Day 7 天の川

 踵を返すトキワにしゃがれた声がぶつけられる。


「わかっちゃいると思うが、ユーイェンには深追いするな。あれは何処に従っているかもわからんし、何でも・・・こなす」

「情けをかけるなら、情報をよこせ」


 トキワは背中を向けたまま返した。

 情報はないと言い、ユーイェンを探せと言う口で彼女の警告をするとは矛盾がありすぎる。トキワからかもし出される不穏な空気は威勢のいい一笑でうやむやにされた。

 顔だけ振り返れば、ひび割れた鏡に戻っている。監視カメラを一瞥したトキワは、建物を後にした。

 スモッグばかりの空がめずらしく澄んでいた。無数の星で織られた天の川が、背の揃わないビルの間に流れる。

 目通しのきく場所でトキワの足は止まった。壊れた自販機の横に陣取り通信器機ディバイスを立ち上げる。手首の内側に半導体を埋め込まれたのは、組織に入る時だ。小指の先程の異物は、連絡手段だけではなく、GPSと生死確認の機能を併せ持つ。

 しかし、まともに電波を送受信しない場所で本来の力が発揮されるか定かではない。

 しばしの呼びかけの後、肩の高さに現れた3D映像は上司の横顔を縮小して再現していた。


「死んでいると思いましたよ」


 挨拶代わりの嫌みは素っ気なかった。まるで朝食のことを話すような口ぶりではあるが、言外に報告を怠ったことをなじっている。


「通信できるなら、部下の生死もわかるだろう」


 慣れているトキワは堪えた様子もなく半眼を向けた。

 ノイズまじりの映像が予告もなく揺れる。


「通知が正しいとは言えませんから。現に受信は不安定でしたし」

「情報ない、装備もない状態で行けと言ったのはあんただろう」

「適任者が目の前にいたから指示したまでです。世の中、タイミングですよ、タイミング。何とかすると信じてましたから」


 のうのうと返した上司は思い出したように笑い、会えましたかとついでのように付け加えた。


「関係ないだろ」


 ため息混じりのトキワの胸中は不満でいっぱいだ。先の任務終了と同時にこの任務を押し付けてきたのは、目の前の横顔だ。まぁ、関係ないと言えばないですねと回りくどい言い方をする皮の厚い顔を睨み付ける。


「諜報の仕事もずさんすぎる」

「荒くれ者ばかりですけど、無法地帯キョクトウ育ちはトキワさんぐらいですからねぇ。まぁ、期待しないことです」

「丸投げするな」

「まぁまぁ、そう言わず。危ない仕事に比べたら楽じゃないですか。箱庭崩壊の原因を探すついでに情報を掛け合わせれば、要人達の真っ黒な腹をあばくのにちょうどいいですし、弔いにもぴったりでしょう」


 上司の言葉は猫をなだめすかすような穏やかさだ。

 舌打ちをしたトキワは無遠慮に返す。


「面倒くさい」

「何ほざいているんですか。うちのエースなんですから、しゃきしゃき働いてください」


 そよ風よりも軽くかわした声は、いい報告をお待ちしております、という言葉を残して、消えた。

 腹の底から息を吐き出したトキワはわざと響かせたしか思えない足音に顔を向ける。見通しのいい場所で話したかいがあったというものだ。

 天女のような笑みを浮かべた女は歌うように言葉をつむぐ。


「おにーさん、やっぱりお困りでしょう?」



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