九鬼円香は〇〇〇である──④

「おはよう、九音たん」

「その名前を言わないでッ」

「ごめん」



 今のはからかっていいラインを越えてたな。謝るから威嚇しないで。

 翌日の午前7時。日曜にしては早起きの俺は、約束通り公園で九鬼に会っていた。

 周りには早起きのご老人や、子供連れがいる。

 俺らはカップルに見られてるんだろうか。

 ……いや、ないな。俺と九鬼じゃ無理がありすぎる。


 ベンチに座り、缶コーヒーを飲む。

 無言を最初に破ったのは、九鬼だった。



「まさかリア友がイベントに来るなんて……」

「俺も、偶然参加したイベントのメインがリア友とは思わなかった」

「どんな確率よ、それ」

「それな」



 それ以上の感想が出て来ない。むしろ申し訳ないくらいだ。



「あ、でも恋歌は気付いてないみたいだから、安心しなよ」

「みたいね。昨日話しても、気付いた様子はなかったし。……それはそれで寂しいけど」



 情緒不安定か。

 暖かい陽射しの中でぼーっとしていると、突然九鬼が前のめりで迫ってきた。

 ちょ、俺らそんな関係じゃないでしょ。やめて、私そんな軽い男じゃないの。

 ……何を言ってるんだ、俺は。



「お願い、常澄くん。このこと、本当に誰にも言わないで……!」

「安心しろ。話すような友達はいない」

「悲しいことサラッと言わないで。悲しくなるわ」



 事実だから。……事実だから(泣)



「まあ友達の下りは抜きにしても、こんな大切なことを誰かに言いふらすようなマネはしないから。オタクの端くれとして、絶対に」

「……信じるわよ」

「ああ。任せろ」



 九鬼はため息をつくと、今度は今までと打って変わってもじもじし始めた。



「そ、それで、その……み、見たんでしょ、アーカイブ」

「あっ、そうそう。昨日から恋歌とぶっ通しで見たよ」

「うぅ〜。マジで恥ずい……」



 あのなんでもそつなくこなすことで有名な九鬼が、顔を真っ赤にしている。

 思わぬ姿が見れて、ちょっとドキッとしてしまった。



「でも凄かったぞ。アニメとか漫画の造詣が深いし、ゲームセンスも抜群。歌もめちゃめちゃ上手かった」

「や、やめて。褒めないで」

「いや、褒める。だって俺、お前のファンになったし」

「……本当?」

「マジマジ。俺、感動したよ」



 メン限に登録したことは……言わないでおこう。あれは多分……いや、絶対恥ずかしいだろうし。

 友達に添い寝耳舐めASMR聞かれるとか、地獄でしかないからな。


 九鬼は嬉しいのか、顔を真っ赤にしながらも口元をにまにまさせている。

 あれ? こいつ、マジで可愛いんじゃないか……?


 よからぬ考えになりそうだったから、とりあえず話題を鬼丸九音の方に戻す。

 ……戻していいのか知らないけど。



「そ、それにしても意外だった。学校での九鬼って、オタク系の話とか全然しないじゃん。結構オタクだったんだな」

「あー、カモフラね。私の周り、オタ文化に興味無い子ばかりで……みんなキラキラしてるし、そっちについて行くのも大変だよ」



 やっぱりカモフラージュだったのか。

 確かに、九鬼の周りにいる奴らって、どっちかって言うとマジな陽キャって感じだ。

 大衆受けしているアニメや漫画くらいは知ってるけど、深夜アニメとか見ないようなタイプ(偏見)。



「九鬼も苦労してるんだな」

「うん。だから誰にも言わないでってこと。私だって、あの子たちも大切な友達だって思ってるんだから」

「わかってるって。……でも、結構窮屈じゃないか、それ?」



 俺の指摘に、九鬼の顔が曇った。

 やば、ライン越えたか……?



「……うん。正直……ちょっとね。本当の私ってオタクだし、みんなを騙してるみたいで気も引けるけど……でも、全然大丈夫だよ。画面の向こうには鬼っ子のみんなもいるし、ストレスは溜まってないから」



 じゃーね、と九鬼は立ち上がり、俺の渡したクッキーを手に公園を出ようとする。


 あいつ……嘘下手だな。

 あんな顔見せられて、ストレスが溜まってないとか信じられるはずないだろ。


 けど、恋歌には話せないよな……あいつ、鬼っ子ガチ勢だから。

 九鬼が鬼丸九音なんて知ったら、オタクのあいつは気が引けてしまうだろう。

 最悪の場合、恋歌は九鬼と気まずい関係になってしまう可能性がある。


 なら俺は?

 論外だ。

 異性の段階で、必ず気まずさは残る。だから同性が好ましいはずだ。


 俺は恋歌に、キラキラした陽キャの友達ができてほしい。

 けど……それと同じくらい、九鬼にも自分を出せるオタ友ができてほしい。

 でもそれは、恋歌であってはいけない。


 …………。



「どーしてこうなった」


 ──────────────────────

【作者より】

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