第29話.解毒薬、作れん
「やばいわ……これはやばいわ……」
セシリーは大変やばかった。
どんなにやばくとも食事・睡眠・運動の時間はキチンと取るセシリーは、特にやつれたりはしていなかったが、追い詰められているのは事実である。
「解毒薬の作り方、ぜんぜん分からないわ!!」
――ぜんぜん分からん!!
セシリー、渾身の叫びである。
だが、それも当たり前のことだった。
セシリーは魔女の自覚などなく生きてきた少女だし、魔女の血を継ぐと言われても、魔女ならではの不可思議な魔法やら調合なんかもさっぱりやったことがないのだ。
これでいろんなレシピを見て、ちょちょいのちょいで解毒薬なんざ作れた暁には、セシリーは天才を超える天才であろう。
が、残念ながら、別にセシリーは天才ではない。
ちょっと夢見がちなだけの、どこにでも居る子爵令嬢である。
レシピの数々を見ても、何をどうすればいいかなんてさっぱり分からない。存在しない惚れ薬の解毒薬のレシピを自分で書いてみるなんて離れ業、できそうもなかった。
「今思えば、うまく惚れ薬ができたのも奇跡じゃない……!?」
だいぶ材料は誤魔化したのに、よく成功したものだ。そう今さらながらセシリーは驚いてしまう。
だが、なんとしてでも探さねばならない。もう何日も探しまくったグレタの私室を、セシリーは漁りまくる。
何か隠し棚や扉があって、そこにレシピが隠されているのではないか、といろいろなところに触れたり踏んだり、試してみてはいるけれど、今のところそれらしきものは見つからない。
あのグレタであれば、そういったものを仕込んでいてもおかしくはないと思うのだが……。
(もうっ、惚れ薬のレシピを渡してくるくらいなら、解毒薬のほうもセットにしといてよぉ!)
セシリーがイライラしているそのときである。
「セ、セシリー。ちょっといい?」
「お、お父様!」
部屋の外から声がして、ぎくりとする。
机の上に出していたレシピ集を、セシリーは大慌てで本棚に仕舞う。
スウェルは妻であるグレタが魔女だったことも、自分が彼女の惚れ薬に操られて結婚したことも知らないと思われる。そんなスウェルに、レシピを見せていいはずもない。
下手な口笛を吹いてセシリーが待っていると、スウェルが恐る恐るドアを開ける。
セシリーが何やら怪しい動きをしているのには気がついているだろうスウェルだが、今のところ何か口出ししてくることはない。ぽやぽやした外見のスウェルは、実際はごく稀に気遣いができる人なのだ。
「ごめんよ、なんだか忙しそうなのに……実はまたジーク殿が、家の前まで来てるんだ」
「私は風邪よ、お父様。ジークに伝染しちゃいけないわ」
セシリーは堂々と嘘を吐いた。
もちろんセシリーだって心苦しい。本当はジークに焦がれる気持ちで胸が押しつぶされそうだ。
(でも、もし一目でも会ってしまったら……)
間違いなく、確実に、セシリーはまたジークにきゅんきゅんさせられてしまう。
ハートを揺さぶられ、堪らない気持ちにさせられて、ただ彼と一緒に居たいと思ってしまう。
(決意を揺らがせたくないのよ! 分かってジーク、あなたのためなんだから!)
前回はこれで納得し、ジークを説得しに向かってくれたスウェルなのに、なぜか今回はまごまごしている。
「どうしたの? お父様? ジークが待ってるんじゃないの?」
「……セシリー。僕の話を落ち着いて聞いてくれるかい?」
スウェルの肉厚な両手が、セシリーの肩におかれる。
セシリーはきょとんとしてしまった。
「何言ってるのよ。私はいつでも落ち着いているじゃない」
「……そうだね。えっ、そうかな?」
あまりの疑わしさにスウェルは首を捻っている。
「そうよ。で、早く言ってちょうだい。どうかしたの?」
「わ、分かったよ。言うよ」
スウェルが躊躇いつつも口を開き直す。
「それが聖空騎士団に出動命令が出て……ジーク殿は、明日の早朝には北の山脈に向かうそうなんだ」
「…………え?」
思いがけないスウェルの言葉に、セシリーは絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます