三十日目:「貼紙」『祭りの日』

 夜。祭りの日、橋の上。

「来てやったぞ、ハシウエ」

「ありがとうございます、■■さん」

「うむ」

 だいぶ余裕を持って来たつもりだが、ハシウエは既に着いていた。

「相変わらずモコモコですね」

「モコモコはアイデンティティだからな」

「えっ、そうなんですか」

 驚くハシウエ。

「冗談だ」

「■■さんも冗談言うんですね」

「どういう意味だ、それは」

「いやあ、心開いてくれたみたいで嬉しいです」

「俺の心の扉はいつでも閉まっているぞ」

「そんなこと言わないでください……」

 しゅんとするハシウエ。

「貴様も落ち込むことがあるんだな」

「俺は結構繊細なんですよ」

「そうなのか?」

「そうです……すぐ落ち込んじゃう」

「口ではガンガン攻めてくるのにか?」

「後から後悔するんですよね」

「後悔するくらいならやらない方がいいんじゃないか」

「いえ……伝えられるときに伝えておかないと、人間いつ死ぬかわかりませんから」

「どうした今日は。後ろ向きモードか?」

「そうかもしれません」

「そんな調子で俺を祭りに連れて行くことができるのか?」

「ううう……」

「SNSでは『準備もしましたし完璧です』などと言っていただろう」

「そう……完璧なはずなんですよ。でも……」

「でも何だ」

「何となく、怖くなっちゃって」

「恐れることはない、ハシウエ」

「……?」

 ハシウエが瞬きをする。

「何が起こっても俺が何とかしてやろう」

 俺は胸を張った。

「な……今日の■■さんは積極的ですね?」

「積極的ではない。少々機嫌が良いだけだ」

「それってやっぱり俺と祭りに行けるから……なんですか?」

「自惚れるなよハシウエ」

「えっ」

「貴様のために行くのではない。俺が俺自身のために行くんだ」

「なんだかよくわかりませんけど、ありがとうございます」

「フフン。さ、行くぞ」

「あっ待ってください、俺が先導します」

「貴様、都合のいい時だけ主導権握りたいタイプか?」

「ううう厳しい……」

「まあ、少しなら許そう」

「えっほんとですか、神では?」

「俺は人間だ」

「大好きですマイビューティ……」

「だからその呼び方をやめろと」

「行きましょう行きましょう」

「はあ……」

 こうして俺たちは祭りに向かうことになった。

 

 ◆

 

 神社。

 ハシウエが電柱にある貼り紙の跡にちらりと目をやる。

「そんなところには何もないぞ」

「えっああ……すみません」

「見るならもっと有意義なものを見ろ。屋台とかな」

「■■さんは屋台とか好きなんですか」

「普通だな。貴様はどうだ」

「俺は……好きだと思います」

 思います、というのが若干気になったが、流す。

「まあ、アウトドア派の貴様らしいとも言える」

「アウトドア派?」

「インドア派の逆だ」

「ええと?」

「まあこの使い方は広義だがな。基本的には『何が趣味か』という区分で、屋外でできる趣味が好きな奴はアウトドア派と呼ばれる」

「なるほど。それで■■さんはインドア派だと」

「ああ」

「でも絶叫する人を消すのも趣味なんですよね?」

「そうだが」

「それだとアウトドア派になりません?」

「こういうのは精神性の話だ。俺は精神がインドア派なんだよ」

「陰キャってことですか」

「貴様…………」

 俺はハシウエをじと、と睨む。

「うう、すみません」

 頭を低くするハシウエ。

「まあそれでも合ってる。使い方的には同じだからな」

 俺は頷いてみせる。

「あ、ありがとうございます……」

 この間でもハシウエは上を見たり下を見たりとどこか落ち着きがない。

「どうした、何か気になることでもあるのか」

「いえ……」

「せっかく俺が祭りに着いてきているんだ、もっと堂々としていたらどうだ?」

「そ、そうですよね……」

「それとも何だ、俺に言えないようなことでもあるのか」

「ち……違いますよ」

「じゃあ何だ」

「俺、祭りに来るの初めてで……」

「何だと」

「あっすみません……」

「いや今のは怒ったんじゃない、驚いたんだ」

「えっと」

「貴様、アウトドア派なのに祭りに来たことがないだと」

 来たことがないから屋台に対して「好きだと思います」なんて曖昧な表現をしたのか。

「祭りに行ったことがない奴が祭りで俺を先導しようとしていたのか」

「駄目ですかね……」

「駄目ではないが、それは貴様……かなり無理してないか?」

「無理はしてません。俺が好きでやってることなので」

「好きでやってること、ね……」

「……」

「まあ、良い。好きにしろ」

「ありがとうございます、■■さん……」

 ハシウエは泣きそうな顔をした。

 情緒不安定な奴だ。

 だが、許す。

 なぜなら俺はこいつの最終目的地を知っているからだ。

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