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 食べかけのお昼を置いて、すぐさま逆風くんの後を追った。

 心配なのは逆風くんだけじゃない。結晶くんに相談されたこともあるから見過ごせないんだ。絶対に和解なんてありえないし。

「月下が正式にバンドに入ることになった。根暗も月下とやるといっている」

「わの勉強の邪魔するなって何度も言ってるべや」

 結晶くんは感情的になっているのか地元の訛りが飛び出した。

 本気で怒ってる! 私が割って入る隙もないよ。どうしよう……。

「そんなものをして何になる。医者か、弁護士か? 金のためだけに働くくだらない大人になるぞ。なら、人生賭けても投げ出したいってものに飛び込めよ。それが真の幸せだろ」

 結晶くんは落ち着いたのか深く息を吐いて、眼鏡を掛け直した。

「じゃあ聞くけど、世の中にはアーティストを目指して、その夢をずるずる引きずりながらバイトしている惨めな人間が山ほどいる。それの何が幸せなんだ。平凡でも彼女と結婚して、子供ができて、平和な家庭を築くほうがよっぽど幸せじゃないか」


 ――結晶くんがいうのはもっともだった。

 オリンピック選手を目指す人は何千人といて、日本代表はその数人。生計を立てるには頂点に立つしかない。プロはそういう世界だ。

 私は上を目指すことには鈍感だ。ただ、自分より強いやつと戦いたいだけだった。

 無理という道理を努力でぶち抜く。そこに喜びをもっているだけ。井の中の蛙。

 けど、普通の人ならリスクを考慮する。成功しなければ、得るものは何もない。ただ時間と努力を無にするだけ……。そんなこと、普通は耐えられない。


「常識で考えるなよ。必要なのは信念と覚悟だろ」

「人はそこまで強くない。どこで光が差すかわからない未来に足はすくむ。うまくいかない毎日にやさぐれて腐る。なら逸脱のない日々でも安定を保証したくなるだろ」

 さすが学年一位。正論中の正論。

 もちろん、感性がぶっとんだ逆風くんには共感されない。

 でも、全員が全員、オリンピック選手や一流歌手になれるわけない。それが現実だ。

「…………」

「…………」 

============平行線。


 ぴりついた空気の中、私の中である種の稲妻が走る。

 これだ!!!

「勝負しよう! 私たちが今度の試験のテストで勝ったら一緒にバンドやる。負けたら次のテストまで誘わない。どうかな?」

「それならいい」

 結晶くんは花が咲いたように笑った。勝ち誇った顔だ。

「じゃあ決まり。次のテストの結果までお互い干渉しないこと。いいよね?」

「わかった」

 結晶くんが秒で頷く。明らかに嬉しそう。絶対負けない。顔にそう書いてある。


 なんだか私もわくわくした。

 まるで昔の自分だ。到底不可能だと思っていたのに、逆風くんの策略にはまり奇跡が起きたのだ。逆風くんは天才だ。きっと私と同じように結晶くんを変えてくれる。

「話は済んだよね、いこう。逆風くん」

 手を引っ張って席へ戻す。椅子に座るけど、彼は唇を尖らせていた。


「なんで約束をした」

「ダメなの? 説得するとしたらそれくらいしかないよ。私のときだって相手の有利なフィールドで勝負したんだし」

 逆風くんは片目を隠している前髪を掻きむしった。

「馬鹿野郎。勇気と無謀は違うんだぞ」

「なんで簡単に諦めているさ。私と走るほうがよっぽど無謀だったはずじゃん」

 不意に両肩をつかまれる。

 ちょ、怖っ――

「お前に一つだけいっておく。テストに奇跡は起きない。マーク式を除いてな」

「はぁ?」

 私はこんなアホについていく決意をしたのか……。

 愕然としていると、不意に肩の圧力がなくなった。

「――おい、痛いぞ、根暗」

みちるちゃんが手刀の構えで彼の腕を落としている。

「乱暴。ダメ。てか、起こせ。奇跡」

「だよね! 私も頑張るよ」

 みちるちゃんは同意するように笑う。いつも無表情な分、きゅんとしてしまう。

この子ずるいなぁ。

「ったく、これじゃ遠回りだ……」

 逆風くんがふてくされたように窓を見た。

 その先にあるのは、燦然と輝く太陽。

 よくわからないけど、いける気がした。

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