第4話 1週目

 あの件からちょうど1週間。また通院の日がやってきた。とりあえず、今日もまた彼女のもとへ行こうと思う。せめて名前ぐらいは聞こう。

 病室に入ると、やはり慣れない冷房の温度設定に身震いする。

「あ、こんにちは! 来てくれたんですね!」

 彼女は起き上がって俺に手を振った。

「こ、こんにちは。あの…名前って…」

 コミュ障のせいで話の切り出し方が不自然過ぎる。そんな俺に彼女は微笑んだ。

「そういえば言ってなかったですね。広崎真結ひろさきまゆうです」

「あ、えっと…俺は佐竹陽介さたけようすけです」

「陽介さん。覚えました」

 俺は突然名前で呼ばれ、言葉が出てこなくなった。

「あ、あ、そういえば、ゼリー買ってきました」

 沈黙が怖くて、俺は咄嗟にそう言った。

「え! わざわざありがとうございます~!」

 彼女は嬉しそうに受け取ると、ビニール袋から1つゼリーを取り出した。

「あ...これ…」

 彼女は少し驚いたような、戸惑うような顔をした。

「何か…ありましたか?」

「あ、いや…私、めっちゃ好きなんですよ、このゼリー」

「そうなんですね! 今日買ってきたこれ、期間限定の味なんですよ! 俺もこのゼリー

 すっごい好きで。部活の時いっつも飲んでたんです」

 彼女は声高々に笑った。

「そんなに好きなんですね。私もよく飲んでました」

「え! 一緒ですね。何かスポーツとかやってたんですか?」

 ゼリーのおかげで俺は饒舌になることができた。

「父の影響でサーフィンやってました」

 サーフィンーーーこんな色白の彼女から「サーフィン」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。そういえば、「あいつ」も言ってた気がするな。父さんがサーフィンやってる、って。

「サーフィンですか…俺は、」

 そう言うと彼女は俺の言葉を遮って、

「野球部。ですよね?」

 と、全て見透かしたと言うような目つきでそう言った。

「え…どうして…」

「その野球帽に、坊主頭。野球部にしか見えませんよ」

 確かに俺は身なりから全てが野球部だった。今はもう、野球部じゃないけど。

「私のお兄ちゃんも野球部だったんです」

 俺は「あいつ」が野球部であることを知っている。「あいつ」が俺とバッテリーを組んでたことも。中学で野球を辞めたことも。

「あ…そうだったんですね。確かにキャッチャーできそうな風格…」

 知っていても俺は知らないふりをした。

「そう! キャッチャーやってたんです。やっぱ野球部は見てわかるんですね~」

 知ってる、だなんてとても言えた空気ではない。

「陽介さんはどこのポジションだったんですか?」

 やはり名前呼びに慣れず、呼ばれるたびにしゃっくりのように体が反応する。

「あ、えっと…ピッチャーを…」

「え~! そうなんですね。じゃあ、お兄ちゃんとバッテリー組めちゃいますね!」

 俺は精一杯の苦笑いをした。

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