番外編1.グレタとスウェル
「ダーリン、おはよう~~! 今日も格好良くて素敵ね!」
「グレタ、おっはよ~~う!! 君こそ可愛くて美しくて最高だよ!」
その日、明るい挨拶の声がランプス邸に響き渡っていた。
しっかりと抱き合うスウェルとグレタは、啄むようにちゅっちゅしている。朝っぱらからものすごいいちゃつきぶりである。
紅茶に溶けるミルクをのんびりとかき回していたセシリーは、ややうんざりした顔でそんな二人をちらりと見る。
幼い頃は人目も憚らずいちゃつく二人に憧れていたものだが、再会してからこう毎日毎日抱き合う姿を見ていれば、こんな反応にもなるだろう。七年前より、すっかりスウェルは肥えてしまったが……グレタには幻滅している様子もなかった。むしろ大きなお腹を、可愛い可愛いと言いながらつついているくらいだ。
「今日もラブラブねー。お父様、お母様」
「そりゃあ、僕はグレタを愛しているからね」
セシリーは呆れているというのに、ふふふ、とスウェルは嬉しそうだ。
「あらっ。もしかして羨ましいのセシリー?」
「ふんっ。私のジークだってまったく負けてないわ!」
グレタの挑発に乗りまくるセシリーだったが……その顔が、ぽっと赤くなる。
恥ずかしそうにもじもじしたセシリーは、手にしていたカトラリーを震えながらカップの上におく。
「ま、負けてないんだから……」
「まぁまぁこの子ったら。何を思い出したのかしら?」
にんまりとするグレタ。からかわれていると分かっていても、セシリーはまともな反応が返せない。
そんな親子のやり取りに、使用人たちがくすりと笑う。雰囲気が明るく笑顔に満ちている。昔のランプス邸が戻ってきたかのようだった。
――グレタが帰ってきた日、スウェルはそりゃもう大喜びだった。
涙と鼻水でぐずぐずになりながら喜び、グレタを抱きしめる。さすがにグレタはばつが悪そうだったが、キチンと隠さずに説明もしていた。
七年間、宴会に出ていて帰るのを忘れていたのだと告げられたスウェルはといえば、特に怒らなかった。
ただ、グレタが無事に戻ってきて良かったと心からの笑顔で言う。見守っていたセシリーもジーンとしてしまった。
グレタを信じているからこそ、そんな風に言えるのだろう。数十年ぶりに父を格好良いと思ってしまったくらいだ。
帰ってきてからは、二人はそれこそ付き合い始めたカップルのようにひっついている。
その様子を見るたび、これよこれと思うセシリーである。セシリーが年端もいかぬ子どもだった頃から、両親はこんな感じだったのだ。なんだか昔が懐かしく感じられる。まだ見ぬ白馬の王子様を夢見るばかりだった自分は、今や遠いのだった。本当の愛を知ってしまった今となっては……ぽぽ。
「そういえばお父様って、惚れ薬を飲まされていること知ってたんですって?」
「ああ。当時、すぐにグレタが教えてくれたからね」
スウェルがにこやかに頷く。
そう、グレタは自分が魔女であることや、惚れ薬の存在について、とっくの昔にスウェルに明かしていたらしい。自分がいろいろと気を回したのはなんだったか、と思わないでもないセシリーだが、それならそれで気に掛かることがあった。
「でもお母様が昔言ってたわ。お父様は他の女の人のお尻を追いかけてたんだけど、無理やり惚れ薬でモノにしたって……」
「グレタ、そんなことセシリーに話したの?」
スウェルがぎょっとしている。幼かったセシリーに話すようなことではないと思っているのだろう。何を隠そう、セシリーも同意見である。あのあと、どれほど魘されて苦しんだことか……。
「いやぁ、そもそもそれ、誤解なんだよね」
「誤解? どういうこと?」
「パパはね、実家で飼っている犬……キャンディーのお世話をしていただけで、キャンディーを女性として意識していたわけじゃないから」
「……犬!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げるセシリー。
「お母様! 犬にやきもち焼いてお父様に薬を飲ませたのっ?」
「だって恋愛に種族も何もないじゃない? 当時のダーリンは本気に見えたし」
ぶつぶつと文句を言うグレタの顔は赤い。珍しい表情である。若い頃の自分を少しは恥じているようだ。
のほほんとしてスウェルが続ける。
「惚れ薬の効果が切れてからも、僕はグレタのことが大好きでね。今思えば、もともと近所に住んでいる彼女のことが好きだったのかも。周りからは魔女だって呼ばれながら、いろんな薬を作ってがんばるグレタは、僕の目には輝いて見えていたんだよ。仲良くないおばあちゃんの病気を治しちゃったりして、素敵だったんだから!」
「へぇ……」
いつの間にかノロケに変わっているが、二人が出会った頃の話は新鮮で、セシリーはドキドキしながら聞いていた。
だがそれを思うと、ますます不思議なことがある。嬉しそうに語り続けるスウェルにバレないよう、すすっと移動したセシリーは、グレタにこっそりと訊ねた。
「ねぇ。お母様って、本当に宴会が楽しくてお父様のこと忘れてたの?」
スウェルがグレタを愛するように――もしかしたらそれ以上に、グレタはスウェルを必要としているように思える。
そんなグレタが、宴会に夢中になったからといって、七年もスウェルのことを失念するとは、どうしてもセシリーには思えないのだ。
するとグレタは口元にうっすらとした笑みを浮かべて。
「……セシリーはスウェルの血が強いから、問題ないだろうけど……純血の魔女の寿命は長いのよ」
「……え?」
「でもわたくしは、人間であるスウェルと同じだけ生きたいの。魔女っていうのは昔から、欲張りな女のことをそう呼ぶのよ」
それ以上、グレタは話す気がないようだった。
(でも……そのために、お母様が七年も留守にしていたのだとしたら)
グレタは本当は、宴会などに参加していたわけではない。
きっと彼女は探していたのだ。
それがどんな代物なのか、セシリーには分からないが……愛する人と同じように時間を刻む道具か薬を、必死に見つけようとしている。
今もグレタは、優しい目でスウェルを眺めるグレタは、その夢を諦めていないように見えて。
(それって、すっっごく――――愛だわ)
両親の恋に、セシリーはきゅんとしてしまうのだった。
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