Day 2 金魚

 ユーイェンは襲い来る男の姿を見ずに、久しぶりねぇと呑気に言っている。状況から察するに、新たな敵と距離をとったユーイェンは仲間ではないらしい。

 表情一つ変えることなくトキワは次の攻撃に備える。瓦礫の影まで下がり、一瞬で狙いを定めて銃声を響かせた。

 男は致命傷をさけ、標的にされるのも構わずに猛進する。


「そいつ、マゾヒストだから攻撃食らったら、戦闘狂いになるわよ」


 隠れもしないユーイェンは言い放つ助言は軽やかだ。男の攻撃を邪魔せぬように体をひねり、ゆれる髪は金魚の尾びれを彷彿とさせる。

 ユーイェンに無言の一発が放たれる。私情と威嚇のこもった塊は鉄骨がむき出しになった壁にめり込んだ。


「何よーう。ユーちゃんを攻撃しなくっていいじゃないの」

「目障りだ」


 小さな唸りは銃声で聞こえなかったらしい。なになにー、とユーイェンは子供のように声を上げている。

 トキワは構わずに懐にし舞い込んでいた電磁砲レールガンを取り出した。反動で腕に負担を強いられるが、ユーイェンの行動が読めない今、時間をかけている暇はない。引き金を引くと同時に腕が持っていかれる。

 軌道はずれるが、目的通り傾いていた壁が砕けた。瓦礫が男を襲い、下半身が下敷きになる。

 トキワは容赦なく、剥き出しの脳天に銃弾を打ち込んだ。


「あーらら、おしまい? もうちょっとかかるかなぁと思ってたのに」


 トキワは壁から顔をのぞかせるユーイェンを睨み付ける。


「目的はなんだ?」

「顔が好きだから? お礼は……そうね、ユーちゃんを味見する、とか、どう?」


 舞いでたユーイェンは体を回転させトキワの正面に立った。広がる髪は尾びれのようだ。力を入れれば砕けてしまいそうな顎に人差し指をあてがい、瞳を爛々と輝やかせて続ける。


キョクトウココの情報が手に入って、箱庭ガーデンのことを一緒に調べてもらえて、お礼は気持ちのいいことするだけ。タダみたいなものじゃない!」


 ユーイェンは自信に満ち足りた様子で指を鳴らした。

 小馬鹿にした態度も、答える気がない傲慢さもトキワに与えるのは不快感だけだ。ザラザラとした地を素足で歩くような心地をなだめながら、銃口を照準を女に合わせる。


「断る」

「アハッ、まッじめー」


 鈴が転がるような笑い声を無視したトキワの足は男へと向かった。足音が近付いてくるが、彼女が武器を持っていないと判断していたので好きにさせた。男の武器を蹴りで遠ざけ、所持品を確認する。目ぼしいものは見付からない。普段であれば、こんな雑務は処理班に任せるが、今回は単独任務だ。余計な火種を消すため、入念に調べる。


「死んだのは放置していいのよ。誰かが回収するから」


 背にかけられた言葉に他意はなかった。トキワは胡乱な目で振り替える。

 赤い瞳は純真な子供のように不思議そうにきらめく。彼女にとって当たり前のことを語っているようだ。

 トキワは事切れた肉塊をもう一度視界に入れた。誰かは言葉の通り、誰かなのだろう。内蔵の転売や実験にでも使うのかもしれない。それぐらいの保存技術なら、無法地帯にも存在するだろう。完全に処理することを止めて、足のつきそうなものだけ箱庭の残骸に放った。



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