悪役令嬢に転生したけど、処刑を受け入れることにします。

悪役令嬢に転生したけど、処刑を受け入れます。

　私は目を覚まし、豪華なベッドととても一人じゃ広すぎる豪華な部屋を見渡す。

　転生したんか。現実でも転生するんだ。というより、私いつ死んだ？

　私は不思議と今の状況に疑問を持たなかった。

　身分がどんなものかイマイチ分からないが、こんな豪華な家に住んでるということはそれなりの身分なのだろう。

　私は起き上がって、二人分くらいはある高さのバルコニーのドアをゆっくりと開けた。庭がとても綺麗に整備されている。様々な色で溢れる花壇。バラのアーチは美しい。

　そして、広い。よく日本ではあのスタジアムが何個分だと表されていたが、これは何個分なんだろう。そもそもあのスタジアムがどのくらい大きいのか分からないから、何個分と言われてもピンと来ないのだけれど。まあ、とにかく大きい。

　バルコニーから外を見ていると、後ろから足音が聞こえた。執事かと思って後ろを振り返る。そこにいたのは金髪碧眼の王子と思われる男だった。王子様キャラのテンプレみたいな顔をしている。そのテンプレ王子は、ムカつく表情を浮かべた。

　私は多分睨みつけながら王子を見ていた。

「随分と呑気ですね。これから裁判にかけられ処刑されるというのに、 庭を見るとは」

　へえ。処刑ね。ということは、私は所謂（いわゆる）悪役令嬢ってやつか。本当に物語の中みたい。

　私は曖昧な返事をしてまた庭を見ようとすると、王子はその余裕な笑みを壊し、慌てた様子で私に近づいてきた。

「抗わないのですか？ 殺されてしまうかもというのに？」

「ええ。次は悪役令嬢じゃない人生を願いながら死にますので」

「悪役、令嬢……？」

　私はため息をついて庭を見る。広いからまだ見てない所もあるのよ。どうせ死ぬんだったら脳内に綺麗な庭を残して死にたいわ。テンプレ王子は部屋を出て黙ってなさい。

「罪を認めたってことで良いんですね」

「した覚えがないことは認めませんので」

　呆れたように王子は首を横に振る。

　多分、あれでしょ。令嬢が元々これと婚約してたけど、急に初心（うぶ）な可愛い子が突如やって来て、王子が一目惚れする。それを令嬢が気に食わなくて虐めて、最終的にその子が王妃となって令嬢が処刑される。っていうよくあるオチでしょ。

　前世で私が一体いくつのざまぁ系の小説を読んできたと思っているの？

　私は少し誇らしげな気持ちになって、綺麗な庭をただ見つめていた。

「リーリア、本当は嘘なのですか？」

「は？」

「湖から突如現れた聖女。その聖女を虐めたとしてあなたは疑われています。あなたは嘘をつく時いつも扇子で口を隠す。しかし、今それをせずに私と話しているということは、本当はやってないのですか？」

　いや、それは中身が変わって嘘をつく時の行動がまるっと変わったからだと思います。多分この令嬢は聖女を虐めてます。どうぞ、早く処刑でも何でもして私を鳥にでも転生させてください。

「もし仮に、私がやっていないとして私が王妃になった時。国民は受け入れますか？ 処刑した方が国のためです。聖女が王妃となり、私が消える。その方が国民は安心するでしょう。王子なら分かってくれるかと」

　私は庭の方を向いたまま、そう言った。王子に背を向けて喋るなど、とんだ不敬だろう。だが、もう死を控えた私にはそんなことなんてどうでも良かった。

「ですが……」

　さっきからどこか濁したような反応をする王子。王族の人間なら、こういう時ピシッと判断しなさいよ。全く。

「私は、あなたを王妃にしたい」

「は？」

　私は予想外の言葉に勢いよく振り返った。そのため、手すりに置いていた手が滑ってしまい、バルコニーから落ちそうになった。

　 処刑されるんじゃなくてこれで死ぬやつ？ てか良い身分の屋敷なんでしょ。なんでこんな手すりが低い位置にあんのよ。過去に死人出てるでしょ。

「危ない！」

　その王子の言葉と共に私の腰に王子の腕が回る。バルコニーの立派な手すりにもう片方の手を置き、私が落ちないように支える。

「大丈夫だ。私が、助けるから」

　王子は目を固く閉じながら力を入れ、落ちかけた私の体をバルコニーに戻した。

　こんなひょろひょろにも、そんな力があったとは。見直したわ。

「ありがとうございます」

「いえ。一応婚約者ですから。助けないわけにはいきません」

　王子は微笑む。世の女性が一斉に惚れるやつだろう。私は死の狭間にいたことで、爽やか王子スマイルは効かなかったが。

「でも、解消なさるのでしょう？ 放っておいてくれても良かったのに」

「私は、婚約者であるあなたを疑ってしまった。本当に最低だ」

　王子はその場にしゃがみこんで、何か涙をこらえているような声で言う。私はただただ、その王子を見つめる。

「裁判はやめにしよう。婚約だって、解消なんてしない。もし、許してくれるのであればリーリア、私の妻になってはくれないか？」

　ん？ んん？ なんで？ どういうこと？ 虐めてたんでしょ。この令嬢が聖女を。多分、それは紛れもない事実だからどうぞ処刑してください。鳥に転生させてー！

「先も申しましたが、あなたは王子。国民の怒りを買ってしまえば、この国は終わりです。国のためにお考えくださいませ」

　私は何とかして必死に冷静を保ちながら答える。いくらテンプレとはいえ、顔の整った相手に言われたら心臓はバクバクだ。

　だがしかし！ この男の情緒なり一体どうなっているんだ。この数分で心変わりすぎでは。裁判やるって決めたら裁判やってよー。そしてとっとと処刑してよ、この悪役令嬢をー。

「民の中にあなたのその優しさに感服している者もいる。あなたを王妃と望む声だってあった。それなのに、私はそんな声を無視して、処刑を……」

　げ。そんなやついるのかよ。悪役令嬢を王妃にしたいってどんな人間だよ。手下か？ 親戚か？

「それに、聖女はワガママでとても手に負えません。あんなのが王妃にでもなろうものなら、それこそ国が崩壊するでしょう。聖女を王妃にという声は神殿からしか上がってません」

　まじかよ。聖女もワケありなのかよ。この世界めちゃくちゃだな。それより王子、今聖女のことをあんなのって言ったよね。さずかに可哀想。

　私は目を伏せる。

　こうなったら私には王妃は務まらないと誰もが認めざるを得ないことを言えば、処刑されるかも！

「私、実は中身が違う人間になっていますの。その、リーリアという方ではないのです。きっと魂が変わったのよ」

　これでもう大丈夫だ。そもそも人が違うのであれば王子は見ず知らずの人間と結婚することになる。見ず知らずの人間が、この国の王妃となる。

「そんな嘘までついて、王妃になりたくないのですか？」

　王子はしゅんとした顔でそう言う。

「ほ、本当のことですよ。私はリーリアではありません。私がどんな身分で、過去に何があったかも知らない」

「……そう、ですか」

　よし。よしよしよし。これで一安心。王子はこのリーリアを諦めるしかない。

「ですが私はあなたを王妃にしたい。今のあなたは酷い噂が流れる前の子供の頃のリーリアととても似ている。私が惚れて婚約を結んだあなたに。もしかしたら、つい最近までのリーリアが違う者だったのかもしれない。そう、思うんだ」

「それは本当にありえません。私はずっと産まれてから死ぬまで日本にいました。人違いです」

「あなたがそう思っていても構いません。一生大切にします。一生、あなただけを愛し続けます。どうか、私の隣にいてくれませんか」

　王子は片膝をついて私の両手を、自分の両手で包み込む。

　キュンキュンはしても、無理だって。というか、まず第一に私に王妃は務まらないから。全然この国のこと知らないもん。 乙女ゲームかなんかだろうけど、私はあなたのこと見たことないのよ！

　私が必死に考えを巡らせていると、勢いよく部屋のドアが開いた。聖女らしい神聖な服を着ているのに、見た目はギャル。プリン頭で、爪は魔女のような長く鋭く、メイクは濃い。後ろから執事と思われるダンディなおじさまが慌てて追いかけてきていた。

「あっ、ここにいたー。 このネイル可愛くない？ てか、聖女とかやってらんないし冒険とかしても良さげ？ ギルドとか絶対あるっしょ。アタシ勇者とかやりてぇのよ」

「聖女アキナ。聖女は聖女としての務めを果たしてもらわねば」

「飽きたの。ずっと座って神殿に来る人の願いを聞いて神に祈るって、遊びみたいなこと一生してろって言うわけ？ 使えねぇ王子だな」

　そうアキナと呼ばれた聖女は項垂れながら私の寝ていたベッドに勝手に座る。

　なんか肝が据わってるというか図々しいやつだな。これは王子があんなのって言った気持ちが分かる。確かに、こんな子が王妃になったら国崩壊しますわな。

　……あー、この聖女のせいで私の、全くいらない感情が芽生え始めてるんだけど。そもそもこの世界、私関係ないじゃん。私が死んで、聖女が冒険に出て。新しい婚約者でも見つけてもらえばいい話でしょ。ああ、もうこの感情いらない。

　そう葛藤した私なのに、口は開いてその感情のまま言葉にしてしまっていた。

「王子、一つ相談があります」

「なんですか？」

「私は、この国についての知識がまるでありません。王妃になるには、教育が必要でしょう？ その、教育を受けさせてくれますか？」

　私がそう尋ねると、王子は目を丸くさせたが、すぐに微笑んで頷いた。なんだかその微笑みがさっきの爽やかな笑みとは異なって見えたのはなぜだろう。

「もちろんですとも。あなたのためなら、何だってします」

「ありがとうございます。私をあなたの妻にしてください」

　こんな聖女が王妃になるよりマシな気がするので。……でも、今すっごく最悪な気分だわ。この面倒な性格が人生で一番嫌いになったかもしれない。

　そんな私の心情なんて知らず、王子は私に抱きついた。いつの間にか来ていた何人かの執事が涙を流し、拍手をしている。聖女は興味なさそうに鼻をほじっている。

　アキナさん。せめて王族の前では鼻をほじるんじゃない。

　そうして、とある王国に新しい夫婦が誕生した。