第2話

 窓際に沿うロングシートの座席の向かいへ対角線を描くように足を進める。調度2人分、隣の人と間隔を空けて座っている彼女の横に、あたかもそうする必要があったかの様に腰を下ろしながら声を掛けた。

「急に話しかけてごめん、確かT高校だったよね?」

「そうですけど…?」

「ケイの友達だよね?SNSで一緒に写ってる写真を見た気がして…」

「あぁ、ケイちゃんのお友達ですか!」

「友達っていうか後輩というか、友達の妹というか、前の彼女の友達というか、そんな感じ?」

「なるほど!高校卒業して全然会えていませんけど(笑)」


 猫顔のつぶらな瞳が驚いた様な表情を返すのでビックリさせてしまった感はあったが、案の定共通の話題があると知ればと表情を崩した。

 周囲の人に取って見れば同世代の男女がその様に会話していれば、元々知り合いだったのかそうでないのかは特に気にならないだろう。ここで声を掛けて素っ気ない素振りを返されて居たたまれなくなるよりも、周囲にどのように映っているかの方が気になるのが不思議だ。もっとも素っ気なく返されたところで、それすらにも気付いていないように鋼の心でトークを展開し続けるしかない、歓迎されなければひたすら迷惑な話なのだが、声を掛けようとする時点でそういった覚悟は無意識に決めている。そんなマインドセットで臨まなければとても他人に声を掛けることなど適わない。


 崩れた表情を読み取るに、普通に会話が発展すると手応えを感じた僕は、依然ノープランではあるのだが、何とか初対面でも発展出来るような話題で会話を続ける。

「あれ?T高校卒業して、進学して地元を離れている感じ?」

「地元離れてました。また直ぐ離れるんですけど、浪人してたので寮生活してたんですよ…」

「無事志望校へ合格して地元を出るというところか!新生活へ向けた地元で最後の春休みって感じで!」

「はい、何とか…。やっと緊張を解けた感じです(笑)」

「東京とか行っちゃう感じ?」

「はい!」

「春休みの内に地元の友達とは会っておかなければだね。でも東京なら周りの友達も結構出てるか」

「東京行ってる友達は何人もいるんですが、寮生活してた間の地元の友達の動向全く追えていなくて、誰と時間が合うのだろうって感じですけどね…(笑)」

「確かに受験勉強でそれどころじゃなかったよね」

「そんな感じです」

「ケイと遊べば良いじゃん。どうせこの時期は皆暇してるでしょ(笑)」

「『急にどした⁉』って驚かせちゃいそうですけど(笑)」

「まぁ、友達同士でも元々の距離感みたいなものもあるか…」

「まさにそれです」


 浪人生活を終えて上京前の最後の春休みを地元でゆっくりしているという。

 受験に向けた張り詰めた生活を終えて、ほっと一息ついていることもあって僕にもこのように応じてくれているような気もする。春は出会いの季節と言ったものだが、距離感が定まらないうちの交流が行き交う、そんな時期とも言える。元々通学途中のこの電車で、互いに制服姿で何度も顔だけは合わせたことがあるはずだが、これまではキッカケがなく、会話に至ったことすらないから尚更不思議な感覚だ。更に僕が続ける。


「ということは、未だ予定は埋まっていない感じ?」

「今日のようにこうして友達とランチでもしようって日じゃなければ引きこもりですよ?」

「今日は友達と会ってたからたまたまこの電車なわけね。めちゃ奇遇!」

「ですね。お話したことなかったですもんね!」

「ってか都合が合えばなんだけどさ、僕と上京する前に何処かでランチでもしない?」

「え?お誘い頂けるんですか?」

「嫌じゃなければくらいのノリで聞いてるけど、『行く行く~』って感じなら合格祝いじゃないけど、食事してドライブとかしないかなって感じ?」

「わぁ、ドライブしたいです!」

「言いながら思った!東京行っちゃう前に地元近辺ドライブしたりって結構アリじゃない?アリだな…」

「良いですね!これから予定どうやって埋めようというところだったので全然都合合わせられます(笑)」

「じゃぁ決まり!僕も春休み持て余しているから予定はどうにでもなるんだよね」

「寧ろこっちからもお願いします(笑)」


 そう言いながら電話番号とメールアドレスを交換した。お互いの携帯電話を取り出すところで、やはり気持ち周囲が視線を上げてこちらへ寄越すのを感じる。確かに元々の知り合いではそのようにする必要は無い動作ではある。

 綾という名前のその女性は僕の1つ手前の駅で降りて、ホームを歩きながら小さく手を振りながら会釈するように改札を抜けて行った。


 通学途中にたまに見掛ける程度のことで、これまで特別に綾を意識したことは無かったのだが、可愛らしい子だといった印象を元々持ってはいた。思い掛けなく連絡先を交換し、その場で食事の約束をしてしまいながら、冷静に振り返ってみると我ながら展開の早さに戸惑ってしまう。

 変に盛り上げてみたり強引な打診をする訳でも無く、寧ろタイミング的には綾も出来るだけ地元で過ごす残り少ない時間の予定を埋めようと乗り気だったではないか。もちろん綾にとってみても、相手が僕だからなんて想い入れがあるわけでもなく、たまたま持て余しそうな休暇の真っ只中に目の前に僕がやって来た、ただそれだけのことだ。

 本来男女というものは、こういったキッカケさえあれば変に彼氏だ彼女だという間柄を問わず、食事の時間くらい取れば良いのだ。成人して社会との関わりが増えて行く過程において、不可避に交友関係が発展することを無意識のうちにある程度許容しながら皆生活の拠点や環境を変えて行く。こうした関わり合いを繰り返す中で、異性に対する理解や心地良さを覚え、そうした中での自分の行動を客観視しながら己をいう生態を理解していく、この繰り返しだ。


「さっきは突然話しかけてごめんね。約束のことは特に無理せずで良いから、タイミングが合えば是非!」

「いえいえ、全然。暇してますので来週とかでもいつでも行けちゃいますー(笑)」

 帰宅して改まって詫びを入れるようにメッセージを送ると、それに対して何もなかったように綾から回答があった。

 もう流れが出来てしまっているのだから、キッカケを作った側の僕の方から躊躇しても仕方がない。そう踏んだ僕は、綾が言うように週明けの前半はどうかと打診し、予定を確定させた。上京までの残された地元で過ごす綾にとっても、早めの方が後々の予定も組みやすくなるのではないかとも考えた。


「何処へ行きたいとかリクエストはある?」

「全く無いです(笑)」

「じゃぁ少し考えてみるよ」

「はい、お任せしますー」

「ドライブしたいということだったので、少し離れたところでも良い?」

「何処だろう、行ってみたいです!」


 目ぼしい行き先はいくつかあった。

 何処も無難なのではあるが、食事をしてその後どのように過ごすなどの目的があるのであれば、それに応じた場所を選ぶだけなのであるが、それ以上のリクエストは特に無いため言ってしまえば何処を選んでも同じようなものだ。田舎町のため、何処へ行けば何があるといった目立ったもの無ければ、隣駅で降りた綾の迎え場所も送り場所も僕の自宅とはそう離れてもいないはずで勝手も変わらないだろう。

 食事くらいは男女2人きりで機会があればすれば良いと思いはするものの、食事くらいという漠然とした主旨が余計に意思決定を曖昧にさせている。今の時点で僕の方に性的な願望が綾に対してあるのであれば、どのように導いていくかの導線を考えれば良いのだが、せっかく仲良くなれつつあるのであれば、変に行為に及んでギクシャクしてしまうことを考えると、今のお互いの印象のまま距離を保っていた方がお互いのための様にも思う。

 ともあれ、まだ互いのことを知らない内からあれこれ考えても仕方がない、先ずはドライブをしながら話をし、食事をしてみようじゃないか。

 もしかしたら綾の方から何かをしようとリクエストが上がってくるかも知れない。

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