第5話 例題

例題

 教会らしきところに入ると、数分の間待たされる。そのほんの僅かな間に事件は起こった。


 入ったらすぐに渡り廊下があった。その廊下から入るであろういくつかの部屋のうちの一部屋に、シスターらしき人は入っていく。紅音たちは玄関扉の前方、教会の中と同じようなつくりをしている部屋で待つように言われ、そこで待つ。その中に、前方には椅子が、後方、紅音たちのいる方には何人もの人が静かに眠っている。

 紅音には、何者かによって眠らされているように感じられた。そしてそれは当たっていて。

 

「何これ……?」

  リリが恐々と尋ねる。

「人間よ。何かあった時用のね。薬で眠らされているの」

「何かあった時用?」

 早くも感覚が麻痺してきているのか、あまり恐怖を感じないまま、紅音は月夜の言葉を復唱する。

「贄人が逃げたり死んだ時用の人間よ。私たちは一定量、人間の血を飲まないと生きていけないから。ここに来る吸血鬼には、専用の贄人がいない場合がほとんどなの。だから自分用の贄人を渡してもらってるのに、その贄人に逃げられたら困るでしょう?一時的な代用品として置いてあるの」

 月夜の説明と、人間を物としか見ていないような言い方に、リリが恐怖の声をもらし、他の人間の二人も顔をこわばらす。

「帰して」

 リリがペアである吸血鬼を睨みつける。

「出来ない」

「何で!?」

「あなたを返したら、生きてはいけるにしろ、力は相当に弱まる。それに私の一存で決められる訳ではないから」

 当然のように拒否されるが、リリはそれに納得がいかないようだ。無理だというのは分かっているのだろうけど、納得ができる状況では、きっとない。

「なんでそれなりに楽しく生きてきたのに、急にこんなことに巻き込まれなきゃいけないの!? あんたもたいして説明もせずに、そういうものだから納得しろって、ふざけないでよ!」

「まっ……!」

 ペアである吸血鬼を突き飛ばし、リリは建物の外に出ようとする。玄関の方に向かい、ドアノブに手をかける。

 ふ、と消えたように、紅音の目には映った。直後、人が倒れるような音がする。建物内も薄暗く、近くでなければ周りは見えづらいため、何が起きたか把握できず、紅音と他の人間二人は音のした方に恐る恐る向かう。リリがいたあたりの床に、何かがあることに気がついた紅音がそれを見てみると、そこにはリリが倒れていた。

「……っ!」

 驚きで声にならない悲鳴がでる。他の二人も気づいたようで息を呑む。

「え、これ……生きてる……?」

 髪を結んでいる方の人が呟くように聞く。

「……これは、多分、」

 ショートカットにしている方は、素早く息や動脈等を確認して、苦々しい顔をする。

「死んでいるわ」

 のんびりとした声が後ろから聞こえ振り向くと、吸血鬼たちが歩いてくる。月夜が、先程に続けて、だろう。どうでも良さそうに話す。

「簡単なことよ。逃げようとしたから死んだの。私の一存では決められない、ってちゃんと忠告していたのに」

 私たちとは違う。紅音はそう痛感する。人間のことなんてなんとも思ってないような言い方だ。

「一存では決められないって、そんなこと言われたって納得できるわけないでしょ」

 ショートカットの方が鋭く月夜を睨みつける。

「今までそれなりに普通に生きてきて、急に吸血鬼の餌になれ? 貴方たちはそれが納得できることだと思ってるの? 代用品として置かれている人間とか見せられたら、余計に逃げたくなるに決まってるし」

 月夜と紫髪の吸血鬼が冷たさを含んだ目で見ているのに対し、ピンク髪の吸血鬼はしゅんとした顔をする。

「そうだよね。その子もそうだし、律ちゃんも。ごめんね、こんなことになって」

 謝られたショートカットの人、律はなんともいえない表情をする。

「あんた、ずっとそんな感じだけどなんで? 他の吸血鬼見てるとあんたとは正反対って感じするけど」

「人間にいろんな人がいるように、吸血鬼にもいろんな吸血鬼がいるの。わたしは人間のこと大好きよ?」

 そう言って、純粋そうな笑顔を律に向ける。

 律がまたしてもなんとも言えない表情になるのを見た後、リリのペアの吸血鬼のことを思い出す。月夜の向かって右にいるその吸血鬼は、無表情で何を考えているのか分からない。相性がいい人を選んでいる、とそう言われたものの、リリたちのペアは仲良さそうには見えなく、リリもペアの吸血鬼に対して不満がありそうだった。リリのペアの吸血鬼は今、一体何を考えているのか。

「片付けさせてもらってもよろしいですか?」

 声が聞こえてきた右側を見ると、そこにはいつのまにか先程他の部屋に入っていっていたシスターらしき人がいた。その人は紅音たちの答えを聞かずに、リリを背負い、リリのペアと共にどこかに消えていった。

 

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