Vtuberの義妹と、クラスの美少女に同時に迫られて困っている

猫宮うたい

第1話 義妹のパンツで釣られるとでも?


「お兄ちゃん! 聞いて! 大変なの!」


 家に帰ってくるなり、妹のみなみの声がリビングにひびいた。


「どうした? ちょっとなんか飲ませてくれ」


「いっこくを争うの! お兄ちゃん今日だけVの配信変わってくれない?」


「ブファー!」


 おれは飲んでいたスポーツ飲料を盛大にふきだした。


「あ……え? なんて……」


「だから! 今日だけわたしの代わりに『美波かなた』になってほしいの!」


 『美波みなみかなた』とは妹のみなみの別の顔だ。妹は流行の配信アプリでVtuberとして活動している。


 その配信アプリを使えば誰でも顔出し無しで、アバターの姿になりきり、配信ライブやコミュニケーションを行うことができる。


「みなみ! おまえ、何言ってんだ……。男のおれが女のフリしてVになりきれるわけないだろ……」


「大丈夫! 最近のボイチェンアプリすっごいんだから! なるべくわたしの声に似せてセッティングしといたから、それでやってみて。わたし今夜は友達と通話しないとだからさー」


「いやいや、なるべく似てるくらいじゃダメだろ。それに用事があるなら今日の配信は無しでいいじゃないか」


「ちがうのーっ! クラスで身バレしそうになってるのっ!」


「な、なんだってー!!」


「クラスの男子たちが、『美波かなた』の声がわたしに似てるって言ってきてさ、疑われてるの! だから今夜お兄ちゃんに代わりに演じてもらって、その時間わたしは友達と通話すればアリバイは完璧でしょ?」


 妹は手を合わせながら、おれの体にすり寄ってくる。


「お兄ちゃん、お願い! わたしのために一肌脱いでよ! あ、わたしが脱ごうか? パンツ見る?♡」


「近い近い、近いぞ。それにおまえのパンツは見たくないから脱がなくてけっこう」


「えっ、いいの? JC3ちゅーさんの貴重なパンツだよ〜?♡」


「じゃあ……パンツ見せてもらってもよろしいですか?」


「見せるかっ!!」


 ビシッと、ツッコミの仕草をしながら、妹はケラケラと笑った。


 しょうがない、かわいい妹の頼みを断るわけにはいかないよな。




 というわけで、なぜか『美波かなた』を演じることになったおれは、配信部屋として使っている二階の奥の部屋に移動した。


 こうなりゃヤケだ、と思いつつ配信ライブをスタートさせた。



「よろよろ〜♪、おはこんばんちゃ〜、『美波かなた』の雑談配信だよ〜♪」


 妹の配信にしょっちゅう付き合ってるおれは、怖いくらい完璧に演じることができたつもりだったが、さっそくコメントでリスナーからツッコミが入った。



『おはこんばんちゃ〜』

『いつもと少し声違う? 気のせー?』

『よいね!』


 声はボイチェンアプリで限りなく似せているが、よく聞いたら気づくレベルだ。さすがにムリがあるか?



『風引いてる?』

『体調悪い? 大丈夫?』

『どしたん? 話聞こうか?』



「そうそう、ちょっと風邪気味で〜、声変かな。ゴメンね〜」


 そう言って、おれが両手を合わせて謝るポーズをすると、画面内のアバターも同じように手を合わせる。



『初見ですが、お邪魔します』

『かなたん、ムリしないで〜』

『とりあえず88888888』

『よいね!』



「初見さん、こんばんは〜。よいねしてくれてありがと〜」


 なんとか優しい?コメントに助けられ、風邪気味の『美波かなた』のフリをすることに成功した。


 普段、妹は雑談メインの配信をしているので、おれは当たり触りのない話をすることにする。ボロを出さないように慎重に言葉を選ぶ。


「今日は早く帰ったから〜。もうご飯も食べてお風呂も入ったよ〜」



『うんうん』

『かなたちゃんとお風呂入りたい』

『かなたちゃんかわいー♡かなたちゃーん!』



 リスナーが増えてきてコメントがカオスになってきた。みんな好き放題言いやがる。


 妹は普段はアニメ・ゲーム好きな中高生という設定でやっているから、男のリスナーに人気がある。


 こいつら、まさか今は中身が男だとは思ってないだろうなあ。


 現在リスナーの数は500人程度だった。



 その時、ポロリン! と、LIMEの通知音が鳴った。



(やっべ! 通知切り忘れてた!)


 おれはあわてて、スマホに手をのばす。



『ん、何の音?』

『LIMEの着信音助かります』

『切っとかないと、草生える』



 画面を見ると、妹からだった。


『とりま、友達へのアリバイ作りは成功! これで『美波かなた』がわたしじゃないって証明できた。まだ友達と喋ってるから残り時間テキトーによろしく!!』


(おいおい、他人事みたいに言うなあああぁ)




「ごめ〜ん、みんなぁ! スマホの音切り忘れて鳴っちゃった〜。てへへ〜」


 おれはとりあえずフォローを入れる。まあこの程度のアクシデントはかわいいものだろう。むしろ彼らにとってはおいしいネタに違いない。


 視聴者がコメントでイジったりして、Vtuberの反応を楽しむのも配信の醍醐味だ。



『だれだれ?』

『誰から? 友達?』

『まさか、彼氏か?』



 案の定、コメント欄がザワついている。


 妹からって言うとおかしいことになるな。今は逆の立場だもんな。


「お兄ちゃんからでした〜。てへ!」


 軽い気持ちでそう言ってから、おれは重大なことに気づいた。


(あれ、おれのことって言ってたっけ? いや、言ってなかったよな?)



『うんうん、え、兄……』

『兄貴いるの?』

『兄フラ?』

『兄貴いいなあ、Vの妹とかウラヤマシス』



 急にコメント欄に大量のコメントが、わっと流れた。


 すげぇ、やっぱ新たな情報を出すと盛り上がるな。しかし、妹にはリアルの情報はあまり出さないように言ってあるのに、おれが言ってしまうとは。



「そうなのそうなの〜、お兄ちゃんがいるのでした〜。今は隣の部屋にいるけどね〜」



『なんで兄妹で家にいてLIMEすんの?』

『兄コラボしてー』

『今北、かなたんのコメ欄珍しく荒れてる?』



 また余計なことを言ってしまったことに、言ってから気がついた。やはりライブ配信は恐ろしい。


 こういうやらかしがないように、おれは妹の配信をちょくちょく見守るようにしていた。


 なのに、自分がやるとこうも簡単に言わなくていいことまで言ってしまうとは思わなかった。


 当然、コメント欄の勢いは落ちることなく、だんだんと疑いのコメントも流れ始めた。



『兄貴とLIMEなんかするか? 本当は男からなんじゃ?』

『いぇーい、お兄ちゃん見てる〜?』

『兄者何個上? 学生?』



 このままじゃマズイと思ったおれは、自分の得意分野の話題を持ち出して流れを変えることにした。


「突然ですが、ゲーム配信しまー! 本日のゲームはApoxLegendで〜す!」

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