5話 Tears in the sky ―クライ セカイ― 5

 張り詰めて、張り詰めて。


「ふっ、ふっふっ、ふっ!」


 張り詰めつづける。


「はっはっはっ、ぅっ! はっ、ぁぐ、っは!」


 確認にいったところBキャンプは全滅だった。

 元凶の判明は取るに足らぬほど容易だった。

 キャンプ中央には輝きを失ったバリアユニットが鎮座していた。カートリッジの残量を示す計器がエンプティを振り切っていた。あとは光を失ったユニットにすがる数人分の肉塊が転がっていたというだけ。

 約40名に及ぶキャンプ民の生存者はゼロとなる。忘却の星アザーに暮らす――追いやられた人間ならばその意味をはき違えることはない。


「詰んだ。もう、立て直せないほどに詰んだ。ユニットのエネルギー残量には余裕があったはずディゲルが読み違えるはずがない。なのに振り切れていたっていうことは周期を変化させたアズグロウの襲撃が直撃したとしか考えられない」


 キャンプを脱出したミナトは、天へそそり立つ絶壁の上に避難していた。

 僅かばかりの資源は回収できた。だが、あまりにも足りない。

 襲撃の際に崩されたと思しき炭鉱入り口が悪夢を物語っていた。

 このままではアザーの民すべてに食料を供給することが不可能となることは確実だった。ポイントが必要最低ラインに到底及ばない。天上へのお布施が足りなければ生命の絶たれた星で食料を調達することは皆無と言える。

 ミナトは、唐突に突きつけられた事実を前に、骨張った拳を呪われた大地へ突き立てる。


「この呪われた星でどうやって巻き返す。植物は植えた端から生命を奪われるし開拓された箇所で発見できた原生生物は死に絶えてる。今からキャンプごと移動するような大規模開拓をして新しい土地を探すにしてもアテはない」


 足りない頭で考えても八方が塞がっているということだけは理解に及んだ。

 なにより脳は思考不能なほど冷静ではなくなっている。


「はぁ、はぁ、はっ……つぅっ!?」


 背を丸めて胸を押さえながら呼吸を刻む。

 なにかが狂っていた。キャンプの人間の死骸を垣間見せられてからというもの視界が朧で仕方がない。

 脳か心臓かそれとも肺か。とにかくミナトは避難した岩の頂点で鼓動をおさめようと必死だった。


「オレの、世界に入ってくるな……! オレの思い出の中に残ろうとするな……!」


 感情のない瞳の瞳孔が開ききっている。

 動悸が激しいのに血の巡りがひどく悪い。手足の指先が氷の如く凍てついていた。

 Bキャンプには知った顔が幾つか転がっていた。もとより名前は知らぬ連中が無造作に転げ回っていた。

 心が揺らぐ。音を立てて割れていく気さえした。せり上がるようにして覆っていたはずの嫌悪感が目覚めていく。


「死んでるくせに関わってくるな……! 声も、姿も、感情も、なにもかもをオレの世界で発すんじゃない……!」


 人というのは不便な生き物だった。

 目で見ただけで記憶に書き込まれてしまう。そのくせデリートボタンなんてありはしない。

 数多の上に己が立っている。無感情に見捨ててきたはず命が記憶となって呪い重ねていく。


「オレの世界にいていいのはディゲルとチャチャさんの2人だけなんだ……! 2人を守れさえすればお前ら他人が生きようが死のうがどうでもいいことなんだ……!」


 押さえた胸に言い聞かせる。

 狭間で途切れ途切れな呼吸を刻む。

 幾重にも折り重なった死骸たちが岩の下から這い上がってくる。崩壊的幻想まで見えてくる。

 無感情で無関心だった昔は大丈夫だった。けど今は1つ1つが脳裏へ入りこんで粘つくようにこびり付く。

 心の無い人のままだったらこうではなかったのだろう。成長、物事の感受性が養われた結果。心なんてなければ良かったのかもしれない。


「オレだって助けたかったんだ! でもお前らはオレのいうことを聞いてくれなかったじゃないか! オレならお前たちを生き延びさせることは出来た! なのにいつもお前らは差し伸ばしたはずの手を恐怖と懐疑心で振り払う! オレを勝手に死神扱いして死んでいったのはお前らのほうじゃないか!」


 ミナトにはなんの力もなかった。

 新人類のように特別な蒼の力を備えているわけでもなければ、威厳ある大人の風格すら持ち合わせていない。

 だから殺したくて殺したわけではない。過酷な生態のなかに飛び込む際、自分が生き延びることで精一杯だっただけ。

 少年は選ばれることもなかった、少年は恵まれることもなかった。

 ただ少年という儚き人の身で彼は可能な範囲のことを成してきただけに過ぎない。

 生きる才能があったのかもしれない。否、それも姉役に叩き込まれただけで元ある能力ではなかった。


――胸が、っ、たい……! 心が、壊れる……!


 ミナトは、いずれこうなることを予知していた。

 だからディゲルとチャチャ以外との関係を絶ったのだ。そうすることで己を長く保とうとしていた。

 なのに見させられた人々の死が網膜の裏側に焼き付いて離れやしない。


「生きた人間が必死に足掻いた記憶を真っ白に出来るのかよ! 生きたいと渇望して非難の死を遂げた人々が最後に見せた輝きをなかったことにしてたまるかよ!」


 ミナトは急に立ち上がり天を覆う鈍色の空を睨みつける。


「人を食って生きてるのはオレじゃないお前らのほうじゃないかッ!!」


 層を越えてその声が届かぬと知っていながらも叫ばずにはいられなった。

 声を届かせるにはあまりにも遠く、障害が多すぎる。

 その激動たる感情の向けられた矛先は、天上人たちのたゆたう揺りかごだった。

 この崩壊していく星にもたざる者たちを追いやった本物の邪悪こそ天上人。雲の向こうのさらに果てに存在している新世代ニュージェネレーション

 宙間移民船ノアには、完璧なテクノロジーと究極の最先端技術の推移の詰め込まれている。なのにそれらすべてを独占しながらも天上人たちはこうしてもたざる者を虐げる。

 ミナトは握りしめた拳をすぅ、と解いた。


「……シン。オレ、あの時に交わした約束を守ってやれないかもしれない……」


 懐かしき名を口にしながら、虚ろげに蒼を宿さぬ瞳が空へと投げられる。

 そっ、と。引かれるように手が空へ空へと伸びていく。

 さながらその姿は大空を手のひらで押すかのようだった。届かぬとわかっていてなおなにかを掴もうと空想を描き抗う。


「ひか、り?」


 ふと、空を見上げた目に、刺さるような光沢が斜めになって降りてくる。

 伸ばした手からこぼれんばかりの白い光が。指の隙間を掻い潜るようにして少年だけを包み込む。

 まるでスポットライトのような感じ。空のある1点の雲がはだけて暖かな光の裾を漏らしていた。

 そして徐々に大きくなっていく。幻想的ではない現実的な音が光の原因を教えてくれる。


「あれは小型艇か? 補給用貨物船じゃないってことは……今朝ディゲルのいっていた派遣部隊?」


 伸ばした手におさまってしまうくらい小さな小さな船が遠方で降下していた。

 垂直離着陸機VTOLから吹きでる4本の減速ブーストが、離れたここからでも確認できる。

 そして機体はそのままディゲルたちの住まうキャンプの方角へ吸い込まれていく。


「ひとまずは人食い野郎どもの顔を拝むついでに帰って報告だな」


 ミナトは僅かな鉱石を載せたトライクで後を追うことにした。

 垂直離着陸機の開けた穴は、しばらく残って、気づかぬうちに塞がっていた。





Chapter0.8 Tears in the sky ―クライ セカイ― 【END】



(17:00追加公開)

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