第3話 普通じゃないってこと

 昼休みを知らせるチャイムが鳴った。

 生徒たちはザワザワと騒ぎ、机を動かし数人のグループを作り、弁当箱を開け、食事を始めた。

 拓馬はちらりと窓際の一番後ろの席の四階堂あまねを一瞥した。

 あまねはキョロキョロと目を動かし、生徒たちを見つめていた。するとあまねは鋭い動きで席を立ち、拓馬のところへちょこちょこと近づいてきた。

 「ねぇねぇ、一緒にお弁当でも食べない?」

 あまねはハキハキと言った。声が高かった。

 「ええよ。じゃあ暑いけど屋上で食べる?」

 拓馬はあまねの突然の提案に戸惑ったが了承した。

 「屋上はやだ!」

 あまねは首を振り、屋上で食べることをいやがった。拓馬はそんなあまねを見て、ハッキリとした性格をしているなと思った。特にそのような性格は嫌ではなかったが、初対面のやつにそこまで自己主張するのかと、やや面食らった。

 「じゃあどこで食べる?」

 拓馬は穏やかに聞いた。

 「う~ん」

 あまねは考える顔をした。

 「図書室で食べたいっ!」

 あまねは幼稚園児が母親に砂遊びがしたいというような勢いで言った。

 「いやいや、図書室では食事できないよ」

 拓馬は手のひらをひらひらと振りながら言った。図書室で弁当を食べていいわけないやろ。

 拓馬は思った。

 あまねって少し、いや、だいぶ変わった子だなと思った。でも変わった子とか決めつけたり、テキトウな扱いをしてはいけないと思った。

 「あっ、そういえば、名前聞いてなかったね。アナタノナマエハナンデスカ?」

 あまねはそれまで普通に話していたのに、「あなたの名前はなんですか?」のところだけ、幼稚園児のようにたどたどしく話し始めた。

 拓馬はあまねに対して、「何やこいつ」と思った。バカにしてんのかと思った。でも、そういったマイナスな感情は顔に出さずに「蒼井拓馬やで」と笑いながら言った。

 

 「ヘェ~!アオイタクマっていうんだ。かっこいい名前っ!」

 拓馬は名前を褒められ、悪い気はしなかった。むしろちょっとうれしかった。話しているあまねの表情も可愛く、愛嬌があった。

 

 どこで食事をするかという話をしていたのに、いつの間にか、名前の話になっていた。


 「もう教室で食べようか?エアコンも効いてるし」

 拓馬はそう、あまねに提案した。


 「うん、そうだね」


 あまねは拓馬の机に弁当を置き、近くのイスをたぐり寄せ、それに座った。

 拓馬も席に着いた。

 「それじゃ、イタダキマース!」

 あまねは大きな声でそう叫んだ。

 クラスメイトたちが一斉にこちらを向いた。彼ら彼女らは嘲笑を浮かべ、あまねをバカにした表情をしていた。

 拓馬はあまねに対して、心のなかで、頼むから普通にしてくれよ、と思った。さすがにそれを口に出す勇気はなかった。

 弁当を食べているときも、拓馬とあまねはクラスメイトたちにジロジロと見られていた。みんな拓馬たちがどんな会話をしているのだろうと思っているのだろう。


 「四階堂さん、なんで車で送迎してもらってんの?」

 拓馬は疑問に思っていたことを質問した。

 「あたしさ、ちょっとおっちょこちょいでさ、よく交通事故に合いそうになるの。だから安全のために車で送迎してもらってるの」

 拓馬はあまねの言ってることがなんとなくわかったような気がした。

 確かにあまねは注意力が無さそうに見える。拓馬はあまねの突飛な言動からそう感じていた。

 「でもね」とあまねは続けた。「ここの中学校って自転車通学の人が多いよね。だからあたしも心機一転して自転車通学にしてみようかなっ」

 あまねは屈託なく、ニコニコしながらそう言った。

 「うちの家業っていうか、父ちゃんの仕事やねんけど、自転車工場してんねん。自転車も少ないけど何台か売ってるから、自転車買うんやったら、うちで買っていってや」

 拓馬はさり気なく、店の宣伝をした。

 あまねはうんうんと拓馬の話を聞いている。

 「ヘェ~、そうなんだ。自転車工場してるんだ。夏は暑くて仕事にならないんじゃない?」

 拓馬のあまねの想像力に感心した。てっきりそんなこと想像できないタイプかなと思ってしまっていた。そしてあまねが父ちゃんの仕事を尊敬してくれている感じがして、拓馬はあまねに対して少し好感を抱いたというか、若干見直した。

 「夏はな、暑い上に、お客さんも外が暑いから来ないんやで。みんな暑いかな家の中に引っ込むんやで」

 「うん。そうだと思う。暑かったら外に出ようと思わないし」

 いつの間にか、拓馬とあまねは堅気な世間話をしていた。

 拓馬はなぜだか、あまねとそのような会話をしていることが奇跡のようだと感じた。


 やがて二人は弁当を食べ終えた。


 あまねは「おいしかった、じゃあね」と言うと、弁当に蓋をして、それを持って、自分の席へ帰っていった。


 拓馬は席に帰る、あまねの後ろ姿を見ながら「なんや、普通やん、あの子」とつぶやいていた。

 そして拓馬は自分の心がポカポカと温かくなっていることに、気づいていなかった。

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