横島恋歌は〇〇が欲しい──①

「どーも、復活した恋歌ちゃんです」

「早い早い早い」



 その日の夜。夕食を食って部屋でのんびりしていると、窓から恋歌が入ってきた。

 それくらいの近さだし、落ちる心配もないからいいんだが……。

 まさか熱の下がったその日に、窓から入られるとは思わなかった。



「おー。変わんないね、十夜の部屋は」

「俺は趣味にも高校生活をにも全力投球だからな」

「でもそのせいで、十夜も友達少ないよね」

「……言うな」



 俺はおひとり様の趣味が好きなの。好きでやってるの。九鬼はなんか知らんけど構ってくるだけだし。

 あと少なくない。それなりにいる。……片手で数えられるくらいは。

 俺の趣味と言えば、オタ活に勉強、あとは恋歌の運動に感化されて筋トレくらいだ。

 おかげで、人様に見せられるくらいの筋肉は付いてる。

 見せる相手、いないけど。


 部屋に入ってきた恋歌は風呂上がりなのか、上は薄手のキャミソールに、下は生足の見えるショートパンツを履いている。

 ぶっちゃけ目のやり場に困るが、相手が恋歌だと思うと性欲もクソもない。



「うわっ、この漫画まだ続いてんだ。こっちのラノベも読んでたなぁ。ねえ、読んでいい?」

「ああ。この部屋にあるのなら、好きなだけいいぞ。基本窓も空けとくから、適当に入ってくれ」

「神か」

「崇め奉れ」

「お供えはチョコで」



 予め用意してたのか、ファミリーパックのチョコを渡してきた。

 しかも俺の好きなビターチョコ。さすが幼馴染、わかってるな。


 恋歌は適当に漫画を数冊取ると、俺の脚の間に座ってきた。

 昔から、恋歌って俺の上に座ってたよな。まあそれも小学生までだったけど。



「あれ? なんで中学は座らなかったんだっけ」

「デリカシー」

「……あぁ、太ってたからか」

「デリカシー!」



 いでで、頭でグリグリしてくんな。

 恋歌はグリグリで満足したのか、俺を背もたれに漫画を読み始めた。

 ……懐かしいな、この感じ。

 紙が擦れる音と、時計の針の音だけが聞こえる。

 あと、恋歌の心音と呼吸。

 幼馴染だからか、それとも波長が合うのか……恋歌の心音は心地いい。


 しばらく、2人だけの時間が進む。

 すると、恋歌が漫画を閉じて俺を見上げてきた。



「ところで十夜。ウチ、これからどうすればいいと思う?」

「どうすればって?」

「なんというか……どうすれば、この状況から脱出できるかな?」



 恋歌の読んでいた漫画に目を向ける。

 友達がいない高校生たちが1つの部活を作り、友達作りを目的に活動する系の漫画だ。


 漫画は漫画。現実は現実。

 漫画と現実は絶対的に違うし、都合のいい展開もない。

 この状況から抜け出す最善の手、か……。



「とにかく、誰かに話しかけるとか」

「誰かって、誰?」

「クラスメイトがいるだろ」

「くらす……めいと……?」

「え、記憶喪失にでもなった?」



 そんな初めて聞く言葉みたいに言うなよ。

 恋歌は手をもじもじさせ、ふかーくため息をついた。



「クラスメイト……ウチもねぇ、1年の最初と、2年の最初の頃はがんばろーとはしたんだけどねぇ……」

「ああ、なるほど」

「みなまで言うな」

「大失敗したんだな」

「みなまで言うな!」



 またグリグリしてきた。ごめんて。

 けど確かに言われてみれば、恋歌は最初の頃は頑張ってた気がする。

 翌日からおひとり様になってたけど。



「女の子に話しかけようとしても怖がられるし、男の子なんてエッチな目で見てくるし……」

「じゃあ露出減らせば?」

「それは負けになるからダメ」



 何と勝負してるんだこいつは。

 ふむ、クラスメイト……クラスメイト……あ。



「じゃあ九鬼あたりにでも話しかけてみたらどうだ?」

「……誰?」

「クラスメイトくらい覚えなさい。九鬼円香。お前と正反対の清楚美少女だ」

「ケッ、陽キャか」

「お前陽キャになりたいんじゃなったの?」



 まずその陰キャメンタルをなんとかしろよ。

 でもその点、九鬼なら間違いないと思う。

 九鬼は誰とでも分け隔てなく話せるし、取っ掛りにはいいだろう。

 ……むしろ今まで、なんで九鬼と友達じゃないのか不思議なくらいだ。

 恋歌は若干緊張してるのか、俺の腕の中で身を固めた。



「九鬼円香さん、か……じゃあ明日、話しかけてみようかな……?」

「おー、頑張れ」



 とりあえず頭を撫でてやろう。なでなで。



「よしっ。ウチ、がんばる……!」

「その意気だ」

「という訳で十夜さん。明日付いてきてください……!」

「どういう訳?」



 なんで俺が保護者同伴みたいなことをしなきゃならないんだ。



「し、知らない人に話しかけるとか無理っ。また失敗する未来しか見えない……!」

「大丈夫。未来なんてわからないだろ」

「経験と予測から、未来予知に似た失敗の予想は立つんだよっ」

「かっこよく言ってるけど、全然かっこよくないからな」



 こいつ、マジで中学の頃から変わってねぇ……。

 それもそうか。ずっとボッチだったんだし、対人関係の成長は皆無と思っていい。

 はぁ……仕方ない。



「……俺は傍で見てるだけだぞ。ちゃんと、自分の言葉で話すこと。いいな?」

「う、うんっ。ありがとう、十夜」



 さっきとは打って変わって、満面の笑みを見せる。

 やれやれ……世話のやける幼馴染だ。

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