3

 ――結果は全然だめだった。

 あーもう手ごたえでわかる。

 教科ごとで多少点数が異なるけど、3教科の結果は大体次の通りだ。

 確実にわかるところが六割。確実にわからないところが二割。怪しいけど合ってそうなのが一割。合っているかわからないけど、てきとーに解答したのが一割。

 これが学年1位に勝てる内容か?

 テスト終了後の結晶くんの表情を盗み見たけど、どこか涼しげだった。

 もうなんか9割以上取ってそうだ。満点もあるんじゃないか?


「お前に一つだけいっておく。テストに奇跡は起きない。マーク式を除いてな」


 半月前に逆風くんが宣言したことが如実にわかる。

 私は彼の足を引っ張ることしかしてないんだろうか。辛い気持ちのまま筆記用具を鞄にしまう。泣いてしまいそうだ。

「おい」

 その本人から声をかけられた。

 私の瞼はトリガーを引かれたみたいに涙で滲んだ。

 まずい、怒られる……。そうおもうと目の奥がもっと熱くなる。

 不意に肩をたたかれる。

「勝手にしょい込むな」

「!」

 いきなり何をいうんだ。

「だって……私の成績じゃ無理だし……」

「言っとくが俺もダメだったぞ。よくて平均点くらいだ」

 絶望的じゃん。何が奇跡が起きるだ。死にたいわ。

 余計に悲しくなってきた。腕で目をこすって泣いているのを隠す。

「だから背負いこむなよ。テスト点がいきなりよくなるのは奇跡とは言わないぞ」

「で、でも……」

 もう逆風くんに顔向けできない。

「俺は月下と何度も勝負したとき、全力をぶつけながら何かを待った。真っ向からじゃ太刀打ちできないのはわかっていた。だが、魂をぶつけることで何かが変わる。信じろ」

「……何を?」

 そっと顔を覆っていた腕から目をのぞかせた。

「お前の魂だよ」

 もう――ほんっと無茶苦茶だよ君は。

 意味、わかんないし……。

「意味わかんないし」私もそれを口に出してるし。「優しいし……」

「一言余計だ」

「……ほんとのことだもん」

 逆風くんが私の頭を軽く叩いた。

「帰るぞ」

 こくりと頷く。開いた視界には、顔をそらした逆風くんがいた。それでいて、その片目で心配そうにこっちを見ている。

 ――やっぱりテストの点がよくなかったのかな。



 最終日をおえた翌週の月曜。

 解答が発表されるこの日は、上位一〇名が貼りだされる。なかでも一年生は、三クラスとも科目が同じなので同級生全員と勝負することになる。

 これがSSクラスだけならまだ奇跡が起きたのかもしれない。

 いや――無理だ。自己採点したからわかるけど、到底一〇人に入る余地はない。

 びくびくしながら学校へ向かう。結晶くんに何を言われるだろう。ドヤ顔されるかな。涼しげにかわされるかな。

 結果が怖くて昨晩はほとんど寝れなかった。試験が終わったから本格的に音楽活動がやれると思ったのに……。

 見たくないけど、現実を直視しなきゃ。重たい足取りで職員室前に貼られた用紙を見る。


【一学年 上位成績者10名】

 1位 明 みちる

 2位 結晶 永久


 ―――は? い?

 えええああああええええええええ、いいいいいいい――だめだだめだ、まったく思考が追い付かない。追いつかないまま、わけもわからず走り出していた。

 職員室にいた先生がドアを開けた音がしたけど、私はもう階段まで逃げていた。

 ちょ、なんで、どういうこと。


 いいいいいいいい意味わからない――教室に入ると、クラスメートたちがざわついていて、席の隅っこにいた成績一位と、その横で焦っている成績二位がいた。

 成績137位(自称)の私が思わず中に入っていく。

「お前、なんで頑張ってるんだよ!」

 結晶くんが叫んでいる。

 まったくの同感。そんな頭よかったっけ。そういえば、グローバルコースにも行ける成績って聞いたな。

「ふわぁー。根暗にガリ勉と月下がいるじゃないか、どうした」

 欠伸をしながら逆風くんが来た。

 絶対成績表を見てない顔をしている。最初から諦めていたな!

「どうしたじゃない。一対三なんて聞いてない!」

 逆風くんがわけもわからず、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに目を丸くした。

「なんだ、俺たち3人の合計点数だと思ったのか」

「このほんずなし!」

 結晶くんが訛った。怒っているみたいだけど、意味がわかんない!

 私はもう興奮しまくりで、

「奇跡が起きたの!! みちるちゃんが一位になったんだって!」

「はー。根暗がガリ勉を勝ったのか。そりゃすごいな。これからは根暗をガリ勉っていうか。元ガリ勉は何って呼べばいい?」

 私は思い切り逆風くんの頭を叩いた。勢いすさまじく前のめりになる。

「みちるちゃんに謝れ! あと感謝!」

 その当人はクスクスと軽く笑った。

「月のおかげ。私は月と同じ。スイッチ入れると。爆走。学校。いかないけど。家庭教師。つけてた」

 話す顔はいつもより少し赤い。珍しい、自分のことを話してくれるなんて。

 ――それにしても。こんなこと、ある?

 たまたま逆風くんが誘った子が、本気をだせば成績一位を取れる人なんて……。

「ありがとう!」

 思わず抱き着いてしまう。満ちゃんの柔らかな髪が頬にあたって気持ちいい。

 顔を揺らしたみちるちゃんはこっちを見た。

「恩返し」

 いい子すぎる!! 絶対好きになっちゃうんじゃんか!


 ハグを終えた後、みちるちゃんはじっと結晶を見つめた。

「バンド。約束」

 結晶くんは頭をかきむしった。その拍子に眼鏡がずれて端正な顔立ちが台無しだ。

「あーもうやるよ! やればいいんだろ!! ピアノも、勉強も!!」

 叫びながらどんと机を叩いた。

「お前、今度のテストも本気だせよ、次は絶っっっっ対勝つ!」

「……凡人」

 煽りおるわ、この子。

「つまらない結果だな」

 逆風くんは寝不足なのか、また欠伸をして席に戻った。

 もしかして秘策はあったんだろうか? いや、ないはずだ、絶対に。

 だって私にスピリチュアルなことしか話してなかったんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る