布教 七
勇者様が出て行った後で、我々は改めて村長さんと会話の場を設けた。
そこで交わされる内容は、エルフの村と森の精霊殿との間に横たわっていた認識の相違である。ナチュラルに体育会系でアル中な精霊殿と、そんな彼女からの意見に、平身低頭の思いで答え続けていたエルフたち集落の実情について。
「それならそうって言ってくれればいいのにっ!」
「も、申し訳ありませんっ!」
勢いよく吠える精霊殿と、ひたすら謝るエルフの村の村長。
お酒が入っていないのにこの様子だと、酔っ払ったらどうなるのか。よくよく様子を窺ってみると、心なしか手元が震えているぞ、精霊殿。まさか早期離脱症状だろうか。だとすれば、こちらが想定している以上に容態は深刻だ。
弱者であるエルフたちにとっては、迷惑極まりない話だろう。そりゃ離婚届も提出したくなる。しかし、そうは言っても自分だってお酒は大好きだ。彼女の気持ちは分からないでもない。チヤホヤされながら飲む一杯が最高なんだ。
「精霊殿、そういうのがよろしくないのです」
「で、でもっ……」
詳しくは分からないけれど、両者の間には絶対的な力量差が横たわっているのだろう。未だ座布団の上で正座を続けているミノルたち。彼らの縮こまった姿を思えば、事情に疎い門外漢にも想像できる。
きっと精霊殿は、森の住民たちを圧倒する力を供えている。
「この里で暮らしているエルフの民にしてみれば、貴方は予期せず訪れた大風のようなものです。森の木々をへし折り、川を反乱させて、山の形さえをも変えてしまう。そんな恐ろしい存在として映るのです」
「仮にそうだとしても、嫌だったら嫌って言うだろ!?」
「それを言えないのが、弱い生き物なのです」
だから平社員は次々と辞めていくし、取締役は離職率が高い理由を把握できず、何故か中間管理職だけが活き活きと仕事をしている。そんなブラック企業がいっちょ上がりである。以前の勤め先のことを思い出して、ちょっと憂鬱な気分になった。
「あ、あの、一つお尋ねしたいことが……」
オバちゃんが精霊殿と言い合っていると、村長さんに動きが見られた。
申し訳なさそうな面持ちを浮かべて、ゆっくりと手を上げつつの発言である。
「なんでしょうか?」
「失礼ですが、そちらのミノタウロスたちは……」
多分、オバちゃんが精霊殿に対して、ああだこうだと説教じみたことを言い始めたからだろう。村長さんは話題を変えるようにミノルたちを見やる。彼女たちからすれば、後が恐ろしいのではなかろうか。
「彼らもまた我らが神を信仰する信徒です」
「え? そ、そうなのですか?」
本当かよ? みたいな眼差しで、改めてミノルを見つめる村長さん。
きっと他者への信仰とは縁遠い日々を生きてきたのだろう。その感覚は分からないでもない。短い付き合いではあるけれど、その日が良ければ全て良し、みたいな雰囲気をちらほらと感じるから。
「お、俺らのことは気にしないで欲しいっス」
「エルフの村長さん、いつぞやお袋の件はありあしたっ!」
「…………」
そういえば以前、グリフォンとの争いで怪我をした母親をエルフに治してもらった、みたいな話を彼らから聞いた覚えがある。その時に訪れた集落というのは、どうやらこちらの村であったようだ。
グリフォンとの一件でも感じたのだけれど、意外と社交性が高いよな。
なんかリア充っぽい感じがして、見ていてムカムカとしてしまうぞ。
苛立ちを抑える為にも、この場は精霊殿とのトークを優先である。
「森の精霊殿、話を戻しますが一つ確認させて下さい」
「な、なんだよ?」
「貴方はどのようにして、この者たちから信仰を得たのですか?」
当初は、精霊殿が一方的に押しかけているのかも、とも考えた。しかし、こうして話してみるとエルフたちも、少なからず彼女のことを敬って思われる。自ずと気になったのは本日を迎えるに至った経緯である。
すると彼女は割と素直に事情を説明してくれた。
「この村を襲っていたドラゴンを私が退治した」
「なるほど、ドラゴン退治ですか」
ドラゴンきた。ドラゴン。
どうやら存在しているっぽいぞ、ドラゴン。
ファンタジーの世界を訪れたのなら、一度は拝んでみたい。
「そんなに強い生き物なのですか?」
「私が倒したのは古い世代のドラゴンだから、まあ、そこそこだな」
「なるほど」
「でも、ここのエルフじゃ、少なくない怪我人が出ると思う」
「…………」
一口にドラゴンといっても、種類によって色々とあるようだ。
古い世代、とか接頭辞が付いているあたり、お強い感じがする。
「貴方が退治したドラゴンがどの程度のものか、私には分かりません。ですがたとえば、それが貴方にとって今しがたに訪れた勇者よりも強い者であったのなら、多少なりともエルフたちの怯えに理解が及ぶのではありませんか?」
「べ、別に負けてないからな? あれはアイツらが女神の加護を使って……」
「この場で改めて、我らが神の力を示した方がよろしいでしょうか?」
「っ……」
エルフたちから信仰を得るという下心満載のオバちゃんである。
彼らが恐れる森の精霊殿、その存在をだしにポイントを稼ぎまくり。
「理解していただけましたか?」
「……分かった」
「ありがとうございます。我らが神も喜んでおられますよ」
「オマエの言うことは分かった。だから、ちょっとは私の話も聞くべきだ」
「なんでしょうか? 精霊殿」
「そろそろ、お、お酒を呑みたい。今日はまだ、一杯も呑んでないから……」
「駄目です」
「そんなっ……!」
精霊殿の説得を終えたのなら、次はエルフたちへのフォローだ。
どちらかと言えば、こちらこそ本番である。
なんて面倒臭い。
我らが神様からは、自分と一緒に来ればチヤホヤされるから、とか説明を受けていた。それなのに本日まで、全然チヤホヤされていない気がする。それどころかこれじゃあ、森の精霊やエルフたちの尻拭いではないか。
「貴方たちも森の精霊殿が嫌いな訳ではないのですよね?」
「も、もちろんです。過去の恩義は今も皆が大切にしております」
「そういうことであれば、私から皆さんに提案があります」
森の精霊殿のアル中が一日や二日で治るとも思えない。これまで通り過ごしていては、きっと同じような問題が発生することだろう。染み付いてしまった習慣は、そう簡単に変えられない。彼女と同じアル中だからよく分かる。
なのでここはオバちゃんが間に入ろう。
「今後、森の精霊殿から貴方たちに話がある場合は、私がこれを伝えに参りましょう。また、貴方たちから森の精霊殿に話がある場合についても、私が向います。そうすればお互いに意思の疎通で苦労することはないでしょう」
「ですが……」
「それと併せて、彼女の飲酒量については私が管理したいと思います。お酒の製造が村の負担となるようなことがないよう、本人にはしっかりと言い聞かせます。飲みすぎて暴力を働くなどもっての外です」
「ちょ、ちょっと待てよっ! そんなの駄目だ! 許さないぞっ!?」
精霊殿から待ったの声が上がった。本日一番の悲鳴である。
おかげで気分は旦那の飲酒を管理する奥さんって感じ。
けれど、これを無視してオバちゃんは村長さんとやり取りを続ける。
「いかがですか? エルフの里の意向としましては」
「失礼ですが、貴方様はそれでよろしいのですか?」
「貴方たちエルフが、我らが神を信仰するというのであれば、ですが」
「そ、そういうことであれば、信仰いたします! どうか信仰させて下さいっ!」
「おいこらっ! ちょっと待てよっ!」
やったぞ、エルフの村長さんから承諾をゲット。
村の代表とのことだし、村人の総意と考えて申し分ないだろう。
精霊殿はギャーギャーと騒いでいるけれど。
「ところで一つ、ご確認をさせて頂きたいのですが……」
「なんですか?」
「先程のお話からすると、貴方様は精霊殿よりお強いのでしょうか?」
さて、どうだろう。
彼女とは一度も争った経験がないから、飛行魔法が効くのかどうかさえ定かでない。彼女を圧倒していた勇者様ご一行を圧倒した、という不等号の並びだけを思うと、対外的には強く映るのだろうけれど。
「身体能力や魔力を持ち出して、生き物の強さを測ることほど無粋な行いはありません。自らが信じるものに対して、どれだけ真摯に祈りを捧げることはできるか。その一点において私は生命の強さを感じます。故に私はこの世界において、最強に他なりません」
「お、おぉぉ……」
この場はハッタリで押し通すしかあるまい。
飛行魔法しか使えないとバレたら、何を言われるか分かったものじゃない。
◇ ◆ ◇
無事にエルフたちに信仰の約束を取り付けることができた。
そうしてやってきたお祈りタイム。
記念すべき一回目は、グリフォンたちの時と同様、皆で集まり行ってもらう運びとなった。集落で暮らしているエルフたちが、総出で村の広場にあつまり、羽付きオバちゃんのことを見つめている。
おかげでこれでもかと教祖っぽいポジションと風景。
「どうぞ、始めて下さい」
「は、はい、それでは祈りを捧げたく存じます」
広場の中央には、そこいらから拾ってきた木の箱。オバちゃんはその上に立ち、空を仰ぐように両手を上げている。その周りを囲んだエルフたちは、両膝を地面に突いている。きっと祈りのタイミングで頭を下げて下さるのだろう。
グリフォンたちの時よりも、強い信仰が期待できそうなシチュだ。
おかげで気分がいい。凄く気持ちいい。
毎日でもやって欲しい。
ちなみに森の精霊殿は祈りの輪の外から様子を眺めている。かなり不機嫌そうに見えるのは、きっと気の所為ではないだろう。これまで自分のことを崇めていたエルフたちを取られたのだから、当然といえば当然だ。
いいや、違うか。
朝起きてから一滴も、お酒が飲めていない事実が辛いのだと思う。
「皆の者、信仰心を新たに祈りを捧げるのだ!」
村長の老エルフが指示するのに応じて、エルフたちが頭を垂れる。
土下座っぽい対応が最高。
こういうのだよ。こういうのがいいんだよ。
やっぱり他人からチヤホヤされるって最高だな。
こんなに大勢の誰かから頭を下げられた経験なんて、過去に一度もない。人生初で初めての体験である。そして、きっと大半の人間はこういった景色を目の当たりにすることなく、粛々と死んでゆくのだ。
おかげで思う。
この先を見てみたい。さらなる世界のチヤホヤを。
「っ……」
おっと、そうこうしていると身体が暖かくなってきた。
全身が内側から熱せられていく感じ。
きたぞ、きたきた。
眩い輝きが全身を包むように発せられる。
この光が再び収まりを見せた時、我が肉体は晴れてエルフのそれを手に入れていることだろう。そう考えると胸の高鳴りを抑えきれない。大学受験の合格発表に臨んだ時だって、これほどドキドキはしなかった。
咄嗟に漏れかけたうめき声を飲み込んで、神々しい教祖のポーズを維持。
すると光り輝くオバちゃんの姿を目の当たりにして、祈りを上げていたエルフたちから声が上がった。おぉーっという感嘆が、これまた心地良く響く。思わず自撮りしてソーシャルメディアにアップロードしたい欲求に駆られる。
やがて光が収まるのに応じて、村長さんが声を上げた。
「教祖殿、そ、その姿はいったい……」
彼女は瞳を見開いてこちらを見つめている。
他のエルフたちも同様だ。
さて、我が身はちゃんとエルフの肉体を手に入れているだろうか。
「水の入った桶をお願いします」
「しょ、承知しましたっ」
事前に用意をお願いしていた桶が、足元まで運ばれてくる。
これをオバちゃんは意気揚々と覗き込む。
するとどうだろう、そこには紛れもなくエルフの顔が映っていた。
どこからどう見てもエルフだ。肌は人里で眺めた人間よりも白い。耳もピンと尖ったやつがちゃんと両側に付いている。髪の毛もブロンドとなり、更に瞳の色は澄んだ蒼色とあって、これ以上なくエルフって感じがする。
「…………」
ただし、その年頃は依然としてアラサー。
オバちゃんのままなのどうして。
「……私は我らが神の使徒、故に信徒たちの信仰心によって姿が変わるのです」
「なるほど、そうだったのですかっ! 知らず驚いてしまいました」
「驚かせてしまってすみません」
「滅相もありません! こちらこそ声を上げてしまい申し訳ありませんでした」
手の平でお腹の具合を窺うと、タプタプしたものが付いている。
第三のパイオツだ。
これ本当に邪魔。
いやしかし、悲観するばかりではない。顔立ちについては十分改善された。っていうか、かなり悪くない。エルフ準拠のコーカソイド仕様。他のエルフと比べて肉付きが良くて、尚且つ年をとっているからこそ見劣りするのだ。
ぶっちゃけ、痩せたら美人になりそうな雰囲気を感じる。
いわゆる美魔女ってやつ。
つまり確実に良い方向に進んでいる。
肉付きについては、ダイエットをすることで対応可能。数ヶ月ほど食事制限を行えば、少なくともお腹に付いた肉については消し去ることができるだろう。過去に半年で十キロほど落とした経験があるので、こちらは問題ない。
そうなると検討すべきは年齢的な部分となる。
アラサー美魔女も決して悪くはない。オッパイは大きめだし、お尻周りもどっしりとしている。これなら若返らずとも、それなりに需要を満たすことはできるだろう。腰の括れさえ確保できたのなら。
しかし、チヤホヤされるなら美少女。
どうしても美少女がいいのである。
元の世界であれば、きっと諦めていたことだろう。どだい若返りなど不可能である。しかしながら、こちらは剣と魔法のファンタジーな世界。そういった可能性も決してゼロではない、と思うだけの猶予が残されている。
だからこそオバちゃんは前向きな気持ちで、エルフたちに挨拶することができる。
「皆さん、ありがとうございます。こうして私の肉体が変化したということは、皆さんの祈りが我らが神に届いた証拠です。今後とも熱心な祈りを忘れないよう、どうぞよろしくお願いしますね」
「承知いたしました」
声を上げた村長さんが改めて頭を下げる。
他のエルフたちも彼女に倣う。
取り急ぎ、この場はこれにて決着だろうか。
グリフォンたちも約束を守ってくれているようで、背中には彼らとお揃の羽が生えている。おかげで他のエルフたちと比べて、ちょっとだけ神々しい感じがする。ネトゲのアクセサリーみたいな感じが、なかなか悪くない気がするぞ。
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