横島恋歌は〇〇が欲しい──②

 という訳で翌日。

 俺は恋歌を校舎裏に待たせて、九鬼を呼びに教室に向かった。



「九鬼、ちょっといいか?」

「常澄くん? うん、どうかしたの?」

「ちょっとここじゃ言いづらいことでな……ついてきてくれないか?」

「えっ」



 九鬼は少し頬を染めると、綺麗な髪をくるくる指に巻き付けた。

 こんなリアクションをする九鬼、初めて見たが……どうしたんだろうか?

 周りの女子たちが、九鬼の背中を叩いて何か話している。

 何? 何なの?



「ま、待って。常澄くん、ちょっと待ってね」

「お、おう?」



 九鬼は女子たちの集団の中に戻ると、何かをいそいそと準備している。



「ど、どう? この色、大丈夫かな……?」

「大丈夫、可愛いよっ」

「がんばって、円香ちゃん」

「う、うん……!」



 あ、戻ってきた。

 ……ん? 口元がテカってるような……リップってやつか? 何のために?



「お、お待たせ」

「おう。じゃ、行くか」



 九鬼を連れて廊下を歩く。

 もう放課後だから、校舎に残ってる生徒は少ない。残ってるのは、部活がある生徒くらいだ。



「ど、どこまで行くの?」

「校舎裏。あそこなら人気がないし」

「ひひひひ人気のない校舎裏……!?」

「ん? どうした?」

「い、いえ、なんでも」



 さっきから九鬼の挙動がおかしいけど……ま、いいか。

 今回の作戦のメインは俺じゃなくて、恋歌だ。

 恋歌に友達を作る。

 キラキラした日常を送らせる。

 そのためにはまず、取っ掛りが必要だ。

 別に九鬼を利用しようって訳じゃない。恋歌が変わるきっかけとして、最適なんだ。


 校舎を出ると、初夏の暑さが体を包み込む。

 幸いここは進学校で、勉強に最適な空調は完備されてるけど、そのせいか夏の暑さが嫌になる。

 こんな炎天下で待たせて大丈夫かな、恋歌。


 そっと校舎裏を覗く。

 あ、いた。恋歌だ。

 待ちくたびれたのか、木に背を預けてスマホをいじっている。

 ……なんか……すごく、様になってるな。本物のギャルっぽい。

 中身は俺と同じクソ陰キャなのに。



「あれ、恋歌ちゃん……? どうしてここに……?」

「あー……実はこれが用でな……」

「……どういうこと?」

「詳しくは省くけど、少しでいいからあいつと話してくれ。頼むよ」



 手を合わせて頭を下げる。

 俺が誰かに頭を下げるなんてほとんどないから貴重だぞ。下げる相手がいないからな。

 なぜかわからないが、九鬼は白い目で睨んでくるけど。



「……ジュース5本ね」

「あざっす」



 ジュース5本。約漫画1冊分か……高くつくな。

 漫画とかラノベとか課金とか、オタクはそういうのに平気で金を使うのに、他のものになると一気にケチになるのって何なんだろうね。


 2人で校舎裏に入ると、こっちに気づいた恋歌が慌ててスマホをしまった。



「恋歌ちゃん、お待たせ。暑かったでしょ」

「べ……別、に……」



 頑張れ、頑張れ恋歌。

 恋歌の後ろに立って、応援の念を送る。

 九鬼から白い目で見られたけど、気にしない。……気にしないったら、気にしない。



「……それで、お話って何かな?」

「ぅ……」



 おぉ……さすがナチュラルコミュ強、九鬼円香。いきなり本題かよ。

 恋歌はまだ緊張してるみたい。ずっとスカートの裾を握ってる。


 九鬼はそれ以上急かすことはなく、優しい笑みで恋歌の言葉を待っていた。



「ぁ……そ、の……」

「うん?」






「さ、最近ッ、チョベリグ、じゃね……?」






「「…………」」



 空気が、死んだ。

 おいコラ恋歌。何世代前のギャルをイメージしてるんだお前。

 思わず恋歌の顔面をアイアンクローしていると、目の端に九鬼の肩がぷるぷる震えてるのが見えた。

 まさか、今ので怒って……て、そんな訳ないか。

 いったい何だ……?

 恐る恐る九鬼の方を見る。すると……。



「ふっ……ぷっ。ふふっ……ちょ、チョベッ……!」



 なんかめちゃめちゃ笑っとる……!?

 え、今の笑うところだった? 俺の感性がおかしいの?

 腹を抱えて笑いを堪えている九鬼。それを見て目を輝かせている恋歌と、置いてけぼりの俺。

 どういう状況、これ?

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