ナチュラルボーン・HENTAI②

(手応えが弱い。紙一重で芯を外されたか?)


 不敵に笑う倉骨の顔と自らの拳を交互に見つめ、歩は訝しんだ。だが、すぐに意識を切り替えると再び連続攻撃を仕掛ける。


(ダメージがゼロになってる訳じゃねえ。ここは強気に行く!)


 威力よりも当てることに特化した連打。アメリア仕込みのコンビネーションで今度は倉骨を追い詰める。


「おぉっ!いいでやすよ!……って、ん?」

「ねえ、タルバ?これって……」

「アメリアも気付いたでやすか。……旦那の打撃、段々当たらなくなってるでやす」


 タルバとアメリアが感じた通り、倉骨は徐々に歩の打撃をかわすようになってきていた。


(何だコイツ?アメリア程速くはねぇ。むしろ遅い部類だ。まるで動きを先読みされてるような……)

「どうしたんだい?天道くん。当たらなくなっちゃったねぇ。疲れるだろう?空振りは」


 焦りを見せる歩に倉骨はニヤニヤと笑いかける。


「うっせえ……な!!」


 歩は倉骨の一瞬の隙をつくと、彼の腹部に前蹴りを突き入れた。ダメージを与える為ではなく、距離をあける為の蹴り。その圧力に倉骨はよろよろと後方に押し込まれた。


「おっとっと。……蹴りは未警戒だったなぁ。でも、タイミングは大体掴んだよ」

「何が狙いだ、テメェ。避けてばっかでよ」

「ああ、ごめんよ。キミの骨の動きを観察してたんだ」

「骨ぇ?」


 首を傾げる歩。そんな彼に倉骨はニタリと笑いかけた。そして、自らの目元をトントンと叩くと口を開く。


「そ。私の技能スキルは、観察眼スケルトンアイ。相手の骨格をこの目で見ることができるのですよ」

「それがどうしたってんだ」

「骨は正直です。微妙な重心変化、小さな予備動作。肉も皮も無い純粋な状態のそれらを見ることで、私は相手の動きを先読みする事ができるのです。……ま、個人の癖を見切るのに多少時間はかかりますがね」

「骨見ただけで出来るのかねぇ。そんなこと」

「ふふ。現にキミは私に攻撃を当てられないじゃないですか」


 小馬鹿にしたように笑う倉骨。その一言に歩は一気に飛び出した。


「コイツはどうだ?」


 大振りの一撃。だがそれは、あくまでフェイント。本命はその後のハイキックだった。


「ひひっ。ムダですよお」


 歩のフェイントにはかからず、軽くハイキックを見切った倉骨。その後も歩のフェイントを織り混ぜた連打を危なげなく避ける。


「私にフェイントは効きません。当てる気があるかどうかなんてのは骨の予備動作を見れば一目瞭然ですからね。……それに」

「うぉ!」


 突き出された歩の左腕を倉骨が取る。そしてその手をギリギリと捻りあげた。


「知ってますか?人間の関節には力を出し難い角度や、開きってのがあるんです。それさえ押さえてしまえば、キミと私の筋力差でも……ホラ?さえ掴めば簡単ですよ」

「ぐ……うぉぉ」


 苦悶の表情を浮かべる歩とは対象的に、倉骨は恍惚とした笑顔で歩の前腕骨を撫で回す。


「優れた技師は修繕や開発だけでなく、分解にも長けています。それは彼らがその機械に精通しているからに他ならない。そして私は、人体に精通している。つまり……人間の破壊は朝飯前ということです」

「痛ぅっ!!」


 ボコン、という音と共に歩の手首が外された。その様子に、一部の観客からもどよめきが漏れる。


「アユム!」

「旦那!」


 心配そうに声をかけるタルバとアメリア。だが、歩の視線はある一点に釘付けになっていた。声援を送る二人の方でも、ましてや外された自身の左手でもない。……それは涎をたらし、狂喜に顔を歪ませる倉骨晴臣の姿だった。


「ああぁぁぁ!!この音!この感触!素晴らしい!!天道くんの健康的な手根骨の響きが私の骨を伝わって……まさに快楽の骨伝導!」


 ほぼ白目を剥きながら、ビクビクと全身を震わせる倉骨。その異様な光景に歩は顔をひきつらせた。


「次は順当に肘?いや、逆に足って言うのも……」

「いいから離せや!変態ヤロー!!」


 ブツブツと呟く倉骨の顔面に、歩は自由な右拳を叩きつける。


「おぅふっ!!」


 あらゆる体液を散らしながら吹き飛ぶ倉骨。だが、再びゾンビの様に彼は立ち上がった。


「ふぅ、ふぅ。いけないいけない。快楽を優先し過ぎて負けるなど、闘士としてあるまじき痴態を晒すところでした」

「充分恥ずかしいとこ見られてたぞ、アンタ」


 そう口にした歩の左手は力なく垂れ下がり、額には脂汗が滲んでいる。


「まあ、いいでしょう。私の技能の恐ろしさ、骨身に染みたようですしね。さあて、キミの骨は時間をかけてじっくり楽しませてもらうよ」


 下舐めずりをすると、倉骨は両手を広げジリジリと距離を詰める。


(捕まるだけで即アウトか。やりづれえ。実践投入は初めてだが、でいくか)


 構えを変え、いつものベタ足をやめた歩。そしてその場でトントンとステップを踏み始めた。


「ああー!!見てよ!タルバ!」

「うぉ!……なんでやすか、アンタ。大きい声だして」

「アレ!あのフットワーク!ボクがアユムに教えたヤツだよ!」


 横に座るタルバの服をグイグイと引っ張ると、アメリアは嬉々とした表情で歩を指差した。

 そこにはいつもとは違う、ボクシングスタイルで倉骨を迎え撃つ歩の姿があった。


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蛮勇を振るうは異世界で 矢魂 @YAKON

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