第21話.王女と茶会してた

 


(なんでこんなことになってるのかしら?)


 と思いつつ、バターをたっぷり使ったクッキーをセシリーはおいしそうに頬張っていた。


 場所は、三日前にもお世話になった王城の一角――王族の末の姫であるシャルロッテの住む白亜の宮殿。


 今日はジークに昼食の差し入れをする! という大きな目標を掲げ、早朝から調理に励んでいたセシリーなのだが、バスケットを手に王城に参じたところ、あれよあれよという間に彼女の侍女にここまで連れてこられてしまった。


 向かい側には、何やら言いたげに、しかし何も言わずにカップを口元に傾ける優雅な王女――シャルロッテの姿がある。

 用事がないなら別に帰っても良かったのかもしれないが、ここで出されるお茶やお菓子が家で出るものよりおいしすぎて、一度食べ始めたセシリーは帰るタイミングを逸していた。


「あの、シャルロッテ様。今日は何か御用でしょうか?」

「……、」


 セシリーがぼりぼりクッキーを食べながら問えば、ぴく、とシャルロッテが細い眉を動かす。

 いよいよ話す気になったのだろうか。シャルロッテは睨むようにしてセシリーを見てくる。


(睨んでくる顔も美少女だわ)


 セシリーはほのぼのしていた。


「あなた、……あの下半身と婚約してるのよね?」

「あの下半身って、どの下半身ですか?」


 世の中は下半身だらけだ。それだけでは誰のことか分からない。

 首を捻るセシリーに、シャルロッテが恥ずかしそうに咳払いをした。


「い、言わせないで。……聖空騎士団長の下半身よっ」


(ああ……)


 そういえばとセシリーが思い出すのは、数日前のスウェルとの会話だった。

 過保護な兄弟たちのせいで、シャルロッテは世の中の男のことをいろいろと誤解しているという。


(私が、橋渡しのお手伝いでもできればいいんだけどね……)


 主と護衛とは思えないほど、気まずげだったシャルロッテとジーク。

 あの様子では、男所帯の聖空騎士団には護衛するのも一苦労だろう。しかし橋渡しなんて難しいことが円滑にできるほど、セシリーは器用ではない。


 黙り込むセシリーに、シャルロッテが身を乗り出して訊いてくる。


「ねぇっ。婚約って、本当に大丈夫なの? 男というのは性欲の権化で、下劣極まりない生き物なのよ。あなた顔はわりとかわいいほうだし、危ないわよ」


 つまりシャルロッテは、知り合ったばかりのセシリーのことを心配してくれているようだ。ちょっとずれているところはあるが、優しい王女様である。

 わりと、は余計だが、顔面偏差値で頂上に輝くシャルロッテにそう評してもらった時点で、喜ぶべきかもしれなかった。


 はらはらした表情でシャルロッテが続ける。


「しかもね、男の人はみな狼なのですって。あなた、食べられちゃうわよ!」

「食べられたいんでしゅ♡」

「え?」

「なんでもないでしゅ」


(しまった。うっかり本音が出ちゃったわ)


 セシリーは自身の頬をつねり、平静さを取り戻す。


「シャルロッテ様。私――セシリー・ランプスは、ジークの下半身と婚約したわけではないんですよ」

「でも、男の人の脳みそと下半身は直結してるって、お兄様たちの下半身が言ってたわ」


 シャルロッテはぶるぶる震えている。

 セシリーは彼女の不安を取り除くつもりで、人差し指を立てた。


「でも、ジークのアレはすっごく長いじゃないですか!」


 壁際に控えていた侍女たちが揃って噴いた。


「えっ。……えええええっ!!?」


 あまりの問題発言に、シャルロッテはといえば飛び退って顔を真っ赤にしてしまう。


 そう――。

 恋愛小説にきゃーきゃーするセシリーだが、彼女の知識はキス止まりである!


 というのもセシリーの愛読書は、全年齢対象のもの。

 ハンサムなヒーローにちょーっとだけ服を乱されたり、後ろから抱きしめられたり、艶っぽいことを囁かれたり……ドキドキのシチュエーションがたくさん詰まってはいるが、そのすべては寸止めである。やや対象年齢が上のものでも、描写は朝チュンで済ませられている。


 ジークに「食べられたい♡」という果てなき願望を持つセシリーではあるが、実際に「食べる」というのが何を意味するのか、明確に理解できているわけではない。ちょっと深いキスのことなのかな、と夢見ている程度である。



 ――それに対して、王女シャルロッテの知識量は生半可なものではない。



 彼女の場合、幼い頃から勉学として閨房学を学び、性に関する知識を身につけている。

 実戦経験こそもちろん皆無だが、シャルロッテの耳年増っぷりはセシリーのそれを遥かに超越していた!


「そ、そんなに……な、なが、長いの?」


 というわけで、気になって気になって仕方がないシャルロッテは、真っ赤になりながらもセシリーに問わずにいられない。

 この問いに対しセシリーが思い浮かべるのは、ジークの大切な下半身……すなわち、彼の足であった。


「ええ。見ての通り、長くて大きいです」

「あ、あなた。みみみ見たのっ!?」

「そりゃあ、いつでもジークは出してますからね」

「いつでも出してるうぅっ?!」


 早くも気を失いそうになるシャルロッテ。


 シャルロッテにとって、ジークは顔が怖いし、態度もちょっと怖いし、身体も大きくて怖いし、怖い三連単の男なのだが、さすがに猥褻物を前面に出して行動するような男とは思っていなかったのだ。


 シャルロッテの中で、なけなしのジークへの好感度がものすごい勢いで下がっていく。株価もここまで急落した試しはないだろうというくらいにどん底である。


「あ、でもアルフォンス様でしたっけ。あの人も相当長いほうですよね」


 セシリーの朗らかな発言に、シャルロッテは顎が外れそうになった。


「ふ、副団長のまで見たの!? なんで!? いつ!?」

「いつって、数日前に知り合ったときに」

「知り合ってすぐに見せられたの?!」

「シャルロッテ様は見たことないんですか?」

「ああああるわけないでしょ馬鹿じゃないのっ!?」


 シャルロッテはもう涙目になって叫ぶしかない。

 しかし次から次へと卑猥な発言を繰り返すセシリーは、きょとんとしている。


「あ、でも、長さも大きさもジークのほうが勝ちですよ。筋肉質ですからね」

「あ、あ、あぅっ」

「シャルロッテ様は誤解してるんです。よく見れば良さが分かります。そうだ! 今日これから私と一緒に見に行き――」

「も、もうやだ。やめてええええっ!!」

「王女殿下!?」


 泣きながら走って逃げ出すシャルロッテ。

 それを追いかけていく侍女を、セシリーはぽかんとして見送ったのだった。




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