第4話 狭間

「殺さなくちゃならない?」

 ぽつりと呟くと、紅音はにっこりと笑ったまま言う。

「ええ。殺さなくちゃならない。そう決まっているの。それに、私貴方のこと大好きなのよ。だから貴方が私のものにならないなら、貴方を殺して手元に置いておきたいの」

「……狂ってる」

 狂ってると思うも、そこにはそれほどの恐怖も怒りもない。

 逃げられない。

 それが現実となって紅音にのしかかって、精神を蝕む。気力なんて持てない。

「というか私のことが大好きってなんで? 会ったことさえないでしょ?」

 気力はないにしろ、大好き、の部分は気になる。なんで会ったことすらない人のことが大好きなのか。

「さっき言ったでしょう? 貴方のことは全て知っているって」

「知っているって何を?」

「話してほしい?」

 言葉に詰まる。何を知っているのかは気になる。だけど、それを聞くのは怖い。

「知りたいけど知りたくない。そんな顔してる。」

 月夜は「ふふっ」と笑うと、紅音の手を引っ張り、立ち上がらせる。

「来て。早く済ませておかなければならないことがあるの」

そう言って月夜は少し歩き、壁に描いてある謎の魔法陣的な何かに手を触れる。

と、すぐに不思議なことは起こった。

「え何、どこ……?」

 瞬間、紅音と月夜は周りに木が生えている、どこかしらの場所に来ていた。木は一本の道に沿って生えている。

「ここは狭間。私たちの世界と貴方たちの世界のね」

「狭間……」

 そういう所があってそこにいる、そう納得しておけば良いのだろう。詳しく聞こうとしても、情報量はきっとそう変わらないだろうし、訳わからないことが多くて、もうわざわざ聞く気になれない。

 月夜は紅音の手を引き、一本しかない道を歩く。

 五分ぐらい歩いた頃だろうか?前方に教会のような建物が見え、生い茂っていた木が途絶える。小さな広場みたいな所で月夜は立ち止まった。今までと比べたらランプが付いていることもあり、だいぶ明るい場所だ。上を見上げると月や星がよく見える。

「ここが目的地?」

 紅音の問いに月夜は頷き言う。

「私たちが最初かしら?」

「最初?」

「ええ、今日他にも三組来る予定なの」

 訳の分からないことがどんどん増えていく。

「三組って? 吸血鬼と人間のペアがあと三組いて、その人たちが来るってこと?」

「頭の良い子は好きよ。貴方がバカになったとしても、貴方のことが好きなのは変わらないけどね」

「そうですか」

 吸血鬼に好きと言われても、どんな反応をすれば良いのかわからない。

「というか、なんで狭間? に来たの?」

 その声は途中から、ガサガサと草木がなる音にかき消される。

「やっと出れた……。ったく、勝手にどっか行かないでよ!」

「急にこんなことになって、逃げ出さない方がおかしいでしょ!? っていうかここどこなわけ!? 変な場所に連れてこないでよ!」

 言い合いをしている二人が現れる。二人は身体中に葉っぱをつけているが、よほど相手に不満をぶつけることが重要なんだろう。汚れていることは気にするそぶりもなく言い合いをしている。

 ふと、ケンカしている人たちの片方が月夜を見た。その目は見開かれ、慌てて跪く。

「っ大変お見苦しいところをお見せして申し訳ございません! 貴方さまがいらっしゃるとは知らず……!」

何も知らないのであろうもう片方の少女は、怪訝そうにする。

「何してんの? ……ってかあんたら誰?」

「月夜さまに対してその言い方はない

でしょ! 月夜さま、この子は何も知らないんです。どうかお許しを」

 跪いている方が吸血鬼、怪訝そうにしている方が人間なんだろう。人間であろう少女は訳が分からないという顔をしている。紅音でも戸惑っているのだから、当然だろう。二人の人間の戸惑いをよそに、月夜は吸血鬼の方の少女に声をかける。

「別に構わないわ。それよりも早く葉っぱはらった方が良いんじゃないかしら?」

 人間の少女の言葉使いを実際に気にしてないことを願う。でないと、紅音も丁寧になんて話していないため、かなりまずいことをやっていることになってしまう。

「お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。少しの間失礼いたします」

 そう言うと、吸血鬼の方の少女は自分ともう一人の少女の葉っぱをはらう。

「なにこれ?」

 そう紅音が呟くと、人間の少女は目を輝かせる。

「もしかしてだけど、あなたも人間だったりする?」

「あ、うん。貴方も、だよね?」

「うん!私も人間。なんかめっちゃ感動する!」

 少女はぐいぐい迫ってきて、紅音の手を握る。紅音にとって嫌いではないにしろ、少し苦手な性格の人だ。

「私、永野リリ15歳。今年中学卒業して、明日からは高校生なんだ! そっちは?」

「江月紅音、同い年だよ」

「そうなんだ!え、めっちゃ嬉しい」

 きらきら目を輝かせているリリに合わせ、愛想笑いをする。人間に会えたのが嬉しいのは同じでも、わいわいやるノリは得意じゃない。

「あ」

 不意に近くから声が聞こえ、そちらを見る。

「あ」

 紅音の口からも声が漏れた。紅音の目の先には、四人の少女がいる。

「全員揃ったみたいね」

 月夜がどこか楽しそうに言う声に、新しく来た四人の内の二人が反応する。

「わぁ、月夜さまだ! お久しぶりです。わたしのこと覚えていらっしゃいます?」

「月夜様も今日でしたか。お目にかかれて光栄です」

 ピンク髪にピンク色の目の、ほわほわした可愛らしい女性に、紫色の髪に青目の、スタイルの良い美人の女性。

 月夜さま呼びと言葉から察するに、二人とも吸血鬼なんだろう。吸血鬼はカラフルな髪や目の色をしているのが普通なのだろうか?

 残りの二人はおそらく人間だろう。紅音とリリと同じく、黒髪に黒目をしている。

「皆さまお集まりですね」

 いつの間にか、すぐそばにシスターのような格好をした人物が立っていた。

「どうぞこちらへ」

 彼女はそう言って、教会のような建物の方へ紅音たちを案内する。ここには吸血鬼も来ている。なのに何故、教会らしき建物があったりシスターらしき人がいるのか。不思議に思いながら紅音は他の人間同様に戸惑いつつ、颯爽と前を歩く吸血鬼たちについていく。

 

 

 

 


 

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