布教 四

 状況が決してしまえば、後は早かった。


 あれよあれよという間にミノタウロスの集落の村長は、グリフォンたちからボッコボッコにされていった。同じ集落の誰一人として、彼のことを助けようとしなかった。息子たちも侮蔑の視線を向けていた。


「これより本日分の祈りを捧げる。最初なので確認を願いたい」


 そうこうしていると、寝取られグリフォンが声を掛けてきた。


 どうやら村長への私刑が一段落したらしい。


 それとなく広場の様子を窺うと、その中ほどでグッタリとするミノタウロスの姿が目に入った。死んではいない。うめき声を上げながら、小刻みに震えている。その辺りはグリフォンたちと、ちゃんと約束していたのだ。


「それは素晴らしい行いです。ぜひ拝見させて下さい」


「分かった」


 しかし、わざわざフォームのチェックまで申し出てくるとは、なんて素敵な配慮なんだグリフォン。気分が盛り上がるのを感じる。本格的に教祖っていう感じがして、こちらもまた気分が大変よろしい。


 どこぞのミノタウロスの二名とは雲泥の差である。


「同胞たちよ、これよりニンゲンの神に祈りを捧げる」


 寝取られグリフォンが声高らかに宣言する。


 すると彼の指示に従って、広場に集まった十数頭からなるグリフォンたちが、一斉に頭を下げた。その先には自身の姿がある。これといって方角を指示しなかったので、取り急ぎオバちゃんのことを拝むと決めたのだろう。


 おかげで気分がいい。


 図体のデカいグリフォンたちから、一斉に頭を下げられるの気持ちいい。


 まるで自分の部下に召し抱えでもした気分だ。


「素晴らしい祈りですね。神も貴方たちの信仰心に喜んでおられま……」


 例によって神様の肩書を借りて、偉そうに講釈を垂れようとした瞬間である。


 不意にオバちゃんの肉体が輝き始めた。


「っ……」


 なんだこりゃ。


 まるで自分が大きな電球にでもなってしまったかのような反応だ。


 おかげでビビる。焦る。慌てる。


 ただ、下手に振る舞ってはグリフォンたちに悪影響が出そう。理由は知れないが、彼らの祈りを受けて教祖である自身が怯えたとあっては、名代の名折れである。せっかくゲットした信徒が離れていきかねない。


 そこでオバちゃんは悲鳴を堪えて、自身の動揺を押し殺す。


 すると今度は身体の内側から湧き上がる熱。


 いつぞや神様から力を与えられた時のように、肉体の内に温かいものを感じる。放っておいたら大変なことになるのではないかと気が気でない。ただ、今は兎にも角にも我慢して堪える。


 輝きと熱はそれから十数秒ほど続いた。


 しばらくして身体が元の静けさを取り戻す。


 直後、自身の正面で祈りを捧げていた寝取られグリフォンが声を上げた。


「ニンゲン、その背に生えた翼はどうしたことだ?」


「え?」


 予期せぬ呟きを受けて、咄嗟に自身の背を振り返る。


 バサリと何かが背中の皮膚を引きずる感覚。


 視界に映ったのは、シャツを破り突き出た二枚一組の翼だった。


「なっ……」


 これには驚いた。


 どうしてだよ。


 なんでオバちゃんの背中に翼が生えているの。


 しかも、そのデザインはどことなくだが、目の前に並んだグリフォンたちの翼に似ているような気がする。おかげで割と格好いい。ただ、本体がダサいから全体を一貫して評価すると、翼に引きずられて残念な感じ。


「……ニンゲン、オマエは翼人であったのか?」


「い、いいえ、私は人間です。紛れもなく人間ですよ」


 一瞬、驚きから声を上げそうになった。


 危ういところで寝取られグリフォンからの問い掛けに答える。


 どうやら翼人なる種族が存在しているようだ。


「ならば何故、その背に翼が生えた?」


「…………」


 彼からの問い掛けを受けて、ふと思い出したことがあった。


 それは神様から別れ際に聞かされた台詞だ。


『信仰を集めれば、いずれは貴様の望む姿となれよう』


 もしかしたら、これがその一端なのではなかろうか。自ずと脳裏に浮かんだのは、割とのっぴきならない神様の力の仔細。信仰を集めるという行為が、そっくりそのまま自身の外見に反映されるという、そんなまさかの出来事。


 色々と疑問は湧いて出る。


 突っ込みも一入。


 ただ、目の前の現実を否定することはできない。


 それとなくを装って繰り返しの確認。自身の背中に生えた翼と、グリフォンたちの背中に生えている翼とを見比べる。何度見ても、やっぱり似ている。そっくり。軽く力を込めてみたところ、ワキワキと自由に動いた。


「……どうやら、貴方たちの信仰は本物のようですね」


 こうなったら都合のいいように使うばかりだ。


 オバちゃんはやけくそ気味に語る。


「私は我らが神の信徒にして代弁者。信徒たちの祈りが我らが神の下まで届いたとき、その力の在り方が私の姿を導くのです。つまり、こうして私の背に生えた翼は、貴方たちの信仰心が本物である証といえましょう!」


 本当かどうかは分からない。


 ただ、この場を駕ぐ言い訳は必要だった。


「なるほど、ニンゲンの信仰する神は現神か」


「ええ、そうなのです」


 現神ってなんだろう。


 よく分からないけれど、とりあえず頷いておこう。


 教祖的に考えて、聞き返したらアウトな気がする。


「これより我々は、約束の期間にわたって祈りを捧げることにする」


「我らが神も貴方たちの信仰を心より楽しみにしておりますよ」


「わかった」


 ところで、ふと思った。


 もしも今し方の想定が正しかったとすれば、ミノタウロス二名の祈りは偽物であったということになる。いや、万が一にも彼らの信仰が本物であって、自身の顔面が牛面になるとか最悪だから、それはそれで良いことだったのだけれど、でもなんか複雑な気分。


「…………」


 チラリと彼らの様子を窺うと、広場を駆け足で逃げ出して行く二人が見えた。


 どうやらこちらと同じ結論に達したようである。


 まあいいや、この場は逃してあげるとしよう。もしも彼らの祈りが届いて、この肉体にミノタウロス的な要素がミックスされたら大変な事件である。グリフォンの翼ならまだしも、牛は勘弁だ。牛は。




◇ ◆ ◇




 グリフォンによる神様の信仰と、これに伴う自身の肉体の変化。


 一連の出来事は自らの今後を左右する決断に繋がった。


「エルフの集落の場所を教えて欲しい?」


「ニンゲン、まさかエルフを勧誘するつもり?」


 グリフォン騒動が一段落したところで、オバちゃんはミノタウロスの村長の家に戻った。そして、同所で彼の息子二人、第一の信徒にして信仰心ゼロの牛野郎たちと、改めて話し合いの場を設けていた。


 聞き出したかったのはエルフの集落の所在だ。


 ちなみに隣の部屋では、フルボッコされた村長が寝込んでいる。


 普通に呻き声とか聞こえてくる。


「ええ、そうです」


 グリフォンの信仰を集めたことで、オバちゃんの背中には翼が生えた。ならばエルフの信仰を集めたらどうだろう。この肉体はエルフのように、美しいものへと作り変えられるのではなかろうか。


 考えただけで胸が躍る。


 まさか目指さない訳にはいかない。


 是が非でもエルフたちを信者に迎え入れたい。


 いいや、違う。それは違うな。


 我らが神の信者はエルフだけでいい。


 他に混ざったりしたら大変だ。特にミノタウロスみたいなアクの強いのが混ざったら一大事である。これほど無残な合体事故はないだろう。エルフのボディーにミノタウロスの顔とか、絶対に嫌だもの。


「このニンゲンの考えていることが分かった気がする」


「俺も分かった。っていうか、それってセコくね?」


 うるさいよ。こっちは死活問題なんだよ。


 今の姿じゃ理想のチヤホヤには程遠いのだ。


 自ずと彼らに問い掛ける言葉も語気の強いものになる。


「教えるのですか? 教えないのですか?」


「ちょっ、どうして睨むの!? やめたげて!」


「お、教えるよ! ちゃんと教えるから!」


 露骨に凄んで見せると、彼らはすぐに頷いて応じた。


 どうやら隠し立てするようなものでもなさそうだ。


「だけど、無理だと思うんだよなぁ?」


「やっぱりそうだよな……」


 揃って難しそうな表情となるミノタウロス。


 それは頂けないな。


「何故ですか?」


「アイツらは森の精霊を信仰してるんだよ。いきなりニンゲンがやってきて、今日から別の神様を信仰しろとか言ったって、言うことを聞く訳がないでしょ? 変人扱いされるのが関の山だって」


「見ず知らずのニンゲンから、一方的に正体不明の神様をオススメされるとか、普通に怖いでしょ? しかも信仰対象が現神とかハードルが高いじゃん。グリフォンたちみたいに何かしら困ってない限り無理だって」


「……なるほど」


 どうやら先客がいるようだ。


 しかし、そうだとしてもオバちゃんはエルフからの信仰が欲しい。エルフからの信仰を手に入れれば、この肉体は晴れてアジアを脱する。シルクロードを巡った先に出会う白い肌と堀の深い顔立ちは、チヤホヤへの片道切符。


 絶対に欲しい。


「下手したら攻撃されるから、エルフは止めとけって」


「そうそう、アンタには今くらいが丁度いいって」


 話題が生き物の外見に映った為か、ミノルたちが少し調子に乗り始めた。


 コイツらのこういうところムカつくよな。まるで自分たちがイケメンみたいな雰囲気で語り掛けてくるんだもん。その自信は一体どこから生まれてくるのか。鼻の穴が自慢げにピクピクと動くの、これでもかとイラっとする。


「では質問を代えます。森の精霊について教えて下さい」


「ニンゲン、それマジで言ってる?」


「そっちは流石に洒落にならないんだけど」


 すると今度は、急に会話の温度感が変化を見せた。


 軽い感じであった牛面が、急に深刻そうな表情になったぞ。




◇ ◆ ◇




 ミノルたちから森の精霊について説明を受けた。


 なんでも彼らの言う精霊とは、我々現代人が考える抽象的な存在ではなく、ちゃんと実物が存在しているのだそうな。生き物とは少しばかり異なるが、しっかりとした自意識があって、言葉を交わすことも可能とのこと。


 そんな存在がこの森の奥深くには住まっているらしい。


 また、精霊などという可愛らしい肩書の持ち主でありながら、これが結構な酒飲みらしく、酔っ払っているところに出くわすと大変らしい。彼らも何度か経験があるらしく、繰り返し止めておけと言われた。


「なるほど」


「だからほら、止めとけって。ニンゲンには無理だって」


「アンタだって森の精霊の反感を買ったら一巻の終わりだよ」


「…………」


 そう言われると、確かに躊躇してしまう。


 一巻の終わりは勘弁だ。


「俺らも三日に一度じゃなくて、二日に一度くらい行ってやるからさ」


「そうそう。村の面倒も解決してくれたし、たまには花とか添えてやるから」


 なんかちょっと良いヤツっぽい台詞が悔しい。


 宥めの言葉が胸に響く。


 っていうか、コイツらコミュ力高い気がする。何気ないシーンで距離感を図るのが上手い。ここぞという場面で優しい言葉を投げ掛けるなよ。思わず嬉しくなってしまう感じが、めちゃくちゃく悔しいじゃないか。


 だって、チヤホヤされてる感じが心地良いんだもの。


「……貴方たちの言うことは分かりました」


「だよな? ニンゲン素直が一番だって」


「俺たちはミノタウロスだけどな」


 しかしながら、こっちも譲れないものはあるのだ。


 主に美少女。エルフの美少女。


 人外級の美少女になって世間様からチヤホヤされたい。


 どうしても見た目でチヤホヤされたいの。


「ですが私も、これからはこちらの森で暮らす、いわば森の一員です。一度くらいは挨拶に伺っておきたく考えております。我らが神の信仰はさておいて、場所だけでも案内を願えませんでしょうか?」


「俺、このニンゲンのこういうところ大嫌いなんだけど」


「わかる。めっちゃ分かる」


「決して貴方たちに面倒はかけません。お願いできませんか?」


 笑みを浮かべてオバちゃんはお頼み申し上げる。


 チラリチラリと、空を見上げることも忘れない。


「……あ、案内するだけだからな?」


「案内をしたら俺ら、すぐに村まで戻るからな?」


「ええ、それで構いません。ご挨拶に向かうだけですからね」


 ミノタウロスたちは渋々と行った様子で頷いた。


 これにオバちゃんは満面の笑みでお返事させて頂いた。

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