汚化けのミドリ荘

来栖クウ

新屋敷の悩み

 ミドリ荘は最寄り駅から徒歩五分のところにあった。外観はかなり趣があるものの、中は改装されており、白を基調としたデザインになっている。そのお陰もあってか、ここ最近は入居希望者がぽつりぽつりと出てくるようになった。

 しかしその希望者の内、誰一人としてミドリ荘に住む者は一人しか現れなかった。みな見学するや否や「なんだか嫌な感じがする」と口を揃えて言うのだ。

 ここの住人である新屋敷あらやしき圭太けいたは「いったいこの部屋のどこが嫌な感じなんだ」と頭を抱えていた。実は改装する際に、間取りや設備を考えたは新屋敷だっだりする。というのも、このアパートのオーナーである神田とは頻繁に酒を酌み交わす仲なのだが、彼はかなり楽観的な性格で自分のアパートについても適当だったからだ。


「さっさとリノベーションしちゃえばいいんですよ。そうすれば入居者だって増えますよ」と新屋敷が何度も説得しても「手続きとか面倒くさそうじゃん」とかいって聞く耳を持たない。

 神田の言うそういうの、というのは近隣住民から「お化け屋敷」と呼ばれていることだ。恐らく、いや間違いなくツタの生い茂る見た目からだろう。アパート前を歩いていた母親が我が子に「あのアパートには近づいちゃだめよ。お化けに食べられるからね」と言っていたのを新屋敷は聞いてしまった。

「僕嫌ですよ、お化け屋敷に住んでるなんて」

 仕事が終わり部屋に帰ろうとしても、マンション前に人がいたら入るのを躊躇ためらう僕の身にもなって欲しいものだと新屋敷は思った。

 だがその思いは神田には届かなかった。むしろお化けに住む新とか洒落がきいてていいじゃん、と言おうとしたくらいだ。それに神田は本当に時間が解決してくれるものだと思っている。

「人の噂も七十五日って言うし何とかなるよ」

「噂じゃなくてほとんど事実じゃないですか。外も中もそういう雰囲気ありまくりですって」

 それに時間をおいてもツタがさらに伸びてより一層雰囲気がでるだけなんじゃ、と新屋敷は思った。

「じゃあ逆にその雰囲気生かそうよ。いっその事オカルト好きをターゲットにすれば、今のままでいいし入居者も増えるし一石二鳥でしょ」

「……オーナーって本当にめんどくさがりですよね」

「まあね」

 と神田は言った。「でもまあ、変えたいなら好きにしていいよ。金は出すから」

「え、いいんですか。言っちゃあれですけど、僕ただの住人ですよ」

 新屋敷は驚いた。まさか自分に任されるとは思ってもみなかったのだ。神田はというと「自分で動くのが面倒なだけだから、別にいいよ」と焼き鳥をついばみながら気だるそうに言う。

 とはいっても、新屋敷にはどんな部屋が良いのかなんて知識は微塵もない。少なくとも外壁のアスファルトにへばりつくツタは全て無くしほうが良い気がするが、具体的にここを変えたい! という所は意外にも思いつかなかった。きっとあの怪しげな空気に慣れてしまったのだろう、と思うと少し身震いした。

「参考までに聞かせてください。オーナーはどんな部屋に住みたいですか?」

 神田は「うーんそうだなぁ」と言いつつ興味無さげな様子だが、一応は考えてくれているようだ。枝豆を二、三粒程食べてビールをグビっと飲むと

「家政婦付きの部屋」と一言。

「そりゃまあ……誰もが憧れるでしょうよ。そんな部屋」

 家政婦といったら掃除、食事、洗濯という生活に必須な、且つ面倒でしかないこれらを行ってくれる方々。もし今の自分の部屋に居てくれたら、と新屋敷は今まで何度嘆いたことだろう。実家暮らしの頃は家に帰ると温かいご飯を当たり前に食べていたが、今なんてカップラーメンかコンビニ弁当だ。決してこれらが悪い訳では無いが、無性に手作りご飯を食べたくなる事がある。――かといって自炊をする気力もわかないのだ。

「あぁ、手作りコロッケが食べたい」

「急に何言ってんの。コロッケ注文しようか?」

「どうせ冷凍ですよ冷凍」

 不貞腐れながら、お冷の入ったグラスの結露を指でなぞり、水溜まりを作る。そんな彼を眺める地獄耳な店主の視線に、酔った新屋敷が気づくはずもなかった。

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汚化けのミドリ荘 来栖クウ @kuya0512

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