第9話③

「相手は鬼教師じゃなく、床を狙って発砲したのに、教官たちは銃を並べ立てて本人を撃つわけ? それはちょっとひどくない?」

「そうそう。なんだかやけに本気っていうか、殺気立ってるっていうか」

「なあ、さっき迅が言ってたこと、いよいよマジっぽくね?」

「学院長が、迅たちを殺しにくるってやつだろ。ってことは、規則の秘密ってのも本当のことなのか?」


 口々に言い合うのは、面白半分で集まっていた観客たち。彼らは学院側の殺気を感じ取り、不干渉の野次馬から、軍隊に反対する戦力に変わろうとしていた。


 むろん、彼らは子供に過ぎないが、国立土御門学院の生徒を侮るなかれ。この場にいるのは、日夜戦闘スキルを専門的に磨く若者たち。心も身体も、一般人のそれとは別物である。全員がその気になれば、軍隊をもねじ伏せるだけの力があった。


「目黒迅が生徒を誘い出したのは、そのためか……!」


 教官も、ようやくそのことに気付きはじめた。


「全員、武器を下ろせ! 屋根裏に登って、素手であいつを捕まえるんだ」


 軍隊はすぐさま指示に従い、銃も剣もあらゆる武器をその場に捨てた。代わりに、滑車のついたワイヤーを手にする。軍隊は、端を屋根裏の梁に引っ掛けると、滑車を巻き上げて壁を登った。


 人影はとっさに、ワイヤーを撃って切り、軍隊を退けようとした。だが、全員を追い返すことは到底不可能だった。屋根裏まで無事に辿り着いた隊員は、人影に肉弾戦を挑む。


 拳を突き出す隊員。その拳を払って退ける人影。今度は人影の顔をめがけて蹴りが飛んだ。姿勢を低めて再びかわす人影。そしてしゃがんだ姿勢を生かし、隊員の軸足をはらった。姿勢を崩す隊員。空中に身を投げ出す。隊員は苦肉の策で、人影の肩を掴み、道連れに引きずり落とそうとした。しかし人影は体をひねり、綺麗な宙返りをして、隊員だけを地面に落とした。隊員は、下にいた仲間の術式で、なんとか怪我なく地上に降り立った。


 軍隊と人影は、ここにきて初めて互角の戦いを見せつつあった。屋根裏の一本の梁の上という狭い足場では、人影を数で追い詰めることもできない。足場のおかげで、人影は兵士の数の差を克服したわけだ。生徒の目のおかげで、教官が手加減せざるを得なくなっているのも大きい。


 

 それに人影は、どうやら近接戦の方が得意のようだった。銃を使いこなしていながら、狙撃とは真逆の近距離タイプとは……いったい、人影は何者なのだろう。


「痛っ」


 かすかに、苦しげなうめきが聞こえた。人影の声だった。人影は、攻撃を食らったわけでもないのに、急に頭を押さえて膝をついた。観客にざわめきが広まる。


「今だ、取り押さえろ!」


 この隙を逃すまいと、教官は指示を飛ばした。隊員が一斉に襲いかかる。人影ははたと気付き、慌てて立ち上がった。構え直す。隊員をにらむ。


 しかし、その焦りがいけなかった。


「しまった……!」


 人影は、梁から足を踏み外した。身体が大きく傾き、帽子が舞い上がって飛ばされる。人影はそのまま、なす術もなく転落した。


 近くにいた観客たちが、悲鳴をあげる。どうにか、受け身を取って着地する人影。勢い余って床を転がってしまう。人混みが割れたところに突っ込んでいく。


 観客が固唾を呑んで見守る中、人影はゆっくり立ち上がった。もう、容姿を隠していた帽子はない。黒髪が風になびく。ポンパドールにしているせいで、額の包帯がよく見えて痛々しい。藍玉の光を宿す双眸は、鋭く軍隊を見据えていた。


「お前、一ノ瀬日高か!」


 銃を腰のホルダーに差し込んで、日高が口角を吊り上げた。


「そうさ。お前らが殺したくてたまらない人間が、わざわざこっちから来てやったんだ。少しは感謝しろよ?」


 日高は、大きな絆創膏をつけた腕を組み、堂々と立ち構えていた。唖然とする軍隊。そんな彼らを押し退けて、鬼教師が姿を現した。日高に向かって声を張る。


「一ノ瀬! お前、どうしてこんなところにいるんだ。怪我で入院中じゃなかったのか?」


 日高が、鬼教師の声に気づいた。向き直って答える。


「もちろん入院中だよ。今日は、こっそり病院を抜け出して来たんだ。そうでもして駆けつけなきゃ、教官たち、迅をなぶり殺しにかかるでしょ。人より呪力を持ってるくせに、あいつがまったく戦えないこと、教官も知ってるよね?」


 軍隊を見据える日高。彼は、隊員一人一人に問いかけるように、各々の眼をのぞき込んでいった。


「正直、身体はかなりしんどい。たまにめまいもする。決して全快じゃねぇってことは、とっくに自覚してるんだ。それでも、お前らがしゃしゃり出てくるから、俺は必死に相手してやってんだよ。だからこうやって、銃を使って楽することぐらい、大目に見ろよな」


 再び銃を手に取り、日高は鬼教師に掲げて示した。その間、器用にくるくると弄ばれる銃。日高が銃を使い慣れている証拠だった。


 鬼教師が、思い出したように訊ねる。


「そんなことよりお前、どうして銃なんか持っているんだ。専攻は刀剣だろう」


 心底不思議そうに首を傾げる鬼教師を見て、日高は声を上げて笑った。


「だからって、何もおかしなことはねぇだろ。俺の得意技は、呪力を練って自在に形を変えることだ。刀の柄と鞘を持てば、刀身を作って敵を斬る。銃を持てば、弾丸を作って発砲する。それだけの話さ」

「なるほど、そういう原理で――」


 そんな鬼教師の呟きは、教官によってかき消された。教官が、鬼教師の真横を、剣を片手に走り去ったのだ。抜刀する。振り上げる。狙うは、日高の心の臓ただ一つ。

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