第2話 四階堂あまね(ヨンカイドウアマネ)

 暑い太陽が蒼井拓馬を照りつける。朝だというのに本当に暑い。まるでサウナの中にいるようだ。

 あのベンツに乗っていた女の子は誰やろうか?全く見たことのない顔だった。転校生だろうか?でももうすぐ夏休みに入る。こんな時期に転校してくるか?拓馬はそんなことを考えながら自転車を漕いだ。


 キーンコーンカーンコーン。


 「あっ、やってもうた」

 拓馬は遅刻した。でも拓馬は遅刻してもなんとも思わなかった。昇降口では体育教師が遅刻した生徒を狂ったように怒鳴り散らしていた。えらい頑張っとんなぁ〜あの先生。それにしてもあの体育教師は元気だ。拓馬はもう暑さでふらふらだった。元気がないのだ。

 拓馬は他の遅刻した生徒が体育教師に怒られているすきに、スニーカーを上靴に履き替え、教室に向かった。熱の籠もった深緑色の廊下を進み階段を上がり、教室のある廊下に入ると、ひとりの女子生徒が拓馬のクラスの前に担任の先生と立っていた。


 女の担任の先生と女子生徒がこちらを見た。拓馬は立ち止まった。女子生徒はショートカットで色白のクリっとした瞳を拓馬に向けている。女子生徒はなぜかニッコリと笑った。あのベンツに乗っていた女の子だと拓馬は思った。女子生徒の笑顔につられるように担任の先生も笑い、「蒼井!はよ教室に入れ」と急かすように高い声で言った。

 拓馬は担任の先生と女子生徒に近づいた。なんか柑橘系のシャンプーのいい匂いがする。

 拓馬は女子生徒に向かって訊ねた。「転校生?」

 女子生徒はニッコリと笑ったまま快活に答えた。

 「そうだよ」

 女子生徒の話す言葉は標準語だった。拓馬は標準語を実際に聞くのは初めてだったのでドキッとした。

 「黒いベンツ乗ってた?」拓馬は女子生徒の目を見ずに訊ねた。

 女子生徒が答える前に担任の先生が「蒼井っ、はよ教室に入れ」と言ったので、拓馬は「しゃーないなー」と言って教室に入った。

 拓馬は教室に入る前に女子生徒の方をチラリと見た。女子生徒のキラキラとした大きな瞳は「ベンツに乗っていたよ」と言っていた。


 拓馬はウキウキしながら教室に入り、乱暴にカバンを床に置いて自分の席に着いた。

 「おい遠藤、転校生来てんぞ」

 「まじか蒼井、男か女か?」

 「女や」

 「かわいいか?」

 「まあまあや」拓馬は転校生に対しかわいいと感じていたがそう答えた。

 そんな会話をしているうちに担任の先生だけが居酒屋に出入りする仕入れ屋のように入ってきた。

 担任の先生はまず、おはようと言った。

 生徒たちはダルそうにおはようございますと返した。この中学校では先生の挨拶を返さないと生徒指導室に連れて行かれることになっているから、イヤでも挨拶を返さなくてはいけないことになっている。

 「みんな今日は特別な日や。東京から来たかわいい転校生が来てる。みんな歓迎したってっ」その言葉で教室中がざわめいた。男子たちは急にニヤニヤしだした。女子たちは興味津々といった具合だ。

 転校生が白魚のような手でドアを開け教室に入ってきた。緊張しているのかぎこちない笑みを浮かべている。転校生が教卓の前に立つと「ウオー」と男子たちは言った。拓馬は言わなかった。みんな転校生に対しかわいいと思っているのだろう。

 「皆さんはじめまして、ヨンカイドウアマネです。よろしくおねがいします」

 アマネがそう言うと先生が黒板に、四階堂あまね、としっかりした字で書いた。


 

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