隣の部屋のクール系美少女が笑わせに来る。面白くないけれど、ひたすら可愛い。

ひつじ

隣の部屋に住む美少女がやってきた


「ありがとうございましたー」


 自動ドアの音と、店員の声を背に受けて帰路を辿る。


 とぼとぼ、と歩いていると、車が一台通り過ぎた。音はそれくらいの静かな夜。


 階段を上がる。レジ袋のがさがさした音と足音が虚しく響く。


 部屋の前にたどり着くと、鍵を取り出して差込み、ガチャリと回す。


 ドアを開き、靴を脱ぐと、がさごそ、とレジ袋から弁当を取り出した。


 電子レンジのドアを開け、弁当を入れてがちゃんと閉める。それからスイッチをピッと押すと、ぶー、と音がして回り始めた。


 パソコンを立ち上げる。マウスを動かし、動画サイトまで何度かクリックした。


『誰のおっぱいが小さいって〜!! そんなこというガキはそろそろ寝る時間だぞ……って、もう21:30回ってるじゃん! それじゃあまたね〜、チャンネル登録よろしく〜!』


 ため息をつく。


 ———ピンポーン。


 インターフォンが鳴ったので、重い腰を上げて玄関まで行き、ドアを開く。


「……こんばんは。あの、隣の初瀬です」


 少しハスキーな声質からクールな印象を受ける子だった。


 というか、どうしてこの子はうちを訪ねてきたのだろう。


「何か、近所迷惑なことをしたかな?」


「いや。近所迷惑だとか、そんなんじゃなくて……」


 初瀬さんは言いづらそうに「あ〜、その〜」など言い淀む。


「ちょっと、お話があって」


 電子レンジが、チン、と鳴った。


「あぁ、ごめんなさい。食事前、でしたか?」


 頷くと、初瀬さんは、じゃあ、と続けた。


「ここで引き止めるのは申し訳ないんで、食べながらお話し聞いてもらえませんか?」


「いや、ダメだよ」


「ダメ? やっぱり迷惑でしたか?」


「そうじゃなくて、子供が夜出歩くもんじゃないよ」


「……子供扱いしないでください。私もう成人です、来月には19になります」


「でもなあ」


「部屋にあげては貰えませんか?」


「うーん。22時までに帰ってくれる?」


「いいんですか?」


「ちゃんと10時だよ?」


「わかりました。あなたの言う通りに10時までには帰ります」


「じゃあどうぞ」


 玄関の扉を手で押さえると、ぺこり、と頭を下げて、初瀬さんは部屋に入ってきた。


「お邪魔しま……お、おおお、お邪魔します」


「どうしたの?」


「ど、どうした? って、け、結構、大胆なことしてるのに気づいて……男の人の部屋に入るのなんて初めてですし……」


「じゃあ帰る?」


「か、帰りませんよ!」


「そう。どうぞ、適当に座って」


「え、あ、は、はい。お気遣いありがとうございます、それじゃあ、このクッション、お借りしますね」


 ちょこん、と座った初瀬さんは、しばらくしてどうぞと手を出した。


「あ、すみません、どうぞ、って言うのも変ですけど、食べながら聞いてください」


 お言葉に甘えて、電子レンジが弁当を取り出し、机に置く。


 そして、割り箸を、パキッと割ると、初瀬さんは話し出した。


「早速なんですけど、お願いがあるんです」


「お願い?」


「私に、貴方を笑わさせていただけませんか?」


「うん?」


「あなたを笑わせたいんです」


「? どして?」


「そうですよね。どうしてか、気になりますよね……そのぅ、理由、聞いていもらってもいいですか?」


「いいよ」


「ありがとうございます」


 初瀬さんはペコリと頭を下げて、話しだした。


「私、大学に入ってから、ぼっちなんです」


「そうなんだ」


「同じ学科の子とか、最初は話しかけてくれてたんですけど……私、面白いこととか言えないから、緊張してうまく話せなくて友達になれなかったんです」


「それで、そのうち周りは友達が出来てて、誰かに話しかけようにもハードルが上がって、話しかけられなくなっちゃって」


「このままじゃダメだと思って話しかけようとはしたんです。でも、やっぱり、面白いことが言えないから、って二の足を踏んじゃうんです」


「なるほどなあ。気持ちはわかるよ」


「ですよね! この気持ち、わかりますよね!?」


「うん、わかる」


「はい! だから、面白いこと言う練習として、あなたを笑わせたいんです!」


「でもさ、大学に入ってからぼっちって言ったよね? 今まではどうしていたの?」


「あ、今までですか。その、高校までは、幼なじみの綾ちゃんって子が私を気にかけてくれてたので、友達はいたんです」


 初瀬さんは、沈んだ様子で続ける。


「私、こんなんだから、ずっと綾ちゃんと一緒にいよう、と、同じ大学の同じ学科に絶対行こうと決めてたんです。でも……」


 初瀬さんは、ぐすっ、と濡れた声色で続ける。


「綾ちゃん、鳩の胸が好きすぎて、鳩胸の研究者になって、鳩胸に生涯を捧げたいって。私、綾ちゃんと一緒にいたかったけど、ぐすっ、流石に、鳩胸に一生を捧げる覚悟が出来なかったんです……」


「ここは笑いどこなのかな?」


「どうして、笑いどこなのかな、とか言うんですか! 悲しい話じゃないですか!」


「えぇ……ごめん」


「ご、ごめんなさい。ちょっと熱くなりました。その、そういうわけで、面白いことを言う練習をしたいんです。不躾なお願いだとは承知しているのですが、どうかお願いできませんか?」


「うん、わかった。いいよ」


「あ、ありがとうございます!」


「ただ、最後に質問していいかな?」


「最後に質問? なんなりとどうぞ」


「どうして俺なの?」


「……えっと、あなたじゃなきゃダメな理由は、それはあなたの……そ、そんなのどうでもいいじゃないですか!」


「教えてくれないなら、ちょっと考え直そうかなぁ」


「わ、わかりました。じゃあ、私があなたを笑わせられなくて、あなたが私を笑わせたら教えてあげます!」


「ええ……面白いこととか俺も苦手なんだけど」


「めんどくさそうな顔しないでください。じゃあ、私から行きますよ」


初瀬さんは、照れ臭そうに、か細い声で行った。


「ふ、布団が、ふっとんだ……」


……。


初瀬さんは滑ったことに気づいたのか、声にならない羞恥の声をあげ、捲し立ててきた。


「———っ!! あ、あの、これはですね! いわゆる駄洒落と言うもので! ふとん、と、ふっとんん、が掛かっていて!」


いや、わかるよ。


「え、わかる……じゃあ単純に面白くないということですか?」


俺は初瀬さんに何故か笑わなかったのか説明してあげた。


「ベタすぎて笑えない? ダジャレもベタだし、面白いこと言うってフって、布団がふっとんだ、っていうのはベタすぎる? あと面白いことを言う、とか言わない方がいい?」


俺の言葉を復唱すると、また初瀬さんは照れて声にならない声をあげた。


「も、もういいです! つ、次は、あなたの番ですよ!!」


俺もやっぱやるんだ。あ、そういえば、君の名前は?


「へ? 私の名前ですか? ああ、初瀬花火って言います」


「アニメでしか見ない名前してるね」


「アニメでしか見ない名前って…………くっ、くくく、あはははは!! たしかにアニメにしか出なそうな珍しい名前だけど! そんなことはないでしょ! 花火はそこそこいるでしょ! 失礼すぎて……あはははは!」


もしかしてこの子、こんなクールな容姿と声してるのに、ゲラ、なのかな?


ためしに駄洒落を言ってみる。


「アルミ缶の上にある蜜柑? あははは! アルミ缶とある蜜柑! くくっ、あははは!」


「ゲラなんだね」


そう言うと、初瀬さんは笑いを堪えながら答えた。


「くくっ、は、はい。綾ちゃんには、ゲラってよく言われてました」


「それでよく、勝負仕掛けてきたね」


「え、勝負? ……あ」


初瀬さんは、今気づいたようで、間抜けな声を出した。


「わ、笑ってません!」


「それは無理じゃないかなぁ」


「うぅ……ですよね、無理ですよね。わ、わかりました。貴方じゃなきゃダメな理由をお話しします」


初瀬さんは恥ずかしそうに言う。


「その、あの……うぅ、面白いことを言う練習をしようと思った時に……ですね?」


頷く。


「あなたを笑わせてみたいな、って真っ先に思い浮かんだんです」


「それだけ?」


「それだけです……も、もう、恥ずかしさが無理なんで帰りますっ!!」


初瀬さんは慌てて立ち上がり、ぱたぱたと走って外に出た。玄関の扉ががちゃんと閉まる。が、少しして、また開く。初瀬さんはドアの隙間から顔だけ覗いて、言った。


「あの、ただで付き合ってもらうのも何なんで、明日から夕食作ってきます。そ、それではっ」


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