リヒテンシュタイン家 六

 敵軍に発見されてしまった我々は、急いで現場から動き始めた。


 オバちゃんエルフは飛行魔法を行使。


 少女や少女の乗っていた馬、その周りを囲んでいたお供の男たちもまとめて空に浮かべる。応じて矢の向かう先もまた、地上から空に移っていく。地上を見下げると、そこには数十名ばかり弓を構えた兵の姿があった。周囲には騎兵。


 敵軍の尖兵だ。


 これを眼下に眺めながら、我々は空を移動する。


 十分な高さを取って進めば、地上から放たれる矢は届かない。


 魔法については届くものもあったが、そちらは精霊殿の魔法、目に見えない壁が防いでくれた。おかげで我々はこれといって被害を出すことなく、界隈に駐屯する兵団の下まで移動することができた。


「エルフリーゼ、生きていたという報告は本当だったか……」


 数万という兵たちの先頭に立った男が、少女を目の当たりにして言った。


 どうやら彼女の知り合いのようだ。


「お兄様、どうしてこのようなことをするのですかっ!」


 少女の声が一帯に響く。


 彼女のお兄様ということは、もしかして相手は侯爵本人の予感。


 彼と彼が率いた一団へ接近するに応じて、矢と魔法は止まった。一際体格の大きい、真っ白な毛並みが印象的なお馬さん。これに跨ったお兄様の姿は、案の定というか、やっぱりというか、大変なイケメンである。


 短く刈り込まれた少女と同じ明るい色の金髪が印象的。


 自分も貴方みたいなイケメンに生まれたかったと声を大にして叫びたい。


「この国はもうおしまいだ。共に沈む訳にはいかん」


 お兄様は毅然として言った。


 腹に響くような低い声が、そのイケてる顔面と相まって迫力を感じさせる。カリスマってやつではなかろうか。めっちゃ羨ましい。同じ台詞をこちらのエルフが口にしても、ぷーくすくすと笑われるのがオチだろう。


 きぃ、苛立たしい。


「どうしてそのようなことが言えるのですかっ!?」


「オマエはまだ若い、知らぬことも多いだろう。それをこのような場所で講釈するつもりはない。せっかくこうして生き永らえたのだ、どこへとも行くがいい。共に付き添っている者たちが不憫である」


「嫌ですっ! 私はお父様とお母様が残した家を守りたいのですっ!」


「そのためにこそ、国から独立する必要があるのだ」


「っ……」


 侯爵も侯爵で色々と考えた末の独立宣言なのだろう。


 なんでも伯爵の手紙によれば、既に侯爵からの独立宣言は、この国の代表、つまり王様の下まで届けられた後だという。国の兵隊が出張りつつあるのも、こうした経緯を受けてのことらしい。わりと退っ引きならない状況ということだ。


「退かぬというのならば、このまま踏み潰すまでだ」


 リヒテンシュタイン侯爵の腕が頭上に上げられる。


 言葉通り、我々に構わず前進しようという算段だろう。


 当初の予定とは少しばかり違うけれど、この流れであれば、もうやっちゃって大丈夫なのではなかろうか。本家の娘さんが家を残したいと語ってみせたのだ、傍らに控えた我々の立場も、明確になっていることだろう。


「おい、まだ見てるのか?」


「精霊殿は彼女の面倒をお願いします」


「え? なんでだよ!」


「そういう約束だったじゃないですか」


「ぐっ……わ、わかったよっ!」


「ありがとうございます」


 少女の傍らに精霊殿を残して、オバちゃんは空に浮かび上がる。


 地上ではこちらの動きを受けて、敵兵たちの間で動揺が見られた。しかし、これといって矢や魔法が飛んでくる気配は見られない。きっと恐怖から逃げ出したとでも見られているのだろう。


「…………」


 地上にズラリと並んだ兵隊や、彼らの寝起きするテント。


 その隅から隅までを範囲に捕らえて、飛行魔法を行使である。兵団から少しばかり前に突き出して、我々と向かい合っている一団。侯爵らも忘れてはいけない。取りこぼしがないよう意識しつつ魔法を発動させる。


 すると直後に地上で変化が起こった。


 今まで元気に動き回っていた兵たちが一斉に地面に張り付いたのである。


 いつぞや洞窟で精霊殿を捕縛した時と同じ感じだ。


「な、なんだこれはっ!」


 そこかしこから悲鳴が上がり始める。


 侯爵の狼狽える声も聞こえてきた。


 魔法の影響が意識した区画全体に及んでいることを確認する。ちゃんと意図したとおりに機能しているようだ。これに満足したところで、再び地上に向かって急降下である。ポジションは先程と同じ少女の隣、リヒテンシュタイン侯爵の正面。


 オバちゃんが傍らに戻ったことを確認して、少女が声も短く言った。


「お兄様、これでもまだ続けるのですか?」


 魔法の出来栄えを目の当たりにしたことで、それはもう驚いた顔を晒していた彼女である。それでもこちらの戻りを確認して、自身の役割を思い出してくれた。おかげで我々は何を語ることもなく、部下ポジションに徹することができる。


「どうなっているっ!? か、身体が上がらぬっ……」


 リヒテンシュタイン侯爵の隣では、彼の乗っていた馬も同じように、地面に倒れて大変そうにしている。ぶるひひひ、ぶるひひひ、鼻息も荒く苦しそうにしているのが、ちょっと可愛そうな感じ。


 もちろん味方は範囲外。ピンピンしているぞ。


「魔法を解けっ! このままでは我が一族がっ……」


「安心して下さい。リヒテンシュタイン家は私が必ずや大成させて見せます」


「馬鹿を言えっ! オマエのような子供に何ができるっ!」


「…………」


 お兄様から叱られて、少女の顔が寂しそうになった。


 これといって反論はない。きっと彼の言葉通りなのだろう。素直なお子さんである。つい数日前まで、実家を追われて町でホームレスをしていた身の上を思えば、仕方がないことだと思う。彼女の言葉にはまるで根拠がない。


 しかしながら、その点については何ら問題ない。


 侯爵軍に変化があったことで、背後から援軍が姿を現したからだ。


「全軍、リヒテンシュタイン前侯爵の娘に続けぇいっ!」


 勇ましい掛け声と共に、人や馬の掛ける気配が届けられる。


 振り返ってみると、地平線の彼方から大量の兵が駆けてくる様子が見て取れた。先頭に立っているのはリヒテンシュタイン伯爵で間違いないだろう。どうやらこの度の争いに参加することを決めたようだ。


「なっ……」


 予期せず迫ってきた幾千という馬と人の並び。


 その様子を目の当たりにして、侯爵の表情は凍りついた。




◇ ◆ ◇




 戦況は一方的であった。何故ならば侯爵軍は碌に動けなかったから。


 伯爵の手勢は瞬く間に距離を詰めて、敵軍を一方的に拘束していった。武器を構えるまでもない戦場だ。地に倒れた侯爵の兵は碌に戦うこともなく、あれよあれよという間に拿捕されていった。人を縛る縄が足りないと、そこかしこで声が上がっている。


 数の上では十倍近い戦力差がありながら、使者ゼロの完封試合。


 ということで、エルフのオバちゃんはとても気分がいい。


「なんかつまらないな」


「そうですか? 私はとてもいい気分ですが」


「だって私は何もしてないっ!」


「貴方に任せたら、怪我をする人が沢山でてくるでしょう」


「別にそれくらいいいじゃん」


「侯爵の下についている人たちは、貴方が保護した娘の領地の人間でもあるのですから、わざわざ痛い思いをさせる必要もないでしょう。今回の騒動が終わったのなら、領民として働いてくれる労働力でもあるのです」


「ふぅん?」


 精霊殿はエルフの講釈をつまらなそうな表情で聞いている。


 要は暴れ足りないのだろう。


 一方で満面の笑みを浮かべているのが伯爵だ。


「まさかエルフ殿の魔法がこれほどとはおもわなんだ」


「全ては我らが神の力が賜物です」


 侯爵の引き連れた兵が無力であることを理解した彼は、その処理を部下に任せて、我々のもとまでやって来た。隣には精霊殿がゲットした少女の姿もある。二人並んでこちらに向き直っていらっしゃる。


「現神の使徒とは、これほどまでに強力なものなのか……」


 関心した様子で伯爵は語ってみせる。


 その言葉を耳にして、ふと思った。


 もしかしたら勇者様ご一行も、自分と同じように現神の使徒なのではなかろうか。自身が場末の神社でメルメロなる神様と出会い使徒となった一方、彼ら彼女らも何かしらの経緯があって、マリグナと呼ばれている神様の使徒となったのではと。


 精霊殿も女神の加護がどうのと、彼らに対して語っていた。


「これだけ圧倒的な戦力差を見せつければ、今後は相手も攻め入ることに躊躇するだろう。少なくともエルフ殿が用いた魔法がどういったものであるのか、対抗策もなく突っ込んでくることはなくなると思う」


「そのように願うばかりですね」


 彼の言う相手とは、侯爵の後ろにいる隣国を指してだろう。


 そうなってくれたら我々としてもありがたい限りだ。


 安心してお貴族様生活を営むことができる。


 そうこうしていると、リヒテンシュタイン伯爵のもとに兵たちがぞくぞくと集まってきた。その口から伝えられるのは、担当する区画の兵の捕縛や、近隣の捜索活動に対する完了の知らせである。


 作業は順調のようだ。


「この様子であれば、本日中にでも片付けられそうだ」


 伯爵の台詞にを受けて、我々もホッと一息だろうか。


 そうして気の抜けた表情をしたのが悪かったのかも知れない。


 次の瞬間、界隈に異変が生じた。


 今まで晴れ渡っていた空が、突如として曇り始めたのである。それも青空の下に浮かぶ白い雲とは一変して、まるで雷雨を思わせるどんよりとした雲である。というか、ゴロゴロと雷が鳴り始めていたりする。


 空の変化は数分と掛からず界隈を包み込んだ。


 ゲリラ豪雨も真っ青の早足である。


「なんだ、あの禍々しい雲はっ……」


 リヒテンシュタイン伯爵の言う通り、なんとも怪しい雰囲気を感じる。青空の只中、急に現れたのだから当然といえば当然だ。取り分け多くの雲があつまった中心部など、ぐるぐると渦を巻いている。


 そうこうしていると、一帯に人の声が響いた。


『我が名はマリグナ、人の守護者にして愛を司りし女神』


 人ではなかった。


 女神とのこと。


 しかも自分で愛とか言っちゃってる。


「っ……」


 精霊殿がビクリと全身を大きく震わせた。


 なかなか珍しい反応である。


「に、逃げるぞっ! あれはヤバイっ!」


 こちらのシャツの袖を両手で掴んで、グイグイと引っ張ってみせる。これまでにない焦りようである。いつだって自らの暴力を自慢して止まなかった彼女だから、一変しての逃走を主張する宣言にはこちらも驚いた。


 自ずとオバちゃんも焦る。


 強キャラっぽい登場の演出が、これに拍車をかける。


「マリグナというと、勇者様たちが信仰している女神ですね」


 我々の眺める先、とぐろを巻いた暗雲の中央に変化があった。


 その一点のみ雲が消えて、天上から地上に向かい陽の光が差し込んでくる。


 なんとも神々しい光景である。


 その輝きに流されるようにして、人を思わせるシルエットが空から下りてきた。


『この地で邪神メルメロの力を感じました』


 どうやら補足されてしまった予感。


 使徒が神様の従者ポジである点に鑑みれば、その上役である神様に、自身が敵うとは到底思えない。もしも相手が友好的でなかった場合、こちらのエルフに対する風当たりは最悪なものになるのではなかろうか。


 精霊殿の慌てっぷりも理解できようというもの。


「逃げましょうか」


「そうだ! それがいい!」


 地上では多数の人間が活動している。


 これに紛れて逃げ出すことは、決して不可能ではないだろう。


 などと考えていたのだけれど、駄目だった。


『……なにやら精霊の気配がありますね』


 空から降ってきた女神様に動きがあった。飛行魔法で身を飛ばしたかと思えば、一直線にこちらへ向かってくるではないか。その言葉が正しければ、精霊殿の存在に興味を持った様子である。


「精霊殿、ここは二手に分かれましょう」


「あっ、オ、オマエっ! ズルいぞっ!?」


「安心して下さい、相手は私を探しているので精霊殿は……」


 こちらの話し合いがまとまらないうちに、女神様は我々の頭上まで至っていた。地面から三、四メートルほどの空中に浮かんだその姿は、地上から眺めるとスカートの内側が丸見えである。最高のロケーションだ。黒のハイレグである。


『水の精霊とエルフ……では、ないですね?』


 女神様の鋭い眼差しが、ジッとオバちゃんエルフに向けられる。


 見た感じ二十代中頃と思しき女性だ。見た目は人と大差ない。真っ白なワンピースを着用している。年齢的に厳しいのではないかと思わないでもないが、見た目が美しい美女であるため何ら問題ない。オッパイも大きい。広めの襟から上乳が窺えている。


 髪は腰下まで伸びた正面中分けのブロンド。これが雲の合間から差し込んだ陽光に照らされてキラキラと輝く光景は、とても神々しく映る。女神なる肩書と相まって、神聖味を感じさせる出で立ちであった。


 こういう超人的な美女になってチヤホヤされるのも、悪くない気がしてきた。


「……どちら様ですか?」


『…………』


 ふわりと空から降り立った女神様が、オバちゃんの正面に立った。


 身の丈はこちらと大差ない。


『なるほど、エルフの姿に擬態しているのですね』


「なんのことですか?」


『貴方から邪神メルメロの気配を感じます』


「…………」


 良くない、これは良くないぞ。


 周囲からは何事だとばかり、居合わせた方々から注目が向けられている。すぐ近くにいたリヒテンシュタイン伯爵や、侯爵家の娘さんを筆頭にして、彼らに仕えている騎士や兵士など、二桁では済まない。お馬さんまでこっちを見ている。ぶるひひひん。


 目の前の女神様が、勇者様ご一行の信仰する神様だとすると、これほど不味い状況はないのではなかろうか。下手に会話を交わしては、即座に人類から爪弾きにされてしまいそうな恐ろしさを感じる。


『先程の力、おそらくは使徒としてのものでしょう』


「……メルメロをご存知ですか?」


『ええ、よく知っています』


「メルメロに何か用事でも?」


『あの者はやはり、こちらの世界に戻ってきているのですね』


「…………」


『あれだけダメージを受けながら、よくまあ再び次元を越えることができたものです。しかも僅か数百年とは恐ろしい。仮に戻ってくるとしても、あと二、三千年は掛かるものだとばかり考えていました』


 どういった理由があるのか知らないが、こちらの女神様は我らが神様の帰還を感知しているみたいだ。勇者様ご一行を調査に向かわせたのも、そうした背景があってのことだろうとは想像に難くない。


「女神様はリヒテンシュタイン侯爵と仲がよろしいのですか?」


『私は民の争いに関与することを好みません』


「それではすみませんが、今は取り込み中です。お話は後でこちらから伺いますので、退いていてはもらえませんか? どうやら貴方は我々人間の間では、それなりに名前の知られた存在のようです。場が混乱してしまいます」


『メルメロの目的は何ですか?』


「……さて、なんでしょう」


『既にこの世界の人間は私の勢力下にあります。それ以外にも少しずつではありますが、我々の手は及んでいます。この期に及んで、あの者を信仰するような者たちは、そう多くは現れないでしょう』


「なるほど」


 よく分からないけれど、今の物言いからすると、こちらの女神様もこの世界の生き物から信仰を集めているようだ。そんな彼女と我らが神様は、お互いに競い合っていた、というのが過去の経緯であるような気がする。


『……貴方はメルメロの使徒ですね?』


「だとしたら、何だというのですか?」


『念の為、この場で屠っておくとしましょう』


「っ……」


 女神様の腕が頭上に掲げられた。


 極めて魔法的なアクション。


 どういった魔法が飛んでくるのかは分からないけれど、まさかじっとしている訳にはいかない。近くには精霊殿を筆頭として、他に見知った面々の姿もある。特に精霊殿は非常に近しい位置に浮いている。


 オバちゃんは精霊殿を抱き上げると共に飛行魔法を行使。


 過去最高速で空に舞い上がった。


 すると今まさに自身が立っていた場所に、バシンと雷のようなものが落ちた。


 同時に右肩に激痛が走る。これまでの人生、碌に怪我らしい怪我もしてこなかったから、これがもう涙がでるほど痛い。椎間板ヘルニアの治療で打ってもらった神経根ブロック注射よりも遥かに痛い。


「お、おいっ! オマエ、肩がっ……」


「精霊殿、か、回復魔法を、回復魔法をお願いします……」


 チラリと眺めた先、肌が焼け焦げているのが目に入った。


 鼻先に漂っていた肉の焼ける匂いはこれだよ。


 お腹減ってきたんだけど。


「……そんなに痛いのか?」


「こんな凄い怪我、生まれて初めてですよ」


「え? 以外と安穏とした人生を送ってたんだな」


「そりゃそうですよ。魔法が使えるようになったのもつい最近のことです」


「そ、そうなのか?」


 間髪を容れずに精霊殿が回復魔法を使ってくれた。


 おかげで痛みは瞬く間に引いて、オバちゃんは元の落ち着きを取り戻す。


『……避けましたか』


 飛行魔法のおかげで、我々は地上数十メートルの地点。


 黒焦げた地面と、その周りで驚き固まっている面々の姿が眼下に映る。


 どうやら他の面々は無事のようだ。その事実にホッとため息を一つ。


「精霊殿、下の方々を連れてこの場から離れて下さい」


「あ、おいっ! オマエ一人で何ができっ……」


「彼女の狙いは私のようですから」


 精霊殿をリリースすると共に、飛行魔法を掛けて元いた場所まで送り返す。女神様と比較すると心許なく思えるけれど、それでも少女とリヒテンシュタイン伯爵くらいなら、きっと守ってくれるのではなかろうか。


『逃しませんよ』


 再び空に舞い上がった女神様が、こちらに向かってくる。


 やはり狙いは似非エルフのようだ。


 自身にできることは限られている。出し惜しみをしても仕方がないので、遠慮なく彼女に対して魔法を行使しよう。地面から浮かび上がった身体を、再び地上へ押し返すように飛行魔法を放った。


 同時にキィンと甲高い音が鳴り響く。


 女神様の迫る勢いが一瞬鈍る。


 姿勢が崩れる。


 しかし、すぐに元の体勢を取り戻した彼女は再加速。


『……どうやらメルメロは、そう多く使徒を作っていないようですね」


「お、おぉう」


 ほとんど効果がなかった。


 今の効果音はこちらの魔法を弾き飛ばした際の演出のようなものなのだろう。試しに二度三度と飛行魔法を連発してみる。しかし、キィンキィンと音が鳴るばかりで、相手の高度を下げるには至らない。


『面倒くさい真似をしてくれますね』


 女神様の腕がこちらに向けられた。


 ぐっと開かれた手の平に魔法陣が浮かび上がる。このままではいかんと再び身体を飛ばしたオバちゃんエルフ。間髪を容れずに、真っ白な輝きを帯びた矢のようなものが、魔法陣の中央から発せられて、マシンガンが如く撃ち放たれた。


 ドドドドドっていう感じで、それはもう大量だ。


「ちょっ……」


 慌てる。それはもう慌てる。


 大急ぎで飛び回って、迫る矢を避ける。しかし、避けたかと思った矢は、少しばかり進んだところで急制動。どうやらホーミング機能を有しているらしく、再びこちらに向かい突き進んでくる。


 そういうの困る。


「なんか、なんか盾になるものっ……」


 地上を見渡して、ふと思いついた。


 そこいらに見られる岩や樹木を、片っ端から飛行魔法で引き上げる。そして、宙を飛び回る光の矢に向けて、その進路を阻害するように配置した。すると矢は障害物に触れた途端、火薬でも爆ぜたように炸裂した。


 ズドン、ズドン、空のそこかしこで爆発が起こる。


『くっ……メルメロの使徒だけあって、いやらしい対応をしますね』


「貴方は彼女とどのような関係にあるのですか?」


 眉を潜める女神様に訪ねてみる。


 その間にも飛行魔法の操作は止めない。地上にあるあれやこれやを節操なく空に巻き上げていく。恐らく自身にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際と思われる。まさか遠慮などしてはいられない。


『彼女から聞いてはいないのですか?』


「我らが神の口から、貴方の名前を耳にすることはありませんでしたね」


『相変わらず舐め腐った女です……』


 苛立ちを見せた女神様。


 その手から放たれる矢が勢いを増した。


 凄まじい勢いで撃ち放たれていく魔法。空に浮かべたあれこれが、次々と撃ち落とされていく。進路を人のいない方向に取っている為、幸い地上での人的被害はほとんど出ずに済んでいる。と思う、たぶん。


『これならどうでしょう』


 女神様の正面、一際大きく魔法陣が光り輝いた。


 幾百という矢が撃ち出される。


 それは獲物に真っ直ぐ向かうのではなく、なんとこちらを取り囲むよう位置取り、空中に静止して見せた。当然、オバちゃんは包囲されてはなるまいと、岩やら樹木やらを矢に向けて投擲し続ける。


 しかし、光の矢は次から次へと供給される。


 やがては拾い上げる盾代わりのサムシングも尽きた。


『……観念しましたか?』


「…………」


 ニコリと穏やかな笑みを浮かべて、女神様が問うてくる。


 こちらの世界を訪れて一番のピンチだ。

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