第3話 妹が幼馴染みのフリをするようになったんだが…

 雪奈は階段から落ちて気を失ってしまった。

 そこで、保健室へと運ぶことにした。


 保健室には誰もいなかったため、ひとまずベッドへ寝かせた。

 外傷こそないが、雪奈は身動きすらしない。


「ど、どうすればいいんだ……」


 目を覚まさないなら病院へ連れていくべきか?

 なら、救急車を呼ばないといけない。

 でも、いきなり呼んだら先生たちも驚くだろうし、一旦、職員室に行って……。


「んっ……」

「雪奈⁉」


 思考が迷子になろうとしていた時、雪奈が小さく呻いた。

 振り向けば、瞼をゆっくりと持ち上げているところだった。


 虚ろな目が、天井を見つめる。


「よかった……ちゃんと、目を醒ましてくれたんだな……」


 安堵の吐息を溢した時、雪奈が身体を起こそうとした。

 慌てて背中を支えてやる。


「無理するなよ。階段から落ちたんだから」

「……かい、だん……?」


 かすれた声で俺の言葉を反芻すると、瞼をしきりにぱちくりと瞬かせる。

 まだ寝ぼけているのか?


 ゆっくりと、怜悧な双眸が俺を映した。


 ――その瞬間、パッ、と火花が散るみたいに表情が明るく輝いた。


翔馬しょうまッ!」


 弾けたように雪奈の身体が俺へと飛び掛かってくる。

 避けることができず、その身体に顔が包み込まれてしまった。


「んぐっ⁉」

「翔馬! やった……会いたかったよぉ……」

「ま、待て待て! どうしたんだよ雪奈! というか、その喋り方は……」

「どうしたって、何が?」


 身体を離した雪奈が、首を傾げていた。


 何かがおかしい。

 見た目は雪奈なのに、まるで中身が違うかのように……。


 雪奈は眉尻を下げると、艶やかな唇を開いた。



「――私、綾音だよ?」



 静かな保健室に、跳ね上がった鼓動の音が響く。

 いや、響いているのは俺の体の中だ。

 乾いた口を舐め、ようやく言葉を発することができた。


「お、お前、何寝ぼけてるんだよ……お前は雪奈だろ!」

「翔馬こそ、どうしたの? 私の顔を見れば、綾音だって分かるでしょ?」


 雪奈は眉根をひそめさせながら言った。

 どうやら、真剣らしい。


 ――頭を打っておかしくなったか?


 不安になりながら、スマホで雪奈の顔を撮った。


「わっ! いきなり写真撮るなんて……」

「ほら、これを見ろ!」


 スマホを差し出すと、雪奈は目を丸くした。


「あれ? どうして雪奈ちゃんが……って、本当に私、雪奈ちゃんなの⁉」

「だから、そう言ってるだろ!」


 記憶が混濁しているのか?

 頭を強く打って、自分が綾音だと思い込むようになったとか?


 困惑する俺の前で、綾音は顎に手をやって何か考え込んでいた。

 やがて、一つ頷いてからぼそりと呟く。


「そっか……私、転生したんだね」

「は、はぁ⁉」

「ホントなんだってば!」


 雪奈(?)は不満そうに頬を膨らませた。


「私ね、死んだこと覚えてるの。それで、女神様とか自称してるイタい人に会ったんだよ!」

「そんなバカな……」

「私だって信じられないよ。でも、こうして私は目を覚ましたでしょ。雪奈ちゃんの身体になってるし、本当に転生したみたい」

「そっかそっか……病院ってまだ空いてるかな。救急なら対応してくれるか……」

「ちょっとくらい信じてくれてもよくない⁉」

「信じられるわけねぇだろ⁉」


 ただ、この喋り方も態度も綾音そのものだ。

 綾音はいつも天真爛漫で、常に笑顔を振りまいているような子だった。

 たまに頑固になったりするけど、意思が強くて自分を曲げないところは素直に尊敬できるところでもある。


 そんな性格は、雪奈とは真逆だ。

 こうして接してみれば、確かに雪奈を相手しているという感じじゃないけど……。


「そこまで疑うなら、テストしてみようよテスト!」

「テスト?」

「私と翔馬しか知らないことを答えるの。例えば……翔馬が私に告白した時の台詞とか?」

「何を言うつもりだ⁉」

「えっとね~、確か『お前の人生のすべては俺の物だ!』だっけ?」

「誰だよ、そのキザ男! そんなこと言ってねぇよ!」

「じゃあ、答えは何?」

「『一生綾音のことを大事にするから付き合ってくれ』……って、何言わせるんだ!」

「えへへ~! またその告白の台詞聞いちゃったぁ~」

「お前、自分が綾音だって証明する気あるの⁉」


 雪奈(?)はひいひいと喘ぐほど笑っていた。

 俺をからかいたいだけじゃないよな、コイツ!


「ああ、もうマジで分からん……。雪奈みたいな性格じゃないし、でも身体は雪奈だし……」

「じゃあ、翔馬の方から質問してみてよ? ほらほら、何でも答えるよ?」


 俺から質問か……。

 俺と綾音の二人しか知らない秘密ってあったっけかな?


 俺と綾音と雪奈は、いつも一緒にいることが多かった。

 俺の知らないところで、綾音が俺の秘密を話していたらしい。

 雪奈が絶対に知らない秘密なんて、そうそうないはずだけど……。


「……あっ、そうだ。一つだけ確認する方法があったわ」

「え? なになに~?」


 雪奈(?)が興味津々に身体を前のめりにさせながら訊ねてきた。

 俺は彼女に向き直ると、目を合わせてこうお願いした。


「ちょっと下ネタ言ってくれない? エグめの」

「うんうんわかった……って、言うわけないじゃん⁉」

「お前、本当に綾音だったんだな!」

「雪奈ちゃんの判定方法それ下ネタでいいの⁉」



 結論、俺の元カノが妹に転生したらしい。



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