第3話 全ての始まり

 俺は誘導されるがままに、その子の病室に辿り着いた。部屋の冷房が効きすぎているせいか、俺の背筋はよりいっそう凍りついた。今、俺の目の前には、酸素マスクを着けた彼女の姿があった。さっきよりは穏やかに息をしているようだ。看護師の目付きも柔らかくなっていた。

「あの…えっと…」

 俺は彼女にどんな言葉をかけたらいいのかもわからなかった。大丈夫ですかと心配すべきか、すいませんと謝るべきか。

 俺が困っているのに気づいたのか彼女は

「あ、すいません。突然で驚きましたよね」

 と言って優しく笑った。

「あの…俺のせいでしょうか」

「まあ直接的な原因はそうかもしれないですね」

「え…」

「あ、でも、気にしないで下さいね? 悪いのは私ですから」

「いや、今、原因は俺だって…」

「あ、それもそうなんですけど、ま、色々あるんですよ」

 酸素マスクを着けているとは思えないほど、彼女の声ははっきり聞こえた。

「あの…ほんと、俺、何でもしますから。何でも言ってください」

「今の言葉、忘れませんからね?」

 彼女は体を起こしてそう言った。

「じゃあ、」

 彼女がそう言いかけたとき、病室のドアがものすごい勢いで開いた。

真結まゆう!! 大丈夫か!!」

 その人の声はどこか聞き覚えがあった。目があった瞬間、俺はその人が「あいつ」であることを確信した。

「お前…」

 あいつは俺を認識すると、血相を変えて俺の前へ来た。

「お前、真結に何したんだよ!!」

 俺は目を合わせなかった。されるがままに、胸ぐらを掴まれ、揺さぶられていた。

「お兄ちゃん、その人は悪くないよ」

 女の子は酸素マスクを外し、あいつに負けない声で言った。

「許さねえからな」

 あいつはそう言い捨てると、病室を出ていってしまった。

「はぁ、全く。すいませんね、態度悪くて」

「あ…いえ…」

「じゃあ、さっきの続きに戻りましょうか」

「さっきの続き…?」

「言ったじゃないですか、何でもしますって。だから、何でもしてもらおうと思って」

「あ、あ、はい」

「忘れたなんて言わせませんからね? じゃあまず…」

 彼女は少し考えてから

「質問に答えてください」

 と言った。

「しつもん…?」

「そうです、クエスチョンです。えっと…じゃあ彼女、いますか?」

 俺はあまりにも的外れな質問に目を丸くした。

「あ、えっと…いません」

「じゃあ、好きな人は?」

「いません」

「そうですか…じゃあ、」

「私が死ぬまで、私の彼氏になってください」

「へ?」

 これまた的外れな言葉に、俺はすっとんきょうな声が出た。

「あ、私が死ぬまでっていうのは、私が早死しても長生きしてもってことですよ?」

「いや、あの、そこじゃなくて」

「異論は認めませんよ、答えは「はい」か「イェス」しかありませんから」

「えっと…じゃあ「はい」で…」

「じゃ、よろしくお願いしますね」

 こうして俺に、まだ名前も知らない彼女が出来た。

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