二十九日目:「揃える」『結ばれたくはない』

「■■さん」

「何だ」

「これ見てくださいよ」

「……何だ? 紐か?」

「ミサンガですよぉ……これつけて、紐が切れると願いが叶うっていう」

「……」

 俺はハシウエから目を逸らし、欄干に手をかけた。

「で、貴様はそれをどうしたくて俺に見せたんだ」

「お揃いにしたくて」

 にこっと笑うハシウエ。

「いらん」

「え~……ちょっとぐらいいいじゃないですか」

「前にも言っただろう、貴様から物をもらうのは嫌だと」

「あげるわけじゃないです。お揃いにしたいから、ただ受け取ってもらいたいだけなんです」

「なぜ俺が貴様とお揃いの紐をつけなければならない?」

「俺がそうしたいからです」

「エゴまみれだな、貴様は」

「そうですよ。俺は自分勝手な奴です」

「わかっているなら引っ込めたらどうだ」

「■■さあん……」

 ハシウエが口をへの字にする。

「泣き落としなら効かんぞ」

「ああん冷たい……」

「でもそういうところも好きなんだろう?」

「俺に好かれている自覚があるの、好きです……」

「……」

 舌打ちをする。

 なんでもかんでも「好き」に持って行きたいのか、こいつは。

「つくづく脳内お花畑だな」

「■■さんもなりませんか? 脳内お花畑」

「誰がなるか」

「前にも言いましたが、脳内お花畑だと幸せですよ」

「どう幸せなんだ」

「何でも前向きに捉えることができます」

 脳内お花畑の自覚を持ってそれをしているということは、天然ではなく敢えてやっているのだろうか。

 想像すると少し寒気がした。

「水分取ってます?」

「ああ」

 俺は着ていたローブから水筒を出す。

「ど、どこに入ってたんですか水筒……」

「この服は内側にポケットが多いんだ」

 水筒の蓋を開けながら、俺。

「夏なのになんでそんなにもこもこなのかな~と思ってたんですよ」

「扇風機があるからな」

 水筒を傾け、スポーツドリンクを飲む。

「えっ、だからもこもこなんですか」

「大量のポケットと扇風機でこのスタイルが出来上がっている」

 蓋を閉め、水筒をまた懐にしまう。

「すごいですね。触ってもいいですか?」

 ハシウエが手を伸ばそうとするのを、避ける。

「やめろ。ハラスメントだ」

「あっすみません」

 素直に謝るハシウエ。

「俺は他人に触られるのが嫌いなんだ」

「慣れない野生動物みたいでかわいいですね」

「はあ?」

「す、すみません……」

 小さくなるハシウエ。

「はあ……帰る」

「えっ。もう帰っちゃうんですか」

「もうだと? 長々話してやっただろうが」

「ミサンガつけてくれますか?」

「つけない」

「じゃあせめて受け取るだけでも……」

「……」

 紐を差し出してくるハシウエ。

 ため息を吐く。

「面倒な奴だ」

 だんだん面倒臭くなってきたので、紐を受け取ってやる。

「えへへ。ありがとうございます」

 ハシウエはへらりと笑い、

「明日、夏祭りがあるんですよ」

 と続けた。

「それがどうした」

「俺と一緒に行ってください」

「はあ……?」

「一生のお願いです」

 ハシウエが頭の前で両手を合わせる。

「なぜ俺が貴様なんぞと祭りに?」

「好きな人とお祭りに行くのってめっちゃいいじゃないですか」

「それは貴様の勝手だろう。俺が付き合う義理はない」

「花火大会には付き合ってくれたじゃないですか」

「あれは橋の上だったからだ」

「お祭りも絶対楽しいですよ。俺、■■さんを楽しませる自信があります」

「俺はイベントで楽しくなりたいとは思わん」

「またまたあ~。いいじゃないですか、ね」

「しつこいぞ」

「一緒に行ってくれたらこれ以上しつこくしませんから」

「その条件は俺に何の得もない。マイナスがゼロになるだけだ」

「うう……」

 俯くハシウエ。

「……だが俺は優しいからな、橋には来てやる。祭りに行くかどうかは貴様の態度次第だ」

「えっ」

「寛容だろう?」

「ありがとうございます、■■さん……俺、頑張ります」

「頑張る必要はない。面倒になるだけだ」

「頑張ります」

 ハシウエがここで叫ばなかったことは褒めてやってもよかったが、脳内お花畑がまた好きだの何だの言ってくるのが嫌だったので、頷くだけに留めた。

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