第9話④

 パキンッ。


 剣が音を立てて、空中で真っ二つに折れた。日高からは遠く離れた地点で起きた出来事だった。


 一瞬何が起きたか分からず、我が目を疑う教官。見れば、日高が剣に向かって銃を構えていた。日高は目にも止まらぬ速さで、銃を抜いて剣を撃ち砕いたのだ。その証拠に、銃口から硝煙みたく呪力の残滓が立ち上っている。


 日高はそれを吹き消し、唇を尖らせたまま教官を見た。


「おいおい、まだ話の途中だろうがよぉ。不意打ちとか、ちょっとセコすぎない?」


 悔しげに唇を噛みしめる教官。唾を飛ばして反論する。


「姑息もなにも、ここは戦場じゃないのか。お前が銃を使い続ける限り、私たちはお前を武力で制圧して、放送を止めさせるしかないんだ。体調だの銃の原理だの、長々とおしゃべりをしている暇はない」


 日高を戦闘不能にするのだと、改めて息巻く教官。もちろん、観客を敵に回さないために、ところどころ体裁を繕っているのだが。


「しれっと嘘つくなよ、逆だろ逆。教官たちが問答無用で襲ってくるから、こっちが応戦するしかなかったんじゃん。そりゃあ、先に銃を抜いたのは俺だけどさ。別に軍隊がいなかったら、数発床を撃って驚かすだけで済んでたよ。本来俺は、わざわざ教官たちと戦う必要はねぇんだ」


 その言葉に怪訝な顔をしたのは、教官だけではなかった。鬼教師をはじめ、その場にいたほとんどが、同じ疑問を感じていた。日高は、放送を止めさせようとする輩を、撃退するのが目的ではなかったのか、と。


「よく考えてみろよ。正義のヒーローでもねぇ俺が、軍隊を思うがまま蹴散らせると思うか? 生徒一人が教師集団に対抗するんだから、歯が立たないことは最初から目に見えてるんだ。まあ、本当は勝ちに行きたいんだけどさ……」


 ため息を吐き、肩をすくめる日高。


「俺にできるのは、迅が放送を終えるまでの時間を稼ぐことだけだ。軍隊を壊滅させられなくても、俺に注意を引きつけ、誰も放送室に侵入させなければ、それでいい。だから、ぐだぐだおしゃべりを続けたり、最初は正体を隠したりしたんだ。敵が誰だか分からないようにすれば、多少は混乱するかもって、迅が言うからさ」


 日高は、いったん銃をホルダー収めた。代わりに出してきたのは、服の中に隠してあった愛刀。それを背中に装着していく。


 基本的に、刀というのは腰に差して携帯する。しかし彼は、普段から肩紐をつけて刀を背負っていた。今なら、はっきりとその理由が分かる。両腰には、銃のホルダーを提げる必要があるから。日高は、銃と刀、二段構えのフル装備をしなくてはならない時が来ると、本気を出さねば勝てない時が来ると知っていたのだ。


「俺らの手の内はすべて明かした。はっきり言って、万策尽きたよ。ここからは、武力で放送室の扉を死守するしかない。どちらかが力尽きるまでのエンドレスゲームだ」


 腰を落とし、刀に手をかける日高。軍隊が警戒を強める。一帯に緊張が走る。日高と軍隊の間には、浮かされるような熱気が漂っていた。


 日高の舌が、赤い唇を舐める。


「さあ、気絶するまでなぶり合おうぜ」

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