三十七話 再生力の足枷

三十七話 再生力の足枷



 僕は弱い。合成魔術を使えない今、剣の腕だけでどこまで通用するのか。


 少なくとも……レグルスですら勝てなかったこの人に勝つことは、できないだろう。


「ふぅん本気なんだ。ま、いいよ。私のやることは、変わらないしっ!!」


 でも、そこにわずかに可能性があるのなら。ゼロではないのなら、その可能性を引き上げることはできる。


 例えばレグルスが負けた原因の一つである、この試験における男子の弱点。まともな攻撃手段が相手を殺しかねない状況そのものを打破できたなら。本気で剣を振ることが出来るなら、どうだろうか。


「悪いけど、あなたが強いのは分かってる。だから……加減はできない」


「はぁ? 加減!? そんなものしてもしなくても、私が圧倒する未来は変わらない!!」


 剣先は、まだ見せていない。居合の要領で、迫り来る敵を確実に打ち抜く。


「ありがとうユイさん。君のおかげで、僕は本気で戦える!」


 ドゴッ。鈍く鳴り響く衝撃音。それは彼女の拳が僕を捉えた音ではなく……僕の剣の刀身が、ハッキリと彼女の身体を穿った音であった。


「ごぼっ……おっぐ!?」


 何が起こったのか分からない。そう言った目で僕をみるミリアさんは後方へと距離をとる。そして殴打された腹部に左手を添えながら、軽く咳き込む。


「なん、なの。それ……」


「ユイさんの魔術、形状変化。それを付与してもらって、僕の剣の形を変えてもらった」


 太陽光を浴び眩しく反射する鉄の刃。その切っ先の尖りは既に存在しておらず、実際本気でめり込ませたミリアさんの腹部には傷一つついてはいない。


 刃を縦に伸ばし、捻り。そして尖っている先端を落として残りの角を丸く調整する。レグルスが戦っている間ユイさんに頼み、一分とせずに用意してもらった代物だ。


 殺傷能力を無くした鉄製の剣。ある意味対人戦において、これほど有用な武器も無いだろう。純粋な鉄の塊を棒状にしたそれは、敵を殺さず倒すには一番向いている。


「だから、なんだってのよ。結局アンタが私より弱ければ、意味はない……。もう、同じのは喰らわないわよ」


「分かってる。だから、ここからは純粋な勝負をしよう、ミリアさん。戦闘能力の勝負だ」


「て、めぇ……俺の獲物だぞ。横取り、してんじゃ……」


「レグルス、ごめん。悪いけどここは譲れない。僕にはもう……ここしかないから」


 この試験における評価基準は、チームによる勝ち負けのみではない。一人一人に教員の審査官がついており、様々な観点から総合して審査した後に点数がつけられる。


 つまり、勝つだけでは駄目なのだ。己の存在感を示し、チームへの貢献をする。それがこの試験には必須。そして僕にとってそのタイミングはもう、今しかない。


 仮にこのまま一人旗を取りに行っても、必ずアリシアさんかユイさんがそれに気づいてサポートに入るだろう。そうすれば男である僕は二人の魔術の協力があったからこそ勝てた、とそんな評価をされかねない。


 ではどうするか。敵の三人を倒すだけじゃ足りない。レグルスより弱い僕が存在感を示すには、この人を倒すしかないのだ。それも今、レグルスが回復してしまうまでに。


「一対一だ。僕が今、ここであなたを倒す!」


「調子、乗らないでよ。たかだか一撃入れただけで、並んだつもり!!」


 迫り来る拳。身体強化魔術によって速度と威力の増したそれは、瞬きも許さぬ速さで僕を捉えんと飛んでくる。


 レグルスが苦戦するわけだ。確かに、速い。速い……けれど。


(″あの時″ほどの速さは、無い!)


 僕は知っている。身の毛もよだつほどの、文字通り必殺の拳。掠めるだけで皮膚が、肉が消し飛んでしまうほどの一撃を。アンジェさんの家に侵入してきた、あの男の放った拳に一度命を揺らされれば、この程度。


「ぐっ……このっ!」


「────ッ! っらぁ!!」


 二度、三度。四方から飛び交う拳を見切り、僕はその度に深く踏み込んで一撃を当てる。


 身を捩り必死に回避しようとするその身体の足元を。繰り出した直後で反射的な反応の間に合わない、右腕を。小刻みな動きで僕の腹部を捉えた蹴りを受け止め、流しながら背後を。


 一撃も喰らう気は無い。正面からの一対一なら、僕に部がある。


 運動量や才能など、備わってはいない。あるのは鍛えられた動体視力と発想力。これこそが、僕の武器だ。


「くそっ、ちょこまかと!」


 だが、それが続かないことは分かっていた。何故ならミリアさんは分かっているから。僕がこの状況を作るために捨ててしまったものを。新しい好機を生むと同時に作り出してしまった、弱点を。


「面倒くさい! けど、剣の無くなった男なんて対人以外じゃ使えない。これで、終わり!」


 大きく後退したミリアさんの背後から、四体の魔獣。今の僕に奴らを殺す手段は無い。大きく殺傷能力の落ちた剣では、魔獣を一時的に止めることすら叶わない。


 四体が、同時に迫る。レグルスはまだ僕の背後。退くわけにはいかない。恐らくはそれも分かっていての、ミリアさんからの奇襲か。


「だけど、殺す以外にも手段はある」


 魔獣が復活する際。切り刻まれた身体は内側から再生していた。そして再生した細胞と肉片同士が引き寄せ合い、繋がることで完全に復活を果たす。


 つまり仮にアリシアさんの使うような矢や、魔術による攻撃がその体内に残った場合にはどうなるのか。おそらく僕の推測では────


「っ────はぁ!」


 迫り来る四体。その到達前に僕はすかさず隠し持っていた鉄の棒を抜く。


 それは、この剣の片割れ。ユイさんによって切り落とされた部分を四本の細い鋭利な鉄の棒へと変えてもらった。


「グキャァァァッ!?」


 刹那、僕は魔獣の横側に回り込んで。左目を貫いた。貫通した鉄はいとも簡単に右目まで到達し、結果的に両目を串刺しにする形で収まる。


 鳴り響く怒号。何も見えないまま暴れ回る魔獣は、やがてその場に倒れ込む。それを見て残りの三体は途端に足をすくませた。


 何故なら、傷が再生しないからである。


「やっぱりか。貫いた獲物がそのままの場合、その驚異的な再生力は足枷になる」


 内側から、異物を外に″押し出そうと″する肉。それは四方の外側へと同時に働き、やがて体内に残った物を全て体外へと弾き出そうとする。


 だが、その異物が身体を貫いたまま残っていたなら。内側からせめぎ合う細胞一つ一つが両面に棒を引っ張ることによって、外から引き抜こうとしても逆にそれを阻害する形で再生を繰り返そうとする。それさえ分かってしまえば、無力化にはこれ一本で事足りるというわけだ。


「チッ、使えない……。コイツら、こんなので動けなくなるの……?」


「ミリアさん、言いましたよね。一対一で勝負がしたいんです。これでもう邪魔は入りません。さぁ、もう一度戦いましょう」


 棒は残り三本。仮に一時的に戦意喪失した三体が再び襲ってこようとも、これを差し込んでしまえば邪魔は入らない。これでようやく、ミリアさんと心置きなく戦える。


「はは、私も運が無いな。ほんと、仲間だけじゃなくて敵まで最悪の外れを引くとはね」


 ゆっくり、一歩ずつ。僕とミリアさんの距離が近づく。




 お互いに、もう今できることはここで戦うことのみだと。分かっているから。

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