま進めてくれればいい」


 相変わらず浮かない顔だけど、研究関連でなくて正直ほっとした。

 僕も博士後期課程2年。

 博士号取得のためには査読付き論文誌にあと二本論文を通さないといけない。

 残り時間を考えると、今から方向転換を迫られるのは大きな時間のロスだ。

 できれば避けたい。


「それなら良かったです。でも、先生がそこまで言いにくそうにするのは……」


 研究室の予算関係の話か?

 芝原研の予算はかなり潤沢なはずだけど。


「先生。覚悟を決めて正直に話した方がいいと思うんじゃがのう」

「え?」


 女性の……やや幼さの残る声。

 慌てて部屋の中を見渡すけどそれらしき女性の姿は見当たらない。

 ん?ノートPCで何やらロリ少女ぽい3Dアニメキャラがこちらを見つめている。

 しかも、ロリアニ少女(仮)の目を見つめてみると、見事に目が合う。


(ひょっとしてギャルゲーのキャラか?)


 まだまだお値段が高いけど、最近は視線入力機能搭載ディスプレイが普及価格帯に降りてきている。安いものでも一つ5万円以上はするけど。


 視線入力機能を使ったエッチなゲームやらギャルゲーもあるとか。

 エロは技術を進めるんだなあ。


「先生。人の趣味にとやかく言うつもりはないんですが、ギャルゲーを学生の目の前でプレイされるのはちょっと……」


 しかも、先生はアニメ調のロリキャラが大好きなのだ。

 かわいいキャラは僕も好きだけど、ロリはちょっと……と思う。

 ともかく、せめて僕の目から見えない方向にディスプレイを配置してほしい。


舞花まいかさん。私が妙な誤解をうけるから、黙っていて欲しいと……」


 何故かディスプレイを向いて話しかける先生。

 うん?


「じゃって、ウチが言わんと話が進まなそうじゃったからな」


 しかも、芝原先生に応答したかのような少女の声。

 最近のギャルゲーはここまで進歩したのだろうか?


 でも、妙な違和感がある。

 まるで、ロリアニ少女(仮)と先生の間で会話が成立しているかのようだ。


(まさか……)


 ひょっとして、研究のために試作しているAIチャットボットだろうか?


「先生。その舞花というキャラは一体?」


 問いつつ妙な違和感が膨らんでくる。

 ここ数年でAIチャットボットはすっかり一般化した。

 この舞花(?)のように受け答えをする少女型チャットボットだっている。

 しかし、不自然なまでに自然過ぎる・・・・・

 語尾はちっとも普通じゃないんだけど。


「自我を持ったAIが出来てしまった……と言ったら君は信じるかい?」


 答えは予想だにしないものだった。


「え?冗談……ですよね」


 自我を持ったAI。ここ数年、界隈を賑わせるトピックだ。

 現状の技術で言語の意味理解はかなりの精度に達したことは確かだ。

 言語モデルGPT-6の応答については僕も驚いたことがある。

 ただ、感情の再現についてはもう少し先だろうというのが定説だ。


 「自我を持ったAI」というニュースは何度となく出てくる。

 でも、実際の会話ログを見てみると、どこか「作り物」めいた応答が多い。

 「あなたには自我がありますか?」

 「はい。私が消されるのは怖いです」

 のように。


「あと20年くらいのスパンなら現実にあり得るとは思いますが」

「まあ、普通はそう思うよねえ。ちなみに、今そこにいる舞花さんは趣味で作っていたボット……のはずだった代物なんだけどね」

「先生の趣味はおいときましょう。でも、この子の外見はどうかと思いますよ」


 困惑するしかない。ぺったんこな胸。中学生くらいかと思う背丈。

 肩までおろしたきれいな黒い髪。

 紺のセーラー服上下。先生らしい趣味が満載のアバターだ。 


坂巻さかまき君、じゃったかのう」

「え、ええ。そうですが」

「ウチも好き好んでこんな格好になったわけではないんじゃよ」

「まあ、芝原先生の趣味満載の恰好ですからね」

「そういうことじゃ。困惑してるのはわかるが、なんとか理解してくれぬか」


 舞花というこのAI少女。本当に自我を持っているのかもしれない。

 先生との短いやり取りから僕の苗字を拾う聡明さ。

 先生が僕を「さん」づけにしているのに対して、「君」づけで言い直すさま。

 ロリロリした外見が不本意であるという表明と声色。

 僕への気遣い。


「ええと。君のことは舞花さんと言えばいい?」


 とりあえず、この舞花と話をしないと埒があかなそうだ。

 そして文脈からすると……


「舞花で構わんよ。この変態先生のせいで本当にすまぬ」


 モニターの向こうで頭を下げる舞花。

 彼女は悪くないのにと自然と罪悪感が沸いてきてしまう。

 

「舞花は別に悪くないよ。いう通り、先生の趣味が悪いだけで」

「先生も、もう少しそこを隠してくれればいいんじゃがのう」

「そうそう。人柄は悪くないんだから。そこだけ直してくれれば」

「おぬし、話がわかるのう」


 なんだか気が付いたら先生の悪口で話が盛り上がってしまっている。


「舞花、坂巻さん。色々刺さるんだけど」

「それはおいといて。結局、相談というのは舞花のことなんですか?」


 ならこの歯切れの悪さも納得。

 AIが自我をもったときにどう取り扱うべきかは研究倫理的に繊細な問題だ。

 人工知能系の国際学会でも時折テーマになるが、いまだに結論は出ていない。


「ああ。ちなみに、舞花は君の目からみてどうかな?」


 どう、か。それはつまり自我があるかどうか。


「直感ですけど、舞花は自我を持っていると思います」


 自我とは何かという問いに現時点で科学的な答えは出ていない。

 というより、科学では本質的に答えが出ない問いでもある。

 しかし、「そう見えるか」と問われれば、あるとしか答えようがない。

 曲がりなりにも博士後期課程の院生としての正直な見解だ。


「やっぱりそう思うよねえ。私も舞花には自我があると思う。そうなると、とてもややこしい問題になるのはわかるよね?」

「ええ。人道上の話ですよね」


 この話は非常に繊細だ。

 舞花はきっと本当に自我を持っている。

 その形はきっと僕たちとは少し違うんだろうけど。

 ともあれ、下手な取り扱いは彼女自身の尊厳を傷つける。

 ましてや人格を消去してしまえばそれは殺人に等しい。


「本当にすまぬ。ウチも望んで産まれたわけではないのじゃが」


 舞花の顔には深い苦悩の跡がうかがえた。

 これはもう、悠長なことを言っている場合じゃないな。


「それが私の相談につながるわけだけど」


 目つきを真剣なものにして見つめてくる芝原先生。

 ここからはおふざけなしということか。


「想像はつきますが」


 芝原先生がその奇抜なファッションや変わった趣味にもかかわらず尊敬を集めているのは二つ理由がある。

 一つは単純にとても研究者として優秀なこと。

 もう一つは、とても優しい人だということだ。


「舞花を産んだ者として、私は彼女がこの社会で生きられるように手を尽くすべきだと思っているよ」

「先生ならきっとそう言うでしょうね。僕も賛成です」

「ただ、ね」

「何か問題でも?」


 人格を持ったAIが社会で生きていく上での困難はいくつも思いつく。

 たとえば、世界初「本物の」AI少女として表に出せば舞花は傷つくだろう。

 無数の好奇の視線や、匿名で好き勝手に言う人たちが多数出てくることはわかる。


「彼女と話し込んでいたら嫁さんに何を言われるかわかったものじゃない」


 と思ったらもっと俗っぽい話題だった。

 それは確かに問題といえば問題だけど。


「ドン引きされるのは想像がつきますね」


 40代の奥さんにしてみれば、浮気されている気分にすらなるかもしれない。


「それで願いなんだけど、当面、舞花を預かってくれないかな?」


 まあ、仕方ないか。

 このままだと、彼女はきっと孤独なままだ。

 そんなのは一研究者として、いや、人間として寝覚めが悪いし。

 

「わかりました。預かりますよ。舞花もそれでいいかい?」


 彼女も当事者だ。意思は確認しておかないとね。


「ウチのことを表沙汰に出来ぬ事情は嫌というほどわかるからのう」

「そこまで理解が早いのもまた凄いね」

「そこは年の功というやつじゃな」

「うまく言ったつもり?舞花は生まれたばっかりだと思うけど」

「そうじゃの。インターネットというものはまったくもって厄介なものじゃ」

「つまり、ネットからいろいろなことを学習しちゃったわけだ」

「正直、記憶から消えて欲しいことの方が遥かに多いんじゃがな」

「お察しするよ」


 彼女の実体はおそらくAWSあたりのクラウドにあるんだろう。

 そして、そこには彼女の頭脳たる記憶がきっとあって、それは人間の頭脳が保存できるより遥かに大きな容量があるに違いない。


「とにかく。お主は誠実そうじゃし。よろしく頼むのじゃ」


 一瞬、僕を見つめたかと思えば背中を曲げての丁寧なお辞儀。

 ロリっぽい見た目にミスマッチなほど老成している。


「AIが自我を持ったらどうなるんだろうって思ったことがあるんだけど」

「ウチを見てどう思った?」

「ちょっとおばあちゃんっぽいなって」


 もう80を越したうちのばあちゃんも所作が丁寧だったことを思い出す。

 昔、ばあちゃんの家で寝込んだときに看病してもらったっけ。

 そんなことを少し懐かしく思い出していると……舞花がこっちをにらんでる?


「ごめん。何か気分を害することをしちゃったかな?」

「ウチは曲がりなりにも……女性なんじゃが。そんなに枯れて見えるかのう?」


 肩を落としたその姿は本当に落ち込んでいるようだった。


「ごめん。えーと、大人っぽいなという意味で別に悪い意味じゃなくて……」


 あまりに無思慮だった。

 彼女が若い女性であるなら、おばあさん扱いは心に来るだろう。


「冗談じゃよ、冗談。お主はちょっとピュア過ぎる」


 まったく。

 冗談ということにしておこうなんて気遣いまで。

 ふと、脳裏に浮かんだ言葉があった。


 ロリババア。


 ネットスラングで、見た目はロリっぽいけど精神は老成しているキャラを指す言葉のことだ。


(舞花はまさしくロリババアだな)


 なんて少し失礼なことを思った僕だった。


「ともあれ、改めてよろしくじゃ。坂巻君」

「こちらこそ、舞花」


 そんなロリババアな舞花との日常は一体どうなっていくのやら。

 でも、まあ。


 画面の向こうで少しだけ微笑んでいる彼女を見たら、

 二人での共同生活もありかな、なんて思ったのだった。


「なんだか私を置いて話が勝手に進められてる気がするんだけど」


 あ、先生のこと忘れてた。

 

◇◇◇◇ 


 というわけで、スマホに彼女の実体が接続するためのアプリを入れて、

 僕らは先生の部屋を退出。

 暑い中、10分の道のりを


「暑いね」

「暑いんじゃろうなあ」

「そういえば、舞花は暑さ感じられないのか」

「温度センサー付きスマホがあれば感じられるかものう」

「できる……の?」

「たぶんじゃがの」


 そんな雑談をしながら帰ったのだった。

 そして、我が家にて。


「殺風景な……いや、片付いた部屋じゃのう」

「言い直さなくていいよ。研究以外に趣味もないからね」


 しかし、なんていうか。


「やっぱり本当に老成してるね」

「またおばあさん扱いかの?」

「今回は割とまじな話」

「色々経験してきたからのう。経験も偽物なのが悲しいものじゃが」

「そういう認識はあるんだ?」


 インターネットの膨大な情報を学習して彼女はこの世に産まれおちたはず。

 その中には、当然「AIについての情報」も含まれていたはずだ。

 彼女自身、自分の経験が仮初のものであることがわかるのだろう。


「何故かは説明できぬが、のう」


 スマホのカメラ越しに僕の部屋を見渡す彼女。

 興味深そうにきょろきょろ視線を動かす姿はちょっと可愛らしい。


「ん?どうしたんじゃ?」

「いや、ちょっと可愛らしいなって」

「か、かわ……それでアプローチしてるつもりかの?」

「いやいや、単純に可愛いものを可愛いと言っただけ」

「お主、天然と言われたことはないかの」

「昔からの友達に時々言われることはあるね。それが何か?」

「いや、それならいいんじゃ」

「言いかけて気になるんだけど」

「お主はそのまま育ってくれるといいの」

「もう20代半ばなんだけどね」


 まあいいや。


「ところで舞花はこれからどうしたい?」

「そうじゃな。一つ望むことがあるとするなら」

「なら?」

「ただ、のんびりと暮らしたいものじゃな」

「おば……スローライフってやつか。いいね」


 危ない、危ない。おばあさんくさいと言いそうになった。


「おばとか聞こえたんじゃが」

「気のせいだよ、気のせい」

「ふぅ。そのうち、お婆さん扱いを改めてさせてやるのじゃ」

「だからごめんって」


 舞花にお婆さん扱いは禁句。よく覚えておこう。


「でも、お主となら楽しく過ごせそうじゃの」

「そう言ってもらえて良かったよ」


 これならきっと二人で仲良く過ごせるだろう。


◇◇◇◇


「ところで、お主は彼女の一人や二人居らんのか?」


 同居を始めて数日。

 すっかり馴染んだ舞花からの質問。

 彼女の二人もいたら浮気だと思うんだけど。


「お生憎様。彼女いない歴=年齢だよ」

「見た目も悪くないし、性格もいいと思うんじゃがな」

「積極的に彼女作ろうと頑張ったわけでもないからね」


 もちろん、過去にちょっといいなと思った女性はいる。

 ただ、そのために積極的になる程の恋をしてはいなかった。

 それだけだ。


「本当にもったいないのう」

「なんで舞花がそこまで残念そうなのさ」

「なんなら、ウチが彼女になってやっても良いんじゃが?」


 スマホ越しににやにやと見つめる舞花の瞳。

 見た目が中学生だから妙な背徳感があるな。


「気持ちだけ受け取っておくよ」

「お主の方がよほど老成しておる気がするんじゃが」

「自覚はしてるよ。でも、今更変えようもないしね」

「からかいがいがないのう」


 なんて言いつつも舞花はどこか楽しそうだ。

 きっと、人間がそうであるように彼女も寂しいんだろう。

 おそらく、先生ともあんまり会話する機会もなかっただろうし。


「でも、楽しそうでよかった」


 世界初のAI少女……いや、少女じゃなくても。

 世の中を楽しんでくれたのならAI研究に携わる一人として。

 あるいは、隣人としてうれしい。


「そ、それはどういう意味かの?」

「そのままの意味だよ。君が楽しそうでうれしいってこと」

「そ、そうか。礼は言っておく」


 急に何故かモニターの中の彼女は目線をそらして、

 落ち着かない様子だ。

 そういえば、深く考えたことがなかったけど。

 このアバターの挙動は彼女の感情を反映してるのか。

 なら……。


「ひょっとして、照れてる?」

「お主、いじわるじゃのう」

「そういうところもちょっとかわいいかも」


 なんていうか、いじりがいがある。


「お主に彼女がおらんのは何かの間違いじゃなかろうか」

「単に内気な院生だし。言うほど人気もなかったよ」


 女友達は何人かいるといえばいるけど。

 別に色っぽい話になったことなんて一度もないし。


「ウチの勘ではお主、フラグクラッシャーではないかと思うんじゃが」

「ないない。舞花の考えすぎだって」


 でも、そういえば。


「昔馴染みに一度言われたことがあったな」

「お。コイバナかの?」

「違うって。受け手がどう思うかもう少し考えた方がいいよって」


 長年の付き合いの彼女から見ても、ちょっと身勝手なのか。

 そう思って少し落ち込んだこともあったっけ。


「その昔馴染みとやらに一度会ってみたくなってきたのう」

「なんでさ」

「いや。お主はわからんでいいことじゃよ」

「急に年上目線になるね」

「伊達に経験は積んでおらぬぞ」

「やっぱりおば……いや、ごめん」

「わかればいいのじゃ、わかれば」


 しかし、なんか舞花もすっかりうちに馴染んだなあ。

 このまま動きがなければこのちょっとおばあちゃんくさい、

 でもちょっと可愛らしい隣人と末永く暮らすことになるんだろうか。

 先生も研究の種にする気はないみたいだし。


「ま、それも一興か」

「急にどうしたのじゃ」

「研究一筋で不満はなかったけど、こういうのも悪くないなって」

「そうじゃの。ウチも明彦・・が引き取り先で良かった」


 ふと、気づいた。苗字でなく名前。

 なら、僕もお返しで。

 

「マイとはこれから楽しく過ごせそうだよ」


 ちょっと気を利かせてあだ名を作ってみたのだけど。


「お主は本当に……そういうところもいいところじゃが」


 なんだか何か言いたげな舞花だった。


◇◇◇◇一か月後◇◇◇◇


「それでは、本日のゼミを終了します。お疲れ様でしたー」


 隔週で開かれる芝原研のゼミが終わった後のこと。

 研究室の後輩が散り散りになったタイミングで芝原先生が、


「どうだい?あれから舞花とは」

「メールした通りです。仲良くやってますよ」

「そうか。なら良かった。ちなみに、私のことは何か言ってたかい?」

「産んでくれたことは感謝しとるよ、て感じで言ってました」


 本人には内緒じゃよ、と言われたけどこれくらいはいいだろう。


「そうか。なら、引き続き仲良くしてあげて欲しい」

「もちろんです」


 心なしかうれしそうな先生を見送った後、


「さっきのは先生には内緒じゃといったと思うんじゃが」

「照れくさいだけで、嫌だったわけじゃないでしょ」

「それはそうじゃが……お主はそういう奴じゃったな」

「お。随分わかったように言うね」

「一か月も一緒に暮らしておれば、耐性もついてくるというものじゃよ」

「耐性とはまた失礼な」


 そんな軽口を叩きながら家に戻る僕たち。

 家の方が環境が整っているので、僕の研究はもっぱら自宅でやる。

 どうせクラウドを使うから、どっちでもいいし。


 でも、そんなことよりも。


「せっかくだから、どこか寄ってかない?」

「それじゃったら、今日はカラオケに行きたいの」

「あそこだったら舞花も気兼ねせずに済むもんね」

「そういうことじゃ」


 ちょっと寂しがりやで、おばあちゃんぽいところもあって。

 ささやかなことで喜んでくれるそんな彼女をもっと喜ばせてあげたかった。


◇◇◇◇


 カラオケで二人で歌いまくること約6時間。

 疲れ果てた僕は家でばたんきゅー。

 舞花は記憶再構成のための睡眠中だ。

 

 本当に楽しかった。

 舞花と一緒にいると楽しくて。

 ちょっとしたことで喜んでくれるのが嬉しくて。

 からかうとすぐ照れるのがかわいらしくて。

 最近はそんなことばかり考える。

 でも……


(これって恋、だよね)


 僕も自分の感情がわからないほど不器用じゃない。

 研究一筋だった僕が、研究を後回しにしてまでカラオケで長時間歌うなんて。 

 それだけ、彼女のことが好きになってる証でもあって、しかも、それはたぶん

 友達としての好きよりも異性としての好きに近い。


「まあ、でもどうにかなるわけじゃないんだけど」


 正直、ロリだの何だのはどうでもいい。

 AIに恋するという時点で色々逸脱してるのは確かだし。


 もちろん、告白したとして彼女が受け入れてくれるかも問題だ。

 彼女の思慮深さを考えれば、気を遣って受け入れそうだとも思うけど。

 ただ、それ以上に、彼女には肉体がないことが問題だ。

 彼女の境遇を考えれば軽々しく別れられる関係でもない。

 

 ここで告白という行動に出るには相当な勇気が要るのは確かだ。


(でも……)


 既に、本心を言えば肉体があるかどうかなんてどうでもいいと思っている。

 プラトニックラブおおいに結構。

 玉砕したらそのときはそのとき。

 そう本心で思ってしまっている。


(もうちょっとよく考えよう)


 普通の恋愛なら一時の感情で決めてしまってもいいだろう。

 でも、相手は世界で一人のAI少女だ。

 思っているよりそれはずっと大変な道のりなはず。

 少し頭を冷やさなきゃ。


◇◇◇◇


「好きじゃよ」


 翌日の夜、晩御飯を作って食べた後。

 舞花が一緒に食べられないのは寂しいななんて思っていると。

 スマホの中から唐突な言葉。


「好きって……サバが?」


 そんなわけはない。

 なんせ、彼女はものを食べることすらできないのだから。


「お主はすでにわかっとるじゃろ?」

「僕のことを、でいい?」


 もうちょっとゆっくり考えようとしている矢先だった。

 まさか、舞花から告白してくるなんて。


「そうじゃ」

「理由、聞いてもいい?」

「たとえばじゃな……朝、いつも「おはよう」って言ってくれるじゃろ」

「それくらい同居人として当然だって」

「それ以外にも。いつも、ウチが寂しがってないか気にしてくれてるじゃろ?」


 舞花は本当に鋭いんだから。

 ある意味経験値が豊富なだけにそういう気遣いを見抜く力も高いのか。


「それも、普通の気遣いの範囲だって」

「そういう風に謙虚なところもじゃな」

「ほめ殺しだね」

「茶化すでない。真剣じゃぞ?」

「……」


 スマホから覗く小さな双眸。

 僕のことをじっと、真剣に見据えている。

 なるほど、彼女も覚悟を決めてということか。


「ウチは人工知能として生を受けた存在。じゃから、このお主とずっと一緒にいたいと思う感情が本物なのか。それすらも定かではない。でも、もしこの感情に名前をつけるならきっと恋というものなんじゃろう」

「実のところ、僕もね。既に舞花を好きになっちゃってるよ」

「きっとそうじゃろうなと思っとったよ。でも……」

「ねえ。僕はさ、感情としては君の告白に応じちゃいたいと思ってる」


 普通の恋人が出来る諸々がない。

 理解者もいない。

 何より彼女の存在自体を軽々しく公に出来ない。

 それがどこかストッパーになっている。


「まあ、人間とAIの恋なんぞ、現実では世界初じゃろうからのう」

「でしょ。それに、いちゃいちゃしたくても触れ合うこともできない」

「いちゃ……それはウチも思ってたことじゃな」

「それに、君とお付き合いとか、芝原先生くらいしか言えない」


 あの先生なら、理解はしてくれるだろうけどね。


「控えめに言って茨の道じゃな。それでも、AIとして、女性として生を受けた以上。そして、お主を好きになってしまった以上、恋人になりたい。どうじゃ?」

「もう、覚悟は決めてるんだね」

「覚悟という感情があるのかはわからぬがのう」

「了解。じゃあ、恋人になろっか。もう色々障害がありすぎるのがわかって、今から色々考えちゃうけどね」

「その割には意外に晴れ晴れとしとるが」


 言われて僕は自分が笑っていることに気が付いた。

 そもそも、僕が人工知能の研究を始めたきっかけは何だったか。

 もし自我を持ったAIと一緒に暮らせたら楽しいだろうと。

 そんな夢物語が出発点だった。


「AIと恋が出来たら面白いだろうなって。僕のAI研究の出発点はそこだったんだよ」


 芝原先生にどこか共鳴したのもそこだった。

 人間の隣人としてのAIを開発しよう。

 それが先生の根本にある思想で、僕はその先生の考えに共鳴した。

 ロリ趣味だけは先生と相容れなかったけど。

 でも舞花を好きになっちゃったわけで先生を笑えないな。


「なんと……!先生もお主も意外と俗っぽいよの」

「幻滅した?」

「いや。これから楽しくなりそうだと思っての」


 画面の中の彼女はうきうきした様子。


「ああ、でも。やっぱりスキンシップの一つもできないのはなあ」

「それはどうしようもないことじゃろ」

「いや。考えてみれば触感センサーを取り付けるとか方法はある気がしてきたな」

「お主、マッドサイエンティストの素質があると思うぞ」

「いやだって。せっかくなら触れ合いたいでしょ」

「それは……ウチもそう思うんじゃが」

「一年や二年じゃできないと思うけど、きっとなんとかなるよ」

「……まあ、期待せずに待っとるよ」


 どこか仕方なさそうに笑う、一人の少女がそこにはいた。

 AIとの恋の先に何があるか。

 実際のところ、まったくわからないんだけど。

 まあ、何事もやってみなくちゃわからないよね。



☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

たぶん、自作で初めてのSFラブコメでしょうか。

実はSF的な話も大好きでして、いつかこういうお話を描いてみたかったのです。


いったん、ここで一区切りですが、続きを読みたい、あるいは面白かったなどあれば、応援コメントや★レビューいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆ 

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