Day8『金木犀』

 夢のあわいから浮上して、思った。

(今もう一度眠れば、さっきの夢の続きを見られるかもしれない)

 そう、私は夢の中で、重要な役割をしていたのだった。大切な決断を任されていたのだった。私は再び夢の世界に潜り、役割を果たさなければならないのだった。

 そして実際に、私は夢の続きを見た。それから何度か意識は途切れ途切れ、時計のスヌーズだとか、チラチラと瞼の上を跳ねる光だとかに目覚めを誘われながらも、私は夢の続きを見続けた。まるで飛び石の上で、けんけんぱをするように。

「…………」

 そして何度目かの跳躍の後、ふとハッキリと目が覚めた時、不思議な気分だった。さっきまで、私にとっては確かに、夢の世界が全てだった。

 そこには人がいた。そこには仲間がいた。私自身がいた。感触があり、匂いがあった。役目が、意思が、世界が……。けれど、現実に戻った時、その残滓の一切は消え去った。夢を見ている間に抱いていた喜びや愛着さえ、全てが失われていた。霞のように。

 その鼻の先に、ふと金木犀の香りが漂った。私は視線を上げた。

 ただ朝の光の中を漂う、埃の粒が見えるだけだった。その匂いも、何かの記憶の呼び水となる事もなく、ただはじめからなかったもののように、音もなく消えた。

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