第1話

 どこかの小さな村に「世永神社」というお社があります。それは今でもどこかにあると思います。その名前の由来は、世の中を末永く見守るための場所、だとか。祭神は……忘れてしまいました。

 世永神社には絶対やってはいけない決まりがあると聞きました。それは、黄昏時と丑三つ時(午前三時)に境内へ入ってはいけない、という決まりです。その時間は神様の世界と人間の世界の境界が曖昧になり、神様とか人間とか関係なく、子供はよく迷子になるからだそうです。でも村一番のやんちゃ坊主で言うことを聞かない卯之助うのすけは、その決まりを平気で破ったのです。

「なーんだ。夕暮れの神社はおもしろいことが起きるって聞いたから来てみたけど、何もないじゃんか。せっかくこの時間まで川辺の岩魚でも釣って暇を潰したのに、損したなー」

 それでも卯之助は完全に日が暮れるまで境内に居座りました。その間は鳴いているカラスを数えたり、御神木のくぬぎから落ちた穴の空いていないどんぐりを数えたり……。数えることに飽きた卯之助はそろそろ帰ろうと、岩魚の入った竹籠を背負いました。すると御神木のうろから声が聞こえてきました。

「よーし、これでもうおとうに見つからにゃいぞ……」

「お前こんなところで何してんだ?」

「にゃにゃ!? にゃんで人間がいるんだにゃ!」

 卯之助が木のうろをひょっこりのぞくと、毛むくじゃらで猫の耳を生やした子供の妖怪が隠れていました。

「なんでって、ここは俺っちの村だし」

「そ、そうだったな……。というかお前! おいらのことが見えてるんだにゃ!?」

「妖怪なんて見えるもんじゃないのか?」

 卯之助は妖怪も人間と同じように見えるので、何も疑問に思いませんでした。

「お前はおいらのことが見えてるんだな――。お前、名は何という」

「俺っちは卯之助」

「卯之助というのか。おいらは猫又の黒斑くろぶちだ」

「黒斑? 変な名前だな」

 よく見ると、黒斑の体は大きな黒い丸がいつくかあり、それが名前の由来になっているのだろうと卯之助は思いました。

「卯之助、頼みがあるんだ。この神社は月の最後に祭りをするだろ? その祭りが終わるまで、人間の世界ここに居させてくれ。この通りだ」

 黒斑は木のうろで丁寧に正座して、卯之助に頭を下げました。

「それはいいけど。お前は祭りまでどこで過ごすんだ?」

「おいらは変化が得意にゃんだ」

 黒斑はすっと立っては軽々と宙返りをしました。すると、どこからともなく煙が現れたと思えば、黒斑が着地する瞬間に煙は霧散しました。

「おーすげー!」

 煙の中から現れたのは卯之助と同じ歳くらいの女子おなごで、髪の毛が耳のように作られていました。

「これなら人間と同じように過ごせるはずにゃ」

 えっへん、と言わんばかりに両の拳を腰に当てて胸を張りました。

「でもそのにゃーにゃー言うしゃべり方は人間ぽくないな」

「う……努力する、にゃ……」

 こうして人間の世界に逃げ込んできた黒斑は、祭りが終わるまで卯之助と共に過ごすことになりました。

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