島の秘密

 新生マキナリア共和国海軍旗艦タイクンロードは、天啓としか思えない好天候により、魔の海域と呼ばれる南大深度海のほぼ中心に早々にたどり着いていた。

 だが前人未到の偉業を成し遂げ、歴史に名を残すであろう巨艦の艦橋には重くうち沈んだ空気が漂っていた。


「観測員、ここは黒騎士の星の直下で間違いないのだな!?」

 カイゼルひげの海軍将校が隣に座るシーナ軍需次官を横目で気にしながら、兵士に確認を促す。

「はい、昨晩の観測では、この海域に間違いありません。方角的にも自動航儀ジャイロが示す場所と一致しています」

「それは間違いないのだな?」

 あらためて将校が問うと、シーナの杖が横から伸びてきて彼の肩を叩いた。


「観測員が星を見誤ることがあっても、私が見込んだ自動航儀ジャイロは間違うことなどあり得ない。彼が言うとおり、ここが南大深度海の中心なのだろう」

「ですが、次官殿、この海域にあるはずの島の影すら見当たらないのですが……」

 困り果てた将校のひげ面をながめながら、シーナがカツカツと杖で床を突く。

「うーむ、確かに不思議なことであるな……。南大深度海の中心にあるという島の存在は、船乗りの伝承に過ぎなかったのか、それとも火山島で海に沈んでしまったのか……?」

「わはは、そうですな。それか、島は実在しても、場所がここではないのかもしれません」

「だがな──、いずれにしても、ギルモア大臣の厳命で私は島のありかを報告せねばならぬのだ」

 シーナは険しい表情で急かすように杖で床を叩く。


「では、どういたしましょう……」

 将校が手をすりあわせ、シーナの様子をうかがう。

 シーナは杖を動かす手を止め、顎に手を押し当てて黙考している。

 そこへ双眼鏡で洋上の監視を続けていた見張員が声を上げた。


「報告します! 北の方角に鳥がたくさん飛んでいます!」

「鳥だと……?」

 将校は見張員が示す艦橋の窓をにらんだ。

 南大深度海に入って以来、鳥の姿はまったく見たことがなかった。

 鳥が群れをなして飛んでいるということは、近くに陸地があるということに他ならない。

 シーナもそれに気づいたようで、手にした杖が振り上げられ、すぐに北の方角を示した。


「タイクンロードを転進させよ! 当艦は北上して島を捜索した後、サザンテラルへと向かうのだ!」

「次官殿、南大深度海の横断はどうするのですか?」

「島の捜索が第一だ。そんなことは、もうどうでもよい」

 将校はシーナの迷いのない顔をもう一度確認してから、全乗組員に向けて発令した。


「当艦はこれより直ちに転進し、北上する! 見張員は海上の鳥の動きに注視せよ!」


 ◇◆◇


 ハミルズがセフィールに視線を向け、あの王女がどうのと言っている。

 彼とジョアンヌの様子をうかがいながら、キースは考えた。

 どうやらハミルズはセフィールの素性に気づいたようだ。

 もしかしたら、彼はセフィールの祖国だったトライ・ラテラル国の式典に来訪したことがあるのかもしれない。

 しかし、ずっとセフィールの従者だったキース自身はハミルズ王子にまったく見覚えがない。

 いや──、いつか会ったのだろうと記憶を探る。


「キースさんでしたね。セフィールさんをこちらに呼んでもらえないでしょうか?」

 目頭を指で押さえて考え事をしていたキースに、ハミルズが声を掛ける。

「おーい、セフィールとルフィール! 豹もどきで遊んでないでこっちに来い!」

 キースが呼ぶと、二人はクーガを引き連れて走ってきた。

「キース、豹もどきじゃないよ。クーガだよ!」

 後ろでクーガもそうだと訴えるように、ゴロゴロ喉を鳴らしている。

「んなことどうでもいいから。セフィール、お前にハミルズさんが用があるみたいだ」


「えっ、なに? ハミルズさん」

「セフィールさん。少し外を歩きながら話しましょう」

 ハミルズが椅子から立ち上がる。

「俺たちも一緒でいいのかな?」

 キースがたずねると、彼は「もちろんです」とうなずき、壁のほうへ歩いていった。


 ハミルズが扉を開き、広間の外へ出ていく。

 それについて出た途端、強い日射しがキースを襲った。

 思わず額に手をかざし、目を細める。

 目をしばたたかせながら、薄目で見る光景はオアシスのような場所だった。

 広い濃緑色の葉を茂らせた樹木が取り囲む中、澄んだエメラルド色の水をたたえた大きな池がある。

 その端は流れがあり、滝となり下へと落ちているようだ。

 池の周りは小さな道で、そこをハミルズが歩いていく。


「ハミルズさん、それで私と話ってなに?」

「ああ、それだけど──、セフィールさん、君はあの字が読める?」

 ハミルズが少し先の草むらにひっそりと立つ石碑を指さした。

 その古びた石碑は人の背丈くらいの立方体で、道に向いた面に文字が刻まれている。

 セフィールが駆け寄り、石碑に顔を寄せて目を凝らす。


「ハミルズさんもこの文字が読めるの?」

 振り返りたずねる彼女に、ハミルズが無念そうな顔で首を横に振る。

「いや、僕には読めないんだ。君が読めるなら、そこに何て書いているのか教えて欲しい」

「これは……、古地図に書いていた文字に似てますね」

 ジョアンヌも物珍しそうに石碑をのぞき込んでいる。


「じゃあ、読んでみるね。えーと……、この地に至りし者への警告……。この地に至りし者は、すべからく見聞きしたことを忘れ、この地で得たすべての物を捨て、この地を去るべし……。ハミルズさん、これだけだよ」

 セフィールがハミルズを見ると、彼は腕を組んで、難しい顔でうなっている。

「お姉様、よくこの字が読めますね」

 ルフィールが石碑の文字を追って、首をかしげる。

「私にもどうしてなのか、いまだにわかんないけどね」

 セフィールがペロッと舌を出す。


「彼女がこの文字を読めるのは、この地に降り立った探求者シーカーの記憶を引き継ぐ者だからです」

 ハミルズが石碑に手を添え、みんなのほうを見た。

「記憶を引き継ぐ、ってどういうことですの? お兄様」

「それはこの星に探求者シーカーが訪れた時から始まった、僕らの血の中に潜む記憶なんだ」

「お兄様、言ってる意味がよくわかりません」とジョアンヌが眉をひそめる。


「うーん、そうだなあ……。じゃあ、たとえてみよう。僕らの血の中に小さな小さな機械があって、その機械は親から一人の子へと引き継がれていくんだ」

「えっ! 私の血の中に機械があるの!」

 セフィールはひじの裏に浮き上がる青い血管をじっと見つめる。

「セフィールさん。これはたとえ話だからね──。それで、その機械にはずっと昔から引き継がれた大事な情報が入っていて、その血を持つ者だけが特殊な能力を発揮できるとしたら?」

「お兄様、それは魔力では!?」

 ハッとした顔で声を上げる妹に、ハミルズがうなずく。


「そう、そのとおりだよ。それこそが33王家の正統な継承者が有する魔力のみなもとなんじゃないかな。まあ、いまのところ僕の推論でしかないけど、イメージ的にはそう違ってないと思うよ」

「ハミルズさん、じゃあ、私にも魔力があるの?」

 ハミルズのそばまで寄ってきたセフィールが、彼の手を引いた。

「うーん……、それはどうかな? 魔力のことはわからないけど、君には特殊な力が既にあるはずだ。それは君がみんなをこの島へ導いたことからも証明されているしね」

「私がみんなをこの島へ導いた……? それって、古地図に書かれた文字を読んで教えたこと?」

「いやいや、洞窟で話した時も言ったけど、君はこの島と通信できる力があるようだ。それで僕も君の存在を知ったんだ」

「でも、私、通信機なんて持ってないよ」

「そうだね。その通信機の代わりになるのが、さっき話した小さな小さな機械なんだろうね」

 セフィールはまだよくわかっていないようで、ポカンした顔で立っている。


「セフィールさ、あのひょうもどきを見れば、その小さな機械だって、あっても不思議じゃないだろ」

 キースがハミルズの横にいるクーガを指さす。

「そうですわ、お姉様。動物そっくりのクーガが機械なら、小さな機械もあってもおかしくないですわ」

 ルフィールがそう言うと、クーガがのどを鳴らしてうなった。自分の名前に反応したのだろう。

「じゃあ、高速艇で見た銀色のカニもそうだったのかな……」

 セフィールが呟くと、キースがポンと手を打った。

「そうか! あの銀色のカニも何だか形も動きも奇妙だったよな。あいつも機械だったのかもな」


 そう話すセフィールたちの前で、ハミルズは神妙な面持ちで石碑にそっと触れた。

「この地に至りし者への警告……。いずれにしても、これは僕らに対する先人のいましめだな……」


探求者シーカー幾星霜いくせいそうの旅の果て、この星に降り立ち、ここに新たな世界を創造した」

 ピートが穏やかにささやき、聖印を胸にかざして、天を仰いで十字を切る。

 彼の言葉に、みんなが無言で青く広がる空を振り仰いだ。

 熱気をはらんで吹く風に、葉擦れの音がする。

 南洋のオアシスのほとり、静かな時が流れていく。


 その静寂は突然の轟音に打ち消された。

 島が激しく揺れ、巨獣の咆哮ほうこうのような音が鳴り響く。


「うわっ──! また揺れだしたよ!」

「おいおい、また地震かよ!」

 セフィールたちが慌てふためき、キースが腰を落として叫ぶ。

 しかし、ハミルズを見ると、彼は平然としている。

 その彼がつぶやく。

「おや、また島が動き始めた。なにかあったのかな……?」

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