黒の書ー何でも叶った、何者でも無くなった者達が告げる。ー

 純粋でありながらも聡明。

 そんな彼女との会話は楽しかった。


『願いのヒントもダメですかね?』

「じゃあ悪人の抹殺だったらどうする?」


『悪人の概念から良いですか?』

「おぉ、頭が良いなぁ。じゃあね、反省しない人」


『じゃあ抹殺の定義もお願いします』

「永続的に誰をも好き勝手に傷付けられない状態にする事」


『それが願いだったんですか?』


「さぁ、何を願ったと思う?」


『平和』

「正解、ふふふふ、今は凄い事を願っちゃった罰なんだと思ってる」


『え、本当にそうなんですか?』

「うん、平和を願った。ココの平和だけを願ったつもりだったんだけど、良く考えたらココだけ平和は有り得ないからね、自分でも驚いちゃったよ」


『あの、それで』

「あの人は私を開放する事を願っちゃったから、巻き添えだよね、可哀想に」


 本当に可哀想だ。

 私が保護者でもあったからこそ、愛着と執着を情愛と勘違いして。


『一応、平和の定義を良いですか?』

「誰かに悪意を持って悲しませられる事の無い世界、悪意を持って人を悲しませる人が居ない世界」


『実は叶ってるかも知れないと思った事は?』


「まだ、無い。もし叶ったら、この変身が解ける筈だから」

『あ、変身状態のままなんですね』


「うん、コレは対価だから」

『対価?』


「お礼、叶えようとしてくれた事への先払い」

『神様にも対価が必要なんですね?』


「そこまで、そっか。ねぇ、どうして2番目は邪魔をするんだと思う?」

『それなんですけど、どうしてなんでしょう、同じ願いの様にも思えるのに』


「私をこのままの姿で生かす為。アナタの力無しに世界を革命する、って、ずっと頑張ってる」

『え?』


「私達は時が止まったままじゃない?沢山喜ばせたい、時間が有る、じゃあ喜ばせる為にも使おう」

『だけ?』


「それだけだと思うよ、私は保護者だったから。ココの物は全てあの子が用意してくれたんだ、国の世話になれば国に恩を着せられてしまうからね。それに、喜ばせるのは自分だけが良いんだ、って」

『大好きなんですね』


「みたいだね」

『お好きじゃないんですか?』


「ソレも対価で渡したから分からないんだ、この姿のままで居続ける対価に渡しちゃったから」

『外を知らずに叶ったかを知れる様に?』


「うん」

『それって、外の事は何も知れないんですか?』


「人間側から禁じられててね。どうにかしたい、何とかしたいと思うと、魔道具を出してしまうから」

『それ、どうしてダメなんですか?』


「便利は悪だから。もう行った方が良いかも、見回りが来る時間だから」

『あの、また来て良いですか?』


「便利が何故悪なのかが分かったらね、じゃあね」




 私、お勉強と蓮ちゃんの花嫁修業ばっかりだったから、世間とかって何も知らなくて。

 1日中自分で考えてみたけど、分からなくて、けどネットは使えないし。


『便利が悪って、どう言う事だと思います?』

「便利が悪ってのは、人が怠惰に堕ちるって迷信の事?」

《それか、もっと現実的な事じゃない?》


『と言いますと?』

《不便でも悪い事って減らないよね?便利が広がったから犯罪とかって、減ってるんじゃないの?』

「調べてみるか」


 大昔は街頭のカメラ設置も凄く揉めたらしい。

 けど検挙率は上がってるし、犯罪発生率も増えた、って。


『へー、凄い、そんな事も知れるんですね』

「まぁね、ココの据え置きので良いなら使い方を教えてあげるよ」

《使いたいって人が来たら譲るんだよ》


『はい、ありがとうございます』


 やっぱりネットって、便利。

 けどコレが悪?


「どうよ、答えは出そう?」

『このままだと、世界が不便な方が得をする人、既得権益を守りたい人にとっては悪。って事になっちゃうんですけど?』

《まぁ、だよねぇ》


『でもでも、結果的に、総合的に、長い目で見たら損する可能性が高いんですよ?』

「もうさ、奪われない様に必死に抱え込んでる、ただそれだけって感じじゃないかな」

《向こうからしてみたら攻撃されてる、だから守ってるたけ、正当防衛だ。自分達は悪くない、寧ろ被害者だからどんな反撃をしても悪くない。そう思ってるか、そう思う人間に染められたか、マジで朱に交われば赤くなるからね》


「そうそう、友達も知り合いもちゃんと選ぶんだよ」

《自分を守る為、自分を好きで居てくれる人の為に、自分を大事にするんだよ》

『はい』


「良い子良い子」

《よしよし、一旦休憩、目と姿勢に良くないからね》

『はい、ありがとうございます』


 同い年の人達からは得られない知識を沢山くれる。

 しかも殆ど無償で、喜んで色々な事を教えてくれる。

 きっとそれは経験込みだったり、今までに1度は考えた事だったり。


 その知恵を無償で、人の繋がりって凄い。




『答えに来ました』

「おはよう向日葵ちゃん」


『あ、おはようございます』

「今日は何を飲む?」


『甘酸っぱいオススメをお願いします』

「じゃあ今日はエルダーフラワーかな、待っててね」


『はい』


 可愛い缶に詰めた焼き菓子と、チョコ。

 それとお重には色々なお煎餅、甘い物としょっぱい物は有るべきだよね。


「はい、どうぞ。ケーキでも出せたら良いんだけど、そこまではね、プロの方が美味しいし」

『美味しいですよ、凄く、このクッキーとか』


「簡単だからね。そのお煎餅、硬いでしょそれ」

『頭に響いて楽しいですね』


「あぁ、ね、ふふふ」


『あ、それで、答えに来ました』

「堪え性の無い子だねぇ、それで、答えは?」


『既得権益を守りたい人、悪い人には悪。それと、便利と不自由が混ざっちゃってて、混同してる。ですね』

「正解、良く3日で分かったね」


『実はズルっこしました、頭の良い人達に聞いたんです』

「その人が分かるだろうと思って聞いたなら、向日葵ちゃんも十分に頭が良いと思うし、それはズルじゃないよ。専門家に聞く事は悪い事じゃない、お医者さん病気の事を聞くのと同じだよ」


『でも、先ずは自分で考えろって、良く怒られてたんですけど?』

「自分だけの力なら、どれだけ掛ったと思う?」


『1週間かな、と。凄く抽象的だったので、どう調べたら良いか分からなくて』

「聞いてからも考えたんだよね?」


『はい、1日目は自分の力だけで考えて。2日目は周りに聞いて、調べて。3日目は人に話して矛盾点を突いて貰って、だから3日で済みました』


「素晴らしいと思うよ。分からない事を調べるにしても、情報が少ないと調べようが無い。今回の判断は凄く妥当だったと思う、人間の時間は有限だから、無駄を省いた方が良いに決まってるのにね。出来るなら、時間は楽しい事に使うべきだと思わない?」


『はい。どうして結び目さんは時間を使わないんですか?』

「使ってるから大丈夫、娯楽は許されてるから。選り好みが凄くてね、時間を決めて楽しんでるんだ」


『私に何か出来る事は無いですか?』


「君にだけしか出来無い事は無いから大丈夫、せやろ、ノームさん」

《せやな》

『え?お話出来るんですか?』


「まぁ、君にはココで、どれだけの神様や精霊が見えてる?」

『ドリアード様やノーム様、それとティターニア様です』


「本当はもっと居るんだよ、ウルトゥヌスに咲雷神、それからロキも。私は何でも出来るワケじゃない、ただ加護を与えてくれている神々の数が桁違いなだけで、神々の知恵と知識を具現化してるに過ぎないんだよね」


『それでも、平和は成せないんですよね』

「そうだね、個性や自由を尊重した結果かな」


『あぁ、成程』

「君の平和は、どんな平和だろうか」


『それは今度お教えしますね。お邪魔しました、では、また』


 私に。

 いや、2番目の魔法使いに気を遣って?


 そんな事は良いのに。

 親としては、子には早く巣立って欲しいのだから。


《あの子、勘もええな》

「だね、しかも危機的状況から生まれた勘の良さじゃない、天然の勘の良さ」


《せやけど逆に、土壇場の危機的状況で上手く働くかは別やで?》

「まぁ、ええんと違いますのん、あの子はそんな事には巻き込まれないんだし」


《お前の事を褒めてるんやで?》

「そらどうも、褒めるのがものごっつい下手やから分からんかったわ」


《照れんでもええのに》

「はいはい、偉い偉い」


《おうおうおう、ゲームやゲーム、今日こそクリアするでインフェルノで》

「ドハマりやんけ」

『俺も入れて?』


「何で来た?」

『名前を呼んだでしょ?』

《キッショイ反応の仕方しおんな?》


『えへへへ』

《キンモー》

「はいはい、ゲームしましょうねおじいちゃん」




 結び目の魔法使いは、不老不死以外は至って普通。

 なので年に1度の健康診断は僕の役目。


《どうも、お久しぶりです》

「あぁ、マッドサイエンティスト、お相手の具合はどうかね?」


《頗るげっ、体調を尋ねたワケではありませんよね》

「さぁ」


《まだ未成年ですよ》

「あの子の言う通り、法律を変えてしまったら宜しいがな」


《今度はどなたが密告したんですか》

「さぁ、知らぬが仏」


《そう思っておきます。では、始めますよ》

「どうぞ。無意味なのに良くやるね」


 脈拍も何もかもが普通。

 健康そのもの、歯には欠け1つも無い。


《仕事ですから》

「この世の数少ない無意味な仕事の1つだな」


《そう言えば、僕も噂を耳にしたんですか、あの人に妬かれませんかね》

「あぁ、どうして皆そうなのだろうね。あの子は保護者離れが出来無いだけなんだ、寧ろ私の子離れ親離れ作戦を手伝って然るべきじゃないか?」


《僕ら恋心を持つ者にしてみたら、分からないアナタの方が可笑しいんですよ》

「じゃあ君は最初から、思い人を生まれた時から世話をしてても、欲情出来ると言うのかね」


《それは》


「ほらぁ」

《ですけど、あの人は8才からですよね》


「その8才に欲情しろと、下衆過ぎでは?」

《アナタを助けた時は大人だったと聞いてますよ》


「16才、何才差だと思ってるんだ」

《教えて頂けるんですか》


「5倍は超えているとだけ言っておくよ、その年でも君は愛せるのかも知れないけれど、私には無理だ」


《実は、ご本体が齢60を超えてらっしゃるとは》

「だとしたら忌避しても当然だろう、そして50でも、40でも。30でもだ」


《30ですか、成程》

「そうかもね、ふふふふふ」


 神性の魔法使いは実際の年齢は飛び越さず、最盛期の状態で外見が保持される。

 それ自体を願いとする者は多いが、叶えられる事は無い。


 不老不死の苦しみを知る神々が、許すワケが無い。

 愛しい者を失っても、終わる事の無い悲しみ、そんなモノを与える為に神々が存在しているワケでは無いのだから。


《眠れていますか》

「うん」


《食欲はどうですか》

「普通」


《何かお悩みは?》

「メビウスリングの完成の遅さだね」


《誤解を招く名だからですよ。普通なら無限の繰り返しと受け取り、アナタの命の事だと思ってしまうんですから》

「1周すると逆転するんだけどね」


《それもです、過去に戻る、戻す。そう誤解する者も多いんです》

「多面的、多様な平和への願い、だからクローバー結び目なのに」


《もう受け入れる器は出来上がっているんです、そろそろ受け入れては》


「進化を焦ればまた失敗するかも知れない、もう殺させたく無いのでね、追々ね」

《時期だ、と言っているんですが》


「あぁ、説教なら今度で頼むよ、やっとゲームをクリアして眠いんだから」

《また夜更かしを》


「良い事を教えてあげよう、私は夜型なんだよ、本当に。何番目をどう研究したら良いか教えるから、論文でも出し給えよ」


《言われたので研究しますが、もう少し前向きに検討して下さい。分かっているのでしょう、本当は》

「残念だけれどこの姿なのでね、どうにも。私の事を気にし過ぎるなら主治医の権限を取り上げるよ」


《苦言を呈された程度で主治医を変えるのは、ドクターショッピングだと仰ってませんでしたっけ》

「けれども患者には選ぶ権利が有る。そう心配するな、昔よりも娯楽が発展して楽しいんだし、君も親離れが難しいかね」


《親より先に死ぬ可能性が有るんです、心配するに決まっているでしょう》

「恋や愛だけが楽しみな性格では無い、大丈夫だよ、1人寂しく死ぬ事は決して無いんだから」


《神々ですか》

「愛されてしまっているのでね、いつかは応える日が来るかもだよ」


 本来なら自分と加護を同じくする精霊や神しか見えない、そして交流も出来無い。

 けれどもこの人は違う、名を明かした数だけでも未だに最高記録だと言うのに、まだ隠し玉を持っている様にしか見えない。


 でも、そう偽っているだけかも知れない。


《寂しい思いをして欲しく無いんです、皆が》


「これだから余裕の有る人間は困るね、余所見をせずにあの子だけを見てあげなさいよ、嫉妬されるなんて御免だよ」

《あの子は良い子なので誤解なんてしませんよ》


「でもだ、たんと甘やかしてあげなさい。それとも私がお願いしようか?」

《分かりました》


「ならついでに占ってやろう。家に戻る2つ前の駅、そこから少し離れた店に良さそうなケーキが有りそうだ」

《ありがとうございます》


「次に来る時に楽しみにしているよ」

《はい。では、診察は以上で》


「うん、またな愛弟子」


 ただ僕に道具と知識だけを与えれば良かったのに。

 世話をしてくれた、時に励まし、傍に居てくれた。


 神性の魔法使いですら叶えられないのかと絶望した時、本当に救いになって貰えた。

 だからこそ、幸せになって欲しい。


 出来たら、僕が死ぬ前に。


《ただいま》

「お帰り。また泣きそうな顔やん、説得に失敗したんか」


《はい、頑固なので》

「だろうよ、何百年も狂わずに生きてきたんでしょう」


《それも、不老不死の影響でしょうね》

「安全装置になってるから良いけど、本人は苦しいんでしょうね」


《そう見えないんですよ、全く》

「あぁ、だから余計に苦しいか、よしよし」


 平和を願い身も心も粉々にしてきたのだから、本当に、報われて欲しい。




『同じ位触りたい』


 アレが去って暫くしてから、コレが押し入って来た。

 面倒だ、本当に。


「兄弟弟子に妬いてどうする、しかもアイツは医者だ、面倒臭いヤツだな」

『羨ましい』


「なら医師免許でも取りなさい」

『そこじゃない』


「なら勝手に触れば良いでしょう」

『それも違う』


「はぁ、じゃあ何ですか」

『触らせて欲しい』


「ゲームしてて良い?」

『ダメ』


 ほら面倒臭い。


「はい、どうぞ」

『ありがとう』


 私は魔法も魔道具も有る平和な世界からやって来た。

 当時ココにはまだ人権なんてモノは名前すらも無かった、けれども統治され戦火からも遠く、平和だった。


 そしてココの理を知らないまま、願ってしまった。


 平和な世界を。

 当たり前の事を当たり前の様に願ってしまった。


 そして先ずは神々に制約が生まれ、精霊に制約が生まれ、魔法に制約が生まれた。

 何も知らない私は規律を生み、法を生み、常識を生み出した。


 そこには当然、不満を言う者が現れた。

 今まで自由に魔法を使っていた者達が、神々に何でも叶えて貰っていた者達が、私を憎んだ。


 恨まれる事は承知していた。

 けれども話し合えば分かると思っていた。


 分け合えば飢えない。

 その理屈を教えている最中、私は襲われ、殺されそうになった。


 1度はこの子に助けられたけれど、それから何度目かで捕まってしまった。


 水責め、絞首刑、果ては火炙り。

 死ななかった、私は自分の体を治してしまうものだから、死ぬ事だけは無かった。


 その拷問から逃げ出すと、今度は恐れていた事が、魔女狩りが始まってしまった。


「魔女狩り、魔法使い狩りは無さそうかい」

『うん』


 魔女狩りと言う避けていた事態を招き、私は絶望した。

 平和の為に、苦しむ者を減らす為、知識を少しずつ小出しにしてきたのに。

 誰も彼もが血眼になって私を探し、私利私欲の為に知恵を使おうとした。


 そんな時に2番目の魔法使いが現れた、少し成長したこの子が救おうとしてやって来た。


 死んだものだと思い、再会した時は嬉しかった。

 けれど、その子も神々に大きな事柄を願ってしまっていた。


 悪人を滅殺出来る能力。

 私への仕打ちに怒った神々や精霊が、あの子に力を貸してしまった。


 確かに私を私利私欲で利用しようとする悪人なら、殺してくれて構わないと思っていた。

 けれども<悪人>と、大きく括って願ってしまった為に、私に敵対する国すらも滅ぼそうとした。


 止めてしまった、より良い世界を早く得る事より、この子を選んでしまった。

 この子には罪悪感で穢れて欲しく無かった、その我欲から平和が来る事を遅らせてしまった。


 そして私は世界に干渉する事を止め、この子に知識を授ける事にした。

 殺さずに滅ぼす方法を伝授し、手を血で染めない方法を教えた。


 殺させない為に、世界が成長する時を無意味に待たない為に。

 

「そうは触られていないんだが」

『愛してる』


「子を抱く趣味は無い」

『産んで貰った覚えは無い』


「だろうよ、だが育てたろう」

『少しだけ、もうそれを何年も超えてる』


「最初の印象が全てだよ、幼い子だとね」

『今は違う』


 黒薔薇姫は人間に戻って尚も、私の秘密を守ってくれている。

 恋心が無い事を。


 有ればドキドキでもしたかも知れないが。


「やはり弟までだな、さっぱり欲が湧かん。それにだ、そう色目を使って私が落ちて、本当に嬉しいのか?」

『落ちてくれたら何でも良い』


「泣くか、そんなにあやして欲しいか幼子よ」

『慰めては欲しい』


「泣きながら情欲を出すな鬱陶しい」

『嫌わないで』


「嫌いでは無いけれど、泣き止まないなら追い出す」

『抱き締めて欲しい』


「はいはい」


 ほら、やっぱり赤子のままだ。




『頬へのキスは』

「ココにはその習慣は無い、しても請うても追い出す」


『じゃあ額』

「ゲームをさせてくれ?」


『分かった』


 初めて会った時は、コレが魔女の容姿なのだと思った。

 見慣れぬ容姿に何故か納得をして、そのまま弟子にさせて貰った。


 奇異な顔、怪しい髪の色、自分達とは違う肌の色。


 けれど大人達に言われた通り、優しい人だった。

 それこそ今で言う過保護。


 遊びに行けばお茶とお菓子を出してくれた。

 誰よりも褒めてくれて、叱るってくれて。

 頭を撫で、抱き締めてくれた。


「君だけを特別に甘やかした覚えは無いんだが、どうしてこうなってしまったんだ?」


『早熟だったのは認める』

「は、いつからだ」


『早朝に、謝りながら起こした時』

「12のアレか」


『うん』

「いや、うん、当時では早いか」


『その前には好きだった』


「深く聞かなかったが、そんなに親に蔑ろにされていなかったろう」

『うん』


「じゃあ何故なんだ」

『もっと触られたいと思った。この人に愛されたら幸せになれそうだと思って、触れられたくて、触りたくなった』


「情欲を満たしたいなら好きにすれば良いが、私は良い反応を返せないぞ、興味も感度も無いんでな」

『何でそんなモノを対価に』


「詮索するなら帰れ」

『前は優しかった』


「子供扱いすれば良いのか、大人扱いすれば良いのか、どっちなんだ」

『両方』


「どっちか、と聞いたんだ。馬鹿は嫌いだと言った筈だが」


『じゃあ今日は子供扱いが良い』

「ならおいでほら、ゲームの邪魔をしてくれるなよ」


 自分が1番古いのだから、親代わりをして当たり前だ。

 そう言って、この人は多くの魔法使いの面倒を見てきた。


『こんな事を未だに誰にでもさせてるんだろうか』

「お前だけの親代わりじゃないんだ、請われれば受け入れるま。それで嫉妬は矛盾しないか?」


『分かってる』

「可哀想な奴だな、本当に」


『分かってる、自分でもそう思う』




 あの日から、アレが来る頻度が増えてしまった。

 子供扱いの要求はあの日だけだが。


「おい、どうしてくれる、どうしたら良いんだ?」

《僕を呼び出してくれたのは良いんですが、コレでは当て馬状態になってしまいますよ》


「あぁ、そうか、すまない」

《その心配じゃなくてですね、嫉妬で何かされてしまいますよ、と言ってるんです》


「それで心が得られるなら、誰も魔法や魔法使いを頼らんだろうに」

《本の中では得られてますし》


「フィクションとノンフィクションの区別が付かんのか?」

《はぁ、体だけでも得たいんでしょう》


「そんな事をしても、不安が増すだけだろうに」

《知識はおありになるのに、どうしてそう、鈍感と言うか、素っ頓狂と言うか》


「庇護を受けたがる幼子の不安の表れを、愛情と勘違いしろと言う方が無理だろう。それにだ、そんなのを抱いてたら今頃は何人斬りをしていると思うんだ」


《そこも、不安と嫉妬の種なんでしょうね》

「そして人間に戻りながらも付き合いを続けているのはお前位だし、すまんな、アレが何かしたら言ってくれ」


《それは無いですよ、今でもアナタの弟子だとは思ってくれてるので》

「最近はもうな、あの黒薔薇姫位だったな、私の元に訪ねて来たのは」


《そうですね、数十年ぶりでしたね》

「年々、訪れる者が減る、それだけマシな世界になったのだろう」


《そうですね、昔よりは遥かにマシになりましたし》


「だからか、アレが良くココへ来る様になったのは」

《さぁ、どうでしょうね》


「何なんだ、その顔は」

《知識が全てでは無いのだなと、そう改めて思っているだけですよ》


 言いたい事は分かるが、今の私には無理なんだ。


「万能では無いからね」

《そうですね》


「そう子供に心配されてしまうと、老婆心が芽生えそうなんだが?」

《心配はしてません、呆れてるだけです》


「嘘が下手な子だねぇ」

《もう、見抜いているならもう少し、ちゃんと考えて下さい》


「はいはい、私は大丈夫だ。それよりあの子だよ、受け入れる以外にどうしたら良い」

《市井に降りてみたらどうですか、いつも通り、変装して》


「君に教えた覚えは無いんだが?」

《あの人から聞きました》


「アレが、君に」

《かなり前ですけど、ウチに来てないか、と》


「はぁ、すまない」


《受け入れろとは言いませんが》

「特別扱いはしているよ、けれど性欲が無いんだ、全く無い。コレ以上どうしたら良い、それとも性行為に付き合えば良いのか?」


《それは、対価ですか》

「踏み込むなら対価だ、あの子を思って何回したかを聞き出すぞ?」


《僕はしん、相談を》

「じゃあ教えておくれよ、どうしたら良い」


《すみません》

「謝るな、そう出るならとっくに実行しているよ。じれったいのだろう、分かるよ、見てきたからね」


《幸せになろうとは思えないんですよね》

「まだ、ね。今日は5つ先のケーキ屋だな、今から行かないと売り切れてしまうよ、ほら」


《今度は、勝手に来ますからね》

「精々嫉妬されるなよ、またな」




 生き返る前までの16年と、生き返ってからの16年と。


「君の何百年もの思いと、ワシの思い、ズレが出ても不思議は無いと思わへん?」


《不安は、有りました》

「あったんや、なのによう頑張ったな?」


《希望が、有ったので》

「すまんな、無碍にして」


《いえ、愛する者を再びこの手に、が願いだったので》


「愛して貰おうとか思わへんかってんな、ありがとう」

《いえ》


 愛されていたし、愛してた、けど重さに耐え切れへんかってん。

 結び目さんとの事もそうやし。


 ワシ、普通やし。


「ほな、今までありがとうございました」


 さ、普通なりに出来る事をしよか。




 予想外だった。

 観測者効果のせいだろうか。


「君の願いを拒めないと知ってて、酷い子だね」

「そらアンタも生みの親やし、子は親に似てまうやん?」


「勿体無い事を」

「嫌やったらええよ?」


「運命は受け入れる方なんだ、受け取らせて貰うよ」

「よっし。はい、どうぞ、ワシの情欲と情愛や」


「ありがとう」


 もう、あの子はこの子を抱けなくなっていた。

 だから人手に任せろと言ったのに、手元で育てたいと駄々を捏ねた。


 それが、良くも悪くも、この結果を迎えさせた。


「はぁ、何か、めっちゃスッキリやんな」

「なら、戻ってあげたらどうだろうか」


「無い無い、アレはワシを抱けへんし。何かちゃうねんな、もうすっかり兄弟みたいやねん」

「それでも傍には居られるだろうに」


「アンタ、もう分かるやろ、それで」


「どうしてこうなってしまったんだろうか?」

「黒薔薇ちゃんの事から3年やで、凄い加速して、それで結構平和なのに。2番目が良く来ててんな、嫉妬やったり、自慢したり、そんなん受け入れないんおかしいやん?何か有る思うやろ」


「対価に使ってしまうかも知れないよ」

「それでもええねん、邪魔やったし。けど雑に扱ったら怒るで?」


「あぁ、大切にするよ」

「おう、さよなら」


「あぁ、さようなら」


 16年の歳月が人を変えた。

 あの子とは違う子を、情欲と情愛を必要としない相手を愛してしまった。


 それを、私に押し付けるだなんて思わないだろうに。

 想定外だ、受け取ったは良いが、どうしたものか。


《結界強めたろか?》


「ノーム神、どう思う?」

《思うままが1番ちゃうの?》


「急激な変化は歪みを生み、大幅な変更は代償を伴う。私の一挙手一投足は水の波紋の様に広がり、影響を及ぼした、その制御が効かないのが怖かった。だから閉じ籠った、なのに」

《そらあんだけ育てはったんやし、勝手に動き回るのが少しは出てもおかしくないやろ。もうアンタが何もせんでも、どんどん加速していくで、覚悟しとき》


「今まで、あれだけ時間が掛かっていたのに、か」

《そら特異点が無かったらそやろ、人類の特異点が出たんやし》


「それでもまだ、私には無理だよ」

《そら分かってまんがな》


 あぁ、何だか嫌な予感がする。


『失礼しますよ、お久しぶりです、どうも』

「室長、お前まで」


『幼子の顔の記憶、消しに参りました』

「馬鹿めが」


『孫が生まれたので、もう良いか、と』

「早いな、子はまだ」


『では、失礼しますね』


 あぁ、人間は何て馬鹿なのだろうか。




『向日葵の子供が生まれたらしい』

「でもだ、まだだ」


『分かってる』

「近寄るな、君の方が若いんだ、私は誤解されたくない」


『平和だからこそ、だな』

「はいはい、そろそろ認める。だからもう少しだけ待て」


『後2年』

「籍を入れられる年が、だろうに」


『やっぱり、デストピアにするべきだったろうか』

「それでは叶わないよ、多様性が無さ過ぎて滅ぶ」


『1つじゃない、複数のデストピアを形成したら良い。そうして合わなければ他へ行く、そう自分探しをする間に人は老い、満足のウチに老衰で亡くなる』


「あぁ、流石愛弟子だ、それも良いかも知れないね」

『今ならまだ出来る、アレも加えよう、寂しくしてると聞いてる』


《お待ちどう様です、どうしたんですか?僕の顔を見て》


「少しばかり考えてみようかと思ってね、デストピアな世界を」

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絵本とか、映画とか、作中作品。 中谷 獏天 @2384645

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