第4話 いざという時の女友達

「穂波、これとおんなじの頼んで」


空になったグラスをテーブルの端に寄せながら、すっかり目の据わった睦希が言った。


酔っていても、こういうところキチンとするのがいかにも彼女らしい。


典型的A型。


本人は違うと否定するけど、彼女の仕草の端々にA型らしさが垣間見える。


穂波は追加オーダーを取りに来た店員に、熊本の焼酎を頼む。


ちらっと藤の顔見たけど、いーんじゃない?という顔をしていた。


睦希の酒量の調整係がそう言うなら、許可しましょう。


これは、初めて5人でお酒を飲んだときからの決まり事みたいなものだ。


高校の時からそうだった。


会長の藤に副会長の睦希と、ヤヒロ(本名:大貫耶尋)会計のキーヨ(本名:加賀谷清匡)に書記の穂波(向坂穂波)の生徒会メンバー5人組が揃った時からしっかり者の睦希が、頑張りすぎるのをセーブして上手にコントロールするのは、会長である藤の役目だったのだ。


それは、大人になってからも変わっていない。


正直言うと・・・強がり、意地っ張り、負けず嫌いの三拍子揃った睦希をあれ位うまく懐柔できる人を、穂波はほかに知らない。


たぶん、他のメンバーもそうだろう。


だから、初めて彼女がお酒が弱いことを知ったときホッとしたものだ。


いつだって”面倒見る側”にいるむっちゃんが、”面倒見られる側”になれる場所。


それが、自分たち4人の前だと分かって、凄く嬉しかったのだ。


だから、彼女が多少飲み過ぎても、穂波たちは誰も止めない。


なぜなら、藤がいるからだ。


「穂波ぃー、あんた飲んでるの?」


「うん。大丈夫、頂いてます」


甘口カクテル(耶尋チョイス)のグラスを持ち上げて見せる。


どうもビールや日本酒とは相性が悪いらしい穂波は、いつも、彼が選んでくれた穂波好みの甘めのお酒を楽しんでいる。


睦希いわく


「ビールが美味しいのに!!」


らしいけど。


いまいち気持ちが理解できないままかれこれ5年が過ぎた。


と、隣から伸びてきた手が穂波の頬に触れた。


熱を確かめるような仕草と共に


「もう酔った?」


問いかけてきたのは、耶尋だった。


「これ2杯目だよ?酔ってません」


「なんか顔赤いけど」


そう言って、頼んでおいたオレンジジュースを穂波の前にトンと置く。


代わりに飲みかけのカシスオレンジを引き取った彼。


いつの間にオレンジジュースとか頼んでたんだろう?


疑問に思ったら、藤がニヤッと笑ってこっちを見てきた。


「相変わらず仲いいなぁ。お前ら」


「・・・羨ましいか?」


あっさり言って、カシスオレンジを飲み干す耶尋はいつも通りのクールな表情だ。


・・・いいけどね。


穂波たちが付き合っているのは、高校の時からみんなが知っている。


それに、5人の間で隠し事なんてひとつも無いのだ。


日本酒を飲んでいた加賀谷が、頬杖ついて問いかけてきた。


どちらかといえば無口な彼は、酔うといつもより饒舌になる。


「長続きの秘訣を教えて頂けますかね?」


「・・・・なんだろ?」


穂波はチラッと耶尋を見返す。


だって、これといって思い当たるフシがないのだ。


「さぁ・・・・信頼感?」


「あー・・・・それはあるかも・・」


1年間、生徒会やっていく中で、積み重ねてきた信頼。


それは、もちろん5人全員で作り上げてきたものだ。


でも・・・自分でも不思議なくらい、いとも簡単にあたしは彼に恋をした。


まるでそうするのが必然だったみたいに。





数年前の在校生がきっかけになって生まれたジンクスである、袋詰めクッキーの赤いリボンを小指に結んで、決死の覚悟で彼に告白したのは、高校2年の文化祭の夜。


玉砕覚悟の人生初告白は、花火とともに咲いて・・・消えること無くこの手に落ちてきた。


あれから8年経ったけれど。


穂波にとって、彼は、今も昔も無くてはならない人だ。


耶尋の言葉を聞いて、届いたばかりの焼酎に口をつけた睦希が、とろんとした目であたしを見てきた。


緊張も、警戒も解いた状態の、隙だらけの表情で。


「いいなーあ・・・・両思い」


その言葉に、ドキンとした。


こんなに・・・女の子な彼女は初めて見たからだ。


惚れっぽい事を良く知るメンバーは微妙な表情で顔を見合わせた。


好きになったら一直線で全力で告白して、泣くか、成就して泣くか、そして、恋が終わって泣くか。


どれも最終的には睦希の号泣で締め括られてきた。


「・・・なんかあったんじゃないの?」


半分残ったオレンジジュースのグラスの汗を指でなぞって穂波は藤に向かって問いかける。


「さー?俺何も聞いてねぇし」


しれっと言って、潰れた睦希が残した焼酎を飲み干す藤の表情はポーカーフェイス。


テーブルに頬を付けて、おやすみモードな彼女をチラッと見てから目を伏せる。


・・・いっつもこーなんだから・・


耶尋も加賀谷も絶対に口には出さない。


でも、穂波はそうはいかない。


耶尋に告白するか迷った穂波の背中を押してくれたあの日から睦希の幸せは穂波の幸せでもあるのだ。


だから、正直、この状態に納得していない。


「・・・藤はいいの?」


どうせはぐらかされるの知ってるけど、それでも言ってみる。


睦希はどうせ酔っているし、穂波も、藤も、みんなもほろ酔いだから問題ないだろうと踏んだ。


「なにが?」


「・・・むっちゃん・・・告白しちゃうかもよ?その、臨時ピアノ講師の先生に」


「いーんじゃねーの?前の男と別れてからもーすぐ1年だろ?そろそろ次の恋愛してもいい時期だよ」


やっぱりあっさり認めちゃうし・・・ってことは、やっぱりアレかなぁ・・?


耶尋が言ってたみたいに、藤自身が気付いてないのかなぁ・・?


だとしたら・・・余計・・?・・・でも・・・でも・・・


「・・藤は、彼女と別れてから半年だっけ?」


無意識だろうけど、彼が選ぶ女の子はいつだって気が強くて、負けず嫌いな、相沢睦希みたいな女の子。


見た目はいつもバラバラだけど、タイプはいつも決まって同じ。


いい加減気付きそうなもんなのに・・・なんで全然分かってないんだろう?


「あー・・・そんなもんかなぁ」


「寂しくないの?」


「これと言って別に」


「・・・・むっちゃんがいるから?」


空振り覚悟で、思い切って直球投げてみたら返ってきた答えは、意外にもヒットだった。


「・・さー・・・・どーだろな」


え・・・?え・・・?これって・・?もしかして、もしかするかも?


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