17.星条旗よ永遠なれ


 9月15日 木曜日 午後9時30分


「あーん! はっちゃん、みんな今日は解散しちゃったって」


 アジトに帰る道すがら、友人たちからの一報に落ち込むみかりを見て僕は安堵した。狩りで疲れはてた体で、あの空間に再び軟禁される苦痛は味わいたくない。


「まぁいっかー今日はこの子を直してあげたいし」


 みかりの腕にはインスマスの攻撃から僕を守ってくれたドローンが抱えられている。かなり強い衝撃を与えられたにも関わらず、ドローンは原形をしっかり留めている。それを作ったみかりに対し、ある疑問が沸く。


「みかりさん。なんでみかりさんはAIAに入ろうと思ったの?」

「なんでって……なんで?」

「みかりさんの技術って、はっきり言って高校生レベルじゃないと思うんだ」


 大学、下手をすると企業すら彼女の設計思想や技術を欲しがるだろう。ドローンもそうだが、僕の使うVALだって複雑な機構があるにも関わらず、乱暴な扱いでも壊れていない。異常とまで言っていい信頼性だ。


「AIAは人知れずインスマスと戦うから、今日みたいにお礼を言われることはあるかもしれないけど、脚光は浴びない。みかりさんならいくらでもバズるものを作ったり、お金になるものを作れるのに」


 僕がみかりだったら、絶対にそうやって金を作ったはずだ。


「恥ずかしいんだけどさ、うちがバカだからだよ」


 こんなにすごいものを作っておいて? と口を挟みたくなったが、彼女のどこか悲しそうな顔を見て、話しの続きを聞くことにする。


「うちさ、弟が二人いるんだけど、いつだかそのちびたちにせがまれてプラモデルのロボット作ったんよ。それがきっかけで色々作るようになったん。テクテク歩くロボットが可愛かったのと、チビたちに喜んでもらえて嬉しくて」


 女性を落ち着かせた話し方は子供に対するそれかと合点がいく。


「ドローンとか家事に使える道具とか、いろいろ作ったんよ。でも怖くなったん」

「怖くなった?」

「うん。『我は魔王、世界の支配者なり』っていうポンポコバイヤー博士って人の言葉知ってる?」


 珍妙な名言と人名に僕は当惑したが、すぐに、


「オッペンハイマー博士? 『我は死神、世界の破壊者なり』」


 と正しい言葉に翻訳する。


「そうそれ! アメリカが好きだからさ、アメリカのことを調べてたら、その人の言葉をネットで見たん」


 僕には科学者が誌的な引用を用いたくらいの印象しか受けなかった言葉だ。でもみかりは違うようだ。


「そしたら、めっちゃ怖くなった。うちバカだから、知らないうちに自分の作ったものが悪い人に騙されて使われちゃうかもって」


 これはモノづくりをする、しかも類まれなる才能を持つものだからこそ抱える苦悩なのだろう。僕も含め、多くの人が到達しえない破壊的な恐怖だ。


「それに、友だちにも機械いじり好きなの言ってないんだ! リケジョでまとめられるのも、なんか嫌だし!」

「ただのリケジョじゃなくて、天才のリケジョだからね」

「もー褒めても何もでないし!」


 照れ隠しでみかりがバンバンと僕の背を叩くたび、僕は余計に一歩前に出てしまう。


「でも、いつだっけかドローンを一人で飛ばしてた時、戦ってるラフトラックや葉っちを見つけたんだ」

「で、声をかけたの?」

「ううん、きわみーに特定された」


 きわみ恐るべし。そして彼女が僕の次に新しいメンバーであることを初めて知った。


「で、スカウトされたん。『その能力を活かそう! 子供たちの未来のために!』って」


 みかりのラフトラックのモノマネが面白くて、僕は思わず吹き出す。


「それでAIAに入ったん。インスマスの話を聞いて、今日みたいに悪いことしてるやつを倒す『正義』のためなら、うちの作ったものを使っても良いかなって、そう思った。それに……」

「それに?」

「マスクのヒーローって最高にアメリカって感じじゃん?」

「みかりさんらしくていいと思う」


 少なくとも、好きな人といたいから、という理由で戦う僕より遥かに健全に思えた。


「でも、うちはまだまだアメリカになれてないなぁ。ダメ子ちゃんだぁ」

「そんなことはないよ。ドローンには助けられたし、インスマスの車も止めた。助けた女性も安心させてた。すごいよ」


 僕から見たみかりは立派に戦っていた。それが彼女の言う『アメリカ』かどうかはともかくとして。しかし僕の称賛にみかりはかぶりを振る。


「そうじゃなくてさ、はっちゃんと仲良くなりたくてカラオケ行ったんだけど、楽しそうじゃなかったから。ごめんね」


 トーンを落としたみかりの言葉に息が詰まる。彼女はよく見ている。確かにそうだ、楽しくはなかった。でも、もし僕がほんの少しでもみかりのようなフレンドリーさを持っていたら違ったのかもしれないと、気づく。孤独な時間が長くなったあまり、僕は友人になろうとしてくれている相手への接し方も忘れてしまったのだ。


「うち、空気読めてないよねー。次からは静かなでのんびりしてからいこーね、はっちゃん」

「……いや、もう一回行こう。カラオケ」


 流行りの曲は歌えないかもしれない。あか抜けた格好もできないし、みんなと元気にトークなんてもってのほかだ。でも、今できた友人と仲良くなるための一歩なら、僕にも踏み出せる。いや、踏み出さなきゃダメだ。


「歌詞は覚えたから。今度は一緒に歌おう。『オーバーゼア』」


 僕の小さな一歩に、みかりの顔はぱっと明るくなる。そうして僕が止める間もなく、彼女はドローンごと僕をハグした。


「ありがとー! 嬉しい! みんな一緒に歌ってくれないんだもん!」

「苦しいよ、みかりさん苦しい」

「歌いたいの他にもいっぱいあんだ! 一緒に歌おーね、はっちゃん!」


 みかりのハグは容赦なく、僕から中身を絞り出しそうなくらいに締め付ける。

 だけど、手を伸ばせばこんなにも簡単にも友人が作れるということを思い出せた喜びで、彼女の腕が与える圧迫感など、僕は気にならなかった。

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