二十一日目:「短夜」『吸血生物二人の宴』

「夜が……短すぎる……」

「夏の夜だから仕方ないんじゃない?」

「蟹よ……俺としては一日中夜でもいいぐらいだ」

「なぜ?」

「俺の活動時間は夜だからだよ!」

 ばさり、とマントを広げてみせる。

「室内でぐらいマント脱げば?」

「これが俺のアイデンティティーなんだよ! 吸血鬼といえば表が黒、裏が赤のマントだろ!」

 長年孤独に生きてきた。でももうそろそろ生きるのが嫌になって、通販で銀色の杭を買ったところにやってきたのがこの蟹だ。

「吸血鬼らしさに拘りすぎるのが君の危ういところだね」

「危うい? 俺は吸血鬼なんだから、吸血鬼らしくするのは当然だろ」

「だったら喋りも高貴にしたら?」

「そんなことしたら周囲にバレる」

「いや常にマント着用してる方が怪しいよね」

「マントはアイデンティティーだって言ってるだろ」

「バレたいのかバレたくないのかどっちなの?」

「高貴な存在として敬意を払ってはほしいが退治されたくはない」

「わ~なんて都合の良い思考」

「蟹は俺を元気付けたいのかdisりたいのかどっちなんだ!?」

「どっちだろうねえ?」

「ニヤニヤするな! いや蟹だからニヤニヤしてるかどうかはわからないが、お前今絶対ニヤニヤしてるだろ!」

「ニヤニヤ」

 蟹はハサミを左右に振る。

「く~! いやどっちにしても夜は長い方がいいんだ!」

「僕もだよ」

「え」

「君が安心して動ける時間は長い方がいいもんね」

「はあ~……蟹ぃ……」

「何」

「あんまり長すぎると寝る時間がなくなる」

「何……ちょうどいいぐらいの長さがいいってこと?」

「そう……。夏の夜は短すぎるので……」

「じゃあどれくらいの長さならいいわけ」

「秋かな……」

「秋ねえ……」

「秋の夜長って言うだろ?」

「言うけど……」

「秋は死の季節。死といえば吸血鬼!」

「一回死んでるんだっけ?」

「そう……そして蘇った」

「ヒューかっこいい~」

「ほんとにそう思ってるのか?」

「思ってるよ」

 蟹が頷く。

「怪しい……」

 俺は蟹をじっと見つめる。

「蟹は人間じゃないから読心はきかないよ~」

「くっ……」

「無駄なことはやめてトマトジュースでも飲んだら? 君が寝てる間にいい感じのやつお取り寄せしといたよ」

 蟹が何もない空間から段ボールの箱を取り出す。

「えっそれって高いやつ……」

「そう! KAKOMANAIのトマトジュース! いらない?」

「……いる」

 俺は蟹に向かって両手を差し出す。

「どうぞ~!」

 蟹は段ボールを器用に開け、ジュースを一缶差し出した。

「蟹は飲まないのか?」

 俺が受け取るのを確認してから、蟹は段ボールからもう一缶取り出し、残りを部屋の隅に置く。

「もちろん、飲むよ。僕も吸血蟹だからね」

「夜のデザートだな!」

「楽しいね!」

 蟹が缶を開ける。

 俺も缶を開ける。

「乾杯」

「かんぱーい! 夜が短いなら短い分、充実した時間を過ごそうねってやつだよ!」

「わあ~前向き」

「今夜はオールナイト!」

「毎日オールナイトだけどな」

「いいのいいの、楽しければ!」

「フン……」

 吸血生物たちの宴は、夜中続く。

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