2年前に死んだ元カノの幼馴染みがクールダメ人間な妹に転生したら修羅場が始まった

青葉黎#あおば れい

第1話 クールで優等生な妹がダメ人間すぎる

「兄さん、今日は一緒に帰りましょう」


 放課後、校門まで出てくると妹の雪奈ゆきなが待っていた。


 名が表すように、新雪を思わせるような白い髪が特徴な少女だ。

 身長は俺の肩までしかなく、同級生と並んでもその小柄さが目立つ。

 こちらを見上げる双眸も凛として、どこか知的な印象を与える。


 雪奈は学校一の美少女とも呼ばれている。

 校門を横切る生徒も、彼女の姿に自然と目が引かれているようだ。


 注目が集まるのは少し恥ずかしい。

 雪奈は気にしていない様子だったが、俺は頷くと彼女を伴って歩き出した。


「ずっと待ってたのか?」

「もちろんです。私が兄さん以外を待つはずがないでしょう?」

「友達、いないもんな」

「そ、そういう話をしてるわけじゃありません……」


 つい、と目を逸らして話す雪奈。

 少し照れたような表情の雪奈に、同じ道を歩いていた女子生徒らが遠巻きに顔を赤くしているのが見えた。


「雪奈さん……あんな顔するんだ……」

「学年一位のあの優等生の雪奈さんが、男子相手に……」

「てか、隣の誰?」

「あれだよ、あれ! 雪奈さんのお兄さんの真白ましろ翔馬しょうま先輩!」

「えぇ~、全然似てなーい!」


 似てなくて悪かったな!

 どうせ、俺はモブ顔だよ!


 髪は伸ばしっぱなしだし、私服もダサいといつも言われている。

 雪奈みたいなカリスマ的なオーラももっておらず、まさに陰キャと呼ぶにふさわしいのを自覚している。


 特徴があるとすれば、首から提げたネックレスだ。

 ネックレスの先には小瓶が付いており、中には白い塊が入っている。

 ただ、それもファッションと呼ぶにはあまりにも地味な代物だった。


 ため息を溢すと、隣で雪奈がむっと唇を尖らせていることに気づいた。


「あの人たち、ロクな死に方しませんね」

「そういうこと言うのはやめとこうな⁉」


 幸い、女子生徒らにはこちらの声が聞こえなかったみたいだ。

 その後も何やら話しているみたいだったが、俺たちは無視して歩き続けた。


「けど、あの人超いい人らしいよ」

「あんまそういう風には見えなかったけど……」

「マジなんだって。ええと、確かね……」


――あの人に頼みごとをすれば、何でもやってもらえるらしいよ。



***



 帰宅した。

 「ただいま~」と言って玄関を開けても、家の中には誰もいない。


 両親は海外で仕事をしている。

 もう何年も帰ってきていない。

 子どもの世話よりも仕事が優先、というような親なのだ。

 だから、この家では雪奈と二人暮らししているようなものだった。


 土間で靴を脱いで廊下に上がろうとすると、後ろから雪奈が服の裾を掴んできた。


「兄さん……大変です」


 ふと、振り返る。

 視線の先では、雪奈が廊下にべたぁ~……と倒れ込んでいた。


 またかよ。


 呆れの視線で見下ろせば、雪奈はゴロンと仰向けになりこちらを見上げた。

 両腕を伸ばすと、無表情のまま疲れ切った声を発した。


「兄さん、だっこぉ」

「さっきまで普通に歩いてたよな⁉」

「さっきはさっきですよぉ……人前だから、仕方なく歩いてあげただけですぅ」


 雪奈は悪びれもなく、そう話して腕を伸ばし続ける。


「ほら、早くしてください。そろそろ腕が疲れてきました」

「ああ、もう仕方ないな……」


 呆れながらも腕を引っ張り、身体を起こす。

 雪奈は俺の力に釣られるようにして立ち上がると、身体をこちらにもたれかけさせて抱き着いてきた。


「お、おい……」

「すんすん……兄さんの汗のにおいがします……」

「どさくさに紛れて臭いを嗅ぐな、変態!」

「いいじゃないですかぁ。兄さんも私の匂いを嗅いでいいですよ? ほら、どこを嗅ぎたいですか? 脇ですか? やだぁ、兄さんの方こそド変態じゃないですかぁ~」

「お前が勝手に妄想してるだけだよな⁉」


 しかも淡々と言ってくるから反応に困る。

 少しは恥じらえよ⁉


「だったら、兄さんにご褒美を上げますよ。あ、ご褒美じゃなくてご奉仕の方がよかったですか? その股にぶら下がったキノコから分泌した液を私にかけたいとかご所望でしょうか。やだ、兄さんってばやっぱ変態ですね」

「だから、その唐突に来るエグい下ネタは何だよ⁉」


 これでも学年一位の才女とか呼ばれてるんだぞ!


 家族だからこそ知ることのできる一面だが、できれば家族相手に下ネタを振ってこないでほしい。どう処理すればいいか分からないから!


「別にいいじゃないですか。他の人にはこんなこと言いませんよ」

「むしろ言われると困る。俺まで外を歩けなくなりそうだし」

「でしょ~? だから、これは兄さんと私の信頼の証です」


 信頼の証がダイナマイトの形してるんだけど⁉

 外でバレたら爆発して俺の信頼まで木っ端みじんにされるぞ!


 雪奈は笑うこともなく、俺の胸に顔を埋めてきた。

 兄妹といえど、この距離は近すぎる。

 というか、さっきから雪奈の柔らかい双丘が当たってくる……。

 身体が小さいくせに、そこだけは爆弾級に成長してるんだよな。


「てか、そろそろ離れてくれないか……」

「兄さんが私をリビングまで運んでくれたらいいだけですよ」


 雪奈は俺の首にしがみ付いたまま、全体重を預けてきた。

 おっも……。


「いま重いとか思いましたよね? それなら、私の胸を絞って小さくしてみます?」

「ちょっともう……お前黙ってくれ……」

「もがもが……」


 雪奈の口を押さえて、俺は彼女をリビングのソファーへと運んだ。

 傍から見れば誘拐犯だな……。


 ソファーに寝転がらせるが、雪奈は服の袖を掴んだままだった。


「そろそろ放してくれって……」

「おやすみのちゅーがまだです」

「やらねぇよ」


 小さな頭にチョップを喰らわせる。

 頭を両手で押さえると、雪奈は不満げな声を上げた。


「えぇ……どうしてダメなんですかぁ?」

「兄妹ですることじゃないだろ」


 実兄と実妹。

 その関係で、キスなんてするはずがない。


 だが、雪奈は引き下がろうとしなかった。


「別にいいじゃないですか――私たち、付き合っているんですから」

「…………」


 その言葉は正しい。


 俺たちは兄妹であると同時に、恋人同士だった。

 もちろん、これは親や学校の誰にも話したことのない秘密。


 雪奈は冷たい目を俺へと向けてくる。


「私たちが付き合って二年……なのに、兄さんは全く私に手を出してくれません。これはどういうつもりですか?」

「いや、だって……兄妹ですることじゃないだろ」

「……ま、そうですよね」


 するりと、服の袖を掴んでいた雪奈の手が離れる。

 雪奈はソファーの上で身体を転がすと、背もたれへと身体を向けた。


「どうせ……私は兄さんにとっては二番目ですもんね」


 正解。

 心の中で、呟く。


「私って、どうやっても一番にはなれないですもんね。じゃあ、いいですよ別に……」


 拗ねたように話す雪奈へと俺は近づき、白い頭を撫でた。


「そう拗ねるなって。二番目なのは確かだけど、同じくらいに雪奈のことも大事だから」

「だったら、ちゅーくらいしてくれたっていいじゃないですか。子供ができるわけじゃないんですし」


 ソファーに寝ころんだままわがままを言う雪奈。

 ため息を溢した俺は、その頬へと口を寄せた。


「っ!」

「……とりあえず、今はこれくらいで勘弁してくれ……」


 顔を放して立ち上がると、雪奈はソファーの座面に顔を埋めた。


「ん“~! ん”ぅぅ~~ッ‼」


 髪の隙間から真っ赤になった耳を覗かせながら、雪奈は悶絶して足をバタバタさせていた。攻められるのには弱いらしい。


 その反応に苦笑しながら、俺は自室へ戻るためにリビングを出た。

 自室のある二階へ向けて階段をのぼると、廊下の窓から夕日に染まる空が見えた。


 白い雲を見上げながら、ふと考える。

 俺が一番大事だと思っている『彼女』は、あの向こうにいるのだろうかと。



 『彼女』の名前は一ノ瀬綾音いちのせあやね



 それは、付き合ってたった二週間で死んでしまった、俺の幼馴染みの名前だ。

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