第25話.王女にお悩み相談する
「はぁ……」
セシリーは大きな溜め息を吐いていた。
場所はシャルロッテの住む白亜の宮殿。最近おなじみになりつつある場所だ。
王城と見紛うほど豪奢な建物に見合わぬ溜め息が、現在垂れ流しになっている。
「はぁ~あぁ~」
あまりにこれ見よがしな溜め息を吐くセシリーを、シャルロッテは胡乱げに眺めている。
「あなた忙しい人ね。昨日はあんなに元気そうだったのに、今じゃ病人の顔色をしてるわ」
思い悩んだセシリーは、王女シャルロッテのもとを自ら訪れていた。
こと恋愛に関して、スウェルが相談相手に相応しいはずもない。そうなると思いついたのがシャルロッテしか居なかったのだ。
いや、ぶっちゃけシャルロッテに恋愛指南してもらえる気もしないので、たんに家に閉じこもっているのも億劫だったと言い換えられよう。
セシリーは友人の多いほうだが、そのほとんどはすでに結婚している。
そしてすでに嫁いだ彼女たちに連絡を取ろうとは思えなかった。というのも彼女たちは未婚であるセシリーよりずっと、社交界での付き合いに忙しいのだ。
社交界の季節は秋。あと数か月先ではあるけれど、サロンでの交流、各貴族邸でのお茶会などはいくらでも催されている。嫁いだ家での振る舞い、夫の家族との付き合い、他貴族とのやり取り……そういったものに神経をすり減らす友人たちに、恋のお悩み相談などできるはずもなかった。
「……シャルロッテ様。ローラって人のこと、知ってます?」
と訊きつつ、半ばダメ元である。
昨日、ジークとお昼寝タイムを過ごしていたところ、彼は「ローラ」という名前を寝言で口にした。
どう考えても女の名前である。セシリーはあまりにショックで、しばらくそのまま放心状態で白目をむいていたのだが、そんな中アルフォンスが休憩の終わりを告げに戻ってきた。
目覚めたジークはいつも通り優しかったけれど――セシリーは、ローラという人物について訊くことができなかった。
どこか気まずいムードのまま家路についたが、あれからずっと悶々としていたのだ。
(ふつうに考えたら、恋人とかよね……)
だがジークに寄りつく女は居ないと、あんなに有名だったのに。
そもそも彼に恋人が居たなら、借金を肩代わりする代わりにセシリーと結婚するなんて話にはならないはずだ。
でもその人物について考えようとすると、どうしてもセシリーの胸はもやもやしてしまう。
「ローラ? ええ、知ってるけれど」
「そうですよね。まさか知っているわけ……えっ!」
紅茶のカップを落っことす勢いでセシリーはテーブルをバンと叩いた。
びっくりしたシャルロッテが目を丸くしている。可愛らしい王女相手に、セシリーは飛び掛かって問いかけたいほどの衝動をなんとか抑え込んだ。
「し、知ってるんですか!」
「え、ええ。話したことあるし」
――つまりローラとやらは、シャルロッテが見かけるくらいジークの傍に居る女ということか?
「あー! 分かった、あれですね!」
「あれって?」
急にはきはきと柏手を打つセシリーを、シャルロッテは怖々とした顔で見つめている。
「あれだあれだ。ローラさんは、ジークの姉妹とか親族とかなんですね!」
(よくあるある!)
そう、恋愛小説あるあるである!
彼に女の影がちらついた――そういうときはたいてい、実はその人物は姉か妹、あるいは母か従姉妹とかだったりする。
いや、従姉妹であれば結婚できるが……ようは、ジークにとって恋愛対象でなければ問題はない。
セシリーは胸を撫で下ろしかけたが。
「違うわよ」
が、シャルロッテは首を振る!
セシリーは絶句した。一気に悪い想像が頭の中を駆け巡る。
だがセシリーは諦めない。ここで自分が諦めたら、試合は終了なのだ。必死に頭を回転させる。
「……じゃあ、あれだ。飼っている犬とか猫の名前!」
「いいえ。ローラは人間よ」
「熟女!」
「いいえ。ローラは年頃よ」
「アルフォンス様の姉妹!」
「いいえ。ローラはアルフォンスの下半身の姉妹じゃないわよ」
(ああ…………っ)
セシリーはショックのあまりその場にふらふらと倒れた。
「ちょ、ちょっと。セシリー、大丈夫?」
声をかけられても立ち上がれない。
それではもう、ほとんど間違いなく、ローラはジークと恋仲ではないか。
(恐れていた事態が、起こってしまった…………)
惚れ薬によって歪められてしまった、ジークの運命。
彼が結ばれるべきだった、本当の恋人の少女――そんな人物が、現れてしまったのだ。
「そういえば今日、ローラが顔を見せるってジークの下半身に聞いた気がするわ」
セシリーはぱっと顔を上げ、シャルロッテのドレスの裾にしがみついた。
「い、一緒に行きましょう。ひとりで行くのは怖いです」
「いやよ! なんでわたしが!」
「友達じゃないですか!」
「え!!」
――ともだち!?
雑に繰り出したセシリーの戯言だったが、その言葉はシャルロッテの胸に突き刺さる。
今まで過保護に育てられてきたシャルロッテには、友達と呼べるような近しい存在は居ない。
下半身はみな下半身だし、侍女はしょせん侍女なのだ。高貴な生まれであるシャルロッテは、他者と一線を引くことを余儀なくされてきた。
そんなシャルロッテにとって、セシリーの言葉はこの上なく甘美であった。
平たく言うと、嬉しかったのである。その喜びが、下半身だらけの飛竜飼育地帯に向かう恐怖を一時的に遠ざけていた。
「し、し、しか……仕方ないわね。い、行ってあげなくもないわよ」
「シャルロッテ様ぁ……!」
ふんっ、とそっぽを向くシャルロッテの腰に、ぎゅっと抱きつくセシリーであった。
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